第21話

 わたしは夜宵さんのように上手く割り切るなんてことはできないから、未だに心のどこかで、輪君や沙保ちゃんを信じたいと思ってしまっている。

そして、あの夜の自分を気持ち悪いとも。

「あーあれ嘘。部屋に入れてもらうための口実っていうか」

「えっ?意味わかんない。用ないんなら早く帰って。わたしも暇じゃないんだけど」

「だってこうでもしないと麗名会ってくれねーじゃん。メッセージもずっと無視されてるし」

そう言いながら鳴翔は立ち上がって、ゆっくりと近づいてくる。

 これは、ダメな流れのやつだ。

「わたしはもう、あんなことする気はないの。本当は会う気もなかったのに」

頬に添えられた手を振りほどく。どうせそういうことが目的なんだろう。夫に不倫されて久々に再開した元彼と…なんて。もはや笑うこともできないくらいベタな話だ。

「なんで?俺は結構本気なんだけど」

こういう技を使って、今まで何人の女の子を沼らせてきたのか。

 鳴翔がわたしと別れてから女癖が悪くなったことは結構有名で、卒業して一切関わりがなくなった後も、奈々を通じて話は聞いていた。

「まだあの旦那にこだわる理由、ある?」

懲りずに鳴翔は抱きつこうとしてくるが、わたしはそれをかわすようにして立ち上がる。

「あ、お茶出してなかった。紅茶飲める?」

戸棚から来客用のティーカップとポットを取り出す。大家さんにオススメされた、香りのいい茶葉をスプーン2杯分ポットの中に入れた。フルーティかつ、華やかで上品な香り。

「高校の時お前にフラれたじゃん。俺あれ納得いってないんだよ。まだお前のこと好きだったし、あの後も他の女たくさん抱いて遊んで忘れようとしたけど、無理だった」

「発言がクズすぎて呆れる」

思い出させないで。鳴翔とはもう終わって、今は輪君の妻なの。たとえ不倫されていたとしてもそれは変わらない。必死にそう自分に言いかける。

今日こそは流されないって決めた。やめてよ、今更そんなこと。溺れたくなる。

結局、わたしは鳴翔の腕をもう1度振りほどくことができなかった。

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