第13話

 一応、輪君には『昨日酔って友達の家に泊まらせてもらった』とメッセージを送った。

決して間違ったことは言っていない。でもやっぱり、この気持ち悪さは消えなかった。

「随分と口が上手くなったね。鳴翔」

引き寄せられるがままに鳴翔の胸に顔を埋める。いつの間にか着ていたグレーのパーカーからは、無機質な匂いがした。

「俺は思ってることしか言ってない」

わたしの髪をひと房取って親指でそっと撫でる。あの頃もよく、わたしをどうしようもなく愛でたい時にこうしていた。

「そういうの、やめてくれる?」

手を振り払って鳴翔の胸から顔を離す。鳴翔はわざとらしく「なんで?」と問いた。

熱を帯びたその瞳は、おそらくわたしが嫌がる理由を知っている。

 なんで、なんて野暮な質問だ。

抱き合って人の心音を聞くなんて何年ぶりだろう。こんなに鮮明に聞こえるものだっただろうか。それとも鳴翔がそうなだけなのか。

「旦那とは上手くいってたんじゃなかったのか?」

ベッドに倒れ込みながら聞いてくる。

キスをされているのにどう答えろというのか。

慣れた手つきでわたしのベルトを外し、背中に手を回してファスナーを下ろす。わたしと別れてから相当遊んでいたらしいから当然なんだろう。

とても優しく。それでいて、執念深く熱く隅々までわたしを愛す。

わたしはそれが嫌いじゃない。

「……ちょっと前まではね」

誰から見ても仲の良いおしどり夫婦。

だけど今は、お互いに違う人と愛し合い裏切り合う最低夫婦。

「なんで今そんなこと聞くの」

キスを求められ素直に唇を差し出す。まるで別の生き物のように動く舌が、生々しい音を立てていた。

「気になったから」

「昨日は話さなくてもいいって言ったくせに」

鳴翔が脱いだパーカーをベッドの外に放る。

わたしは鳴翔のこの程よく引き締まった身体が好きだ。過不足のない完璧な身体。

「べつに話せとは言ってないだろ。お前は今、俺に愛されてさえいればいいんだよ」

普段は強引なくせにたまに甘々になったり、俺様な態度をとったりする。わたしはそんな鳴翔に逆らえないし、もはや抵抗する気もない。

もう既にハマってしまっているんだ。

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