episode 14 新雪町と菫色の雪の精

 初秋の粉雪は美しく舞い続けている。

 ほら、雪の結晶に紛れて同じ輝きの異物が光った。見た目に差がないのに区別できる不思議、気配だけで雪と無機質な金平糖を見分けて首をかしげる――、なぜ混入したのだろう。

 私は映画を一旦止めるまでに起こった問題のうち、一番厄介なものだけ両親に話していなかった。私の身に生じた異常、右腕がおかしくなったこと。実はその後も二度身体が勝手に動いており、それは最初と同じく映画の「里奈」が混乱に陥ったときだった。私に実害はなく、お母さんがいぶかしげな目でにらんだように見えただけ。もう気にしてる場合ではない。

 現実の来海里奈まで変えたおかしな『まっしろな星のかけらは想いをとばす』は、伊田家を含むここ以外の場所で観た映画の通りに失恋して終わりを告げる。地元に向かう特急に乗った「里奈」の横顔と車窓を映してエンドロール、画面が真っ白になると「よほど疲れたのか、恋に夢見た里奈は元の生活に戻ってから悪夢ばかり見て困るのだった」がはじけた。

 エンドロールに並んだ主役を含む俳優や監督、制作会社などに私の知る名前は見当たらない。花からも顔と名前をまったく知らなかったと聞かされており、もうすべてが架空の存在なのだろう。元々そういう映画のDVDが我が家に来てさらに変化、理由はここが主人公の家だからに決まってる。

 曇った窓の向こうは雪が、いやすでに雪のような無機質金平糖がいっぱいで、突然すぎる悪天候に誰も外に出る気配はない。それとも他に何か理由があるのだろうか。

「外……、出てみようかな」

 窓際に立つ私は、より重い寒さ覚悟でもっと町の様子を見てみたくなった。異常な映画が終わったから次の異常と向き合う。小さな独り言に反応する人は誰もおらず、階段を上る足音が二人重なって「今だ」と動きだす私。薄暗い玄関でフリースの上からコートを着て、緊張に震えながら何とか靴を履き、今日はやけに重い扉を開いた。

 …………。

 うわあ、しみる寒さ。スケートボードもスノーボードも見当たらず、ぶううううと冷たく厚い風に支配される。ただ、町のにおいは忘れかけた最後の雪と変わらないように感じた。

 おや、誰かが、いる?

 風の中でもあもあ広がる白い霧に抱かれ、ぼんやりかわいらしい子供の体格をした人が立ち尽くしている。霧が浮いて特徴が少しずつ明らかになってくると、その人は虫の翅みたいに薄いすみれ色の着物、黒髪で蒼い瞳にたたえるのが教科書の少女の孤独に似ていて私は驚いた。

 雪の精……?

 違う、色や表情が同じじゃない。

「あなた、何ていうか別の、雪の精さん?」

 私は思いきって声を掛ける。雪並みに冷たい無機質な金平糖を浴びて玄関を閉め、一歩一歩すべらないよう近づいていく。

「ふん、私は君が雪町から連れていった雪の精のかけらが元で誕生したのよ」

 暗い女の声が返ってきた。やはり映画でも観たあの雪の精とは違うようで、「かけら」といえば映画の題名にも出てくる。そういえばあいつ、かけらを連れていくとか何とか――ぐわっ、冷たく強い風が襲われる!

 しかし一瞬で黒いコートが風を受けなくなった。何だよもうと乱れた服を直し、どうにか息も落ち着かせる私。それを見て第二の雪の精が話してくれるのだが、

「十二歳の君が雪の精のかけらをこの家まで運んで、今日いよいよ家についていたかけらを鍵で発動させたの。ふん、鍵って何って顔してるわね、鍵はあの『まっしろな星のかけらは想いをとばす』よ」

 私にはまだよくわからない。しかも真っ白な息の私に対し、死んだような表情の雪の精は吐息をまったく見せずに言葉を発している。

「鍵であるあの映画を君の家で観たから、家についていた見えない雪の精のかけらが発動したの。寒くなって雪が降って、やがて新しい私と新雪町が生まれた。映画は雪町がゼロから創り出したもので、もしここで観た映画が変だったら、発動の副作用だと思うから我慢して」

 そ、そうだったのか、ならば映画に出ている人々はスタッフを含め全員架空の存在だろう。しかし理解するにはまだ説明が足りず、私は「雪が降ってあなたと新雪町が生まれて、結局何なの?」と核心を求めた。

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