第4話 銀龍、問う

 メアリーからの依頼を承諾してギルドの下の階へと降りたところ、受付で何やら揉めているところに出くわした。


「……あいつ」


 受付の嬢に喰ってかかっていたのは真っ黒野郎ユートだった。


「弁償しろだと!? 勝手に絡んできたのはあいつらだ、身の危険を感じたから反撃したんだ。いわば正当防衛だろ? なのに何で金払わなきゃいけないんだ?」

「ですから先ほどからご説明している通り、その理屈には無理があります。確かに『鬼神の斧』の皆様にも非はございますが何事にも限度がございます。あなたは明らかにやりすぎで、複数のギルドの備品を損壊させたのみならず最悪の場合この建物自体が全焼になった恐れすらありました。ですのでその分の迷惑料をお支払いいただくのはこちらとしては当然の権利なのです」


 犬のようにキャンキャンうるさいユートに対して受付嬢は毅然とした態度で突き放す。

 

「なんでだよ! 意味ワカンねえよ!?」


 ユートは納得できないとばかりにバンバンとカウンターを叩く。

 威嚇のつもりなのかは分からんが、言動の端々ににじみ出るその幼稚さによってその様は子供の駄々そのものだ。


「あれ、相手にしなけりゃいけねえのかよ……」


 依頼を受けてしまったことを早くも後悔してしまう。

 姿を目にしてしまっただけでドッと疲れが出てきてしまう。

 3日くらいなら魔物と闘い続けられるくらいには体力に自信はあるというのに心の疲れとはままならないものだ。

 しかし、仕事は仕事だ。


「あと、何で治療費なんて払わなきゃいけないんだよ? これこそ、理不尽……」

「治してもらったんだから当たり前だろうが」


 意を決した俺は説明を受けても懲りずに駄々をこね続けるユートに声をかける。


「あぁ? なん……って、ああ!?」


 俺の顔を見るなりユートは驚愕の表情を浮かべる。

 頭から叩きつけたが記憶は飛んでないようだ。


「お前、カマやろ……」


 直後、ドムッという鈍い音がギルド内に響く。

 一瞬で距離をつめた俺の拳がユートの腹に突き刺さった。

 その場にうずくまるユート。


「次、同じこと言ったら腹に風穴開けるぞ」

「……い、や、もう、すでに、あきそ……」


 こんな建物の中で断じて口にすべきではない言葉が聞こえかけたので全部言わせる前に黙らせる。

 というか、勝手に俺のこと女と勘違いしてきたのはそっちだというのに、何、この上で風評被害をまき散らそうとしてるんだ。


「シドだ」

「何しに戻ってきた?」

「あのガキの制裁じゃねえか? 禁句になってるワードいくつも口にしちまったからな」

「命知らずって見てて怖ぇよなぁ。俺、いつ頭が木っ端微塵になるかビクビクしたよ」


 遠巻きに見つめていた冒険者たちの会話が耳に届く。

 公衆の面前でさすがに悪目立ちだったか。


「でも、あの黒野郎の気持ち、分からないでもない」

「あぁ、俺も俺も」

「詐欺だもんな、あんな美少女顔でつくもんついてるって」

「だいたい初見はみんな騙されるんだよなぁ」

「ホント、ショックだったわぁ」

「未だにあいつが男だって信じ切れてないやつもいるらしいぜ?」

「……実は俺、本当は女説けっこう推してる……」

「いやいや、むしろあの顔でつくもんついてることに価値が……」


 不穏な会話も聞こえてきてしまったので視線を送り黙らせる。

 ……マジで、角刈りにでもしようか。


「シドさん? どうされたんですか?」


 本格的に髪型を変えることを検討し始めていた俺に受付嬢が声をかけてくる。

 いかん、思考が飛んでしまっていた。


「ギルドマスターから直接、依頼を受けてきた」

「マスターからですか?」

「ああ、こいつをしばらく監視してくれって」


 途端にギルド内がざわつき始める。


「はあ!?」


 俺の答えは身もだえていたユートを覚醒させてしまったらしく、脂汗で覆われた顔面がこちらを見据えてくる。

 ……それにしてもだ。

 鼻水まで垂らした汚い面を見下ろしながら俺は首をひねる。

 改めて見ても訳が分からんやつだ。

 一般の人間、それこそ高位の冒険者クラスでもないと分からないかもしれない。しかし、見る者が見ればすぐさまその異様さを理解することだろう。

 痛みに耐えるために小さく縮こまった身体から反比例して、メラメラと湧き出てくる魔力はさながら決して消えることのない地獄の業火のごとく底が知れない。

 分かるやつが見たらただ者でないとすぐに判断するだろう。

 だからこそ分からないのがこいつ自身の弱さだ。

 身のこなしからして素人そのもの。恐らくケンカもまともにしたことがないだろう隙だらけな状態だ。

 内包している力と実力が釣り合ってなさすぎる。

 今、うずくまっている状態も演技や擬態ではなく本気のものだ。


「げほ……、なに、ごほ、何言ってんだいきなり……」


 咳込みながらも途切れ途切れにユートは抗議してくる。


「だからギルドマスター直々の依頼だよ。素性不明、常識知らずの危険人物を見張ってくれって話だ」

「ふざ、げほっ、ふざけんな! 何様だよ、お前!?」


 徐々に回復してきたのだろう。

 立ち上がりながら威勢のいいことを吼えているが、産まれたての小鹿のように足を震わせているために迫力も何もあったもんじゃない。


「監視? 危険人物? 意味わかんねえよ? 何なんだ、てめぇは!?」

「S級様だよ」

「……は?」


 何者なのかと聞かれたために正直に答えてやったところ、小鹿ユートは内股のへっぴり腰という間抜けな姿勢で動きを止めた。


「本当ですよ。この方はシド。銀龍の二つ名を持つ10の一人に君臨されるお方です」

「……へっ? はっ?」

「主な功績を取り上げますと、豚将軍オークジェネラル鬼将軍オーガジェネラルが率いた混合の魔浪スタンビートの単独制圧、ここボルドの街を含めた一帯を根城にする奴隷狩りの犯罪組織を壊滅、さらわれた被害者の解放、他には……」


 間抜けに追い打ちをかけるためか、受付嬢が俺の身分を証明するために実績をツラツラとあげてきた。


 受付嬢の話が聞こえているのかいないのか、ユートは信じられないという間抜け面を浮かべながら俺や遠巻きにたむろしている冒険者たちに視線をむける。

 しかし、どの顔にも否定を表す色は浮かんでいない。


「……以上が有名な功績となります」

「ご紹介どうも」


 受付嬢のおかげで自己紹介はこれ以上しなくてもよさそうである。

 ならば次はこちらだ。


「お前には、いくつか質問したいことがある」

「はっ?」


 あっけに取られて呆けていたユートであったが俺の言葉に我を取り戻したのか、剣呑な視線がむけられる。


「名前はユート。ユート・スギサキで間違いないか?」

「それがなんだよ?」

年齢トシは?」

「関係ねえだろ?」

「……それぐらい答えろよ」


 キャンキャンうるせえので少しだけ圧をかけるとユートはグッと押し黙る。


「……17」

「……年下か」

「えっ? 年上?」

「なんだ? 文句あんのか?」

「えっ、いや……、てっきり中学生くらいかと?」


 チュウガクセイってなんだ?


「まあいいや、見ない色の髪だが出身は?」

「……言う必要ないだろ」

「言えない理由でもあるのか?」

「関係ねえだろ!? うるせえなぁ!」


 出自の話を振ったらユートは露骨に視線を逸らし始めた。

 受付嬢に視線送ると彼女は首を振って答えた。

 事前の情報通り、名前以外はまったく明かしていないらしい。


「ボルドに来る前はどこにいた?」

「だから、関係ねえって「いい加減にしてくれねえか、あんちゃん?」


 ギルド内の空気が変質する。

 わずかにあったざわめきも消え去り、喉を鳴らす音すらも聞こえるほどの静寂が広がる。

 押し問答ほど無駄な時間はない。

 質問の度に噛みつかれてきては話が進まないのだ。


「イチイチ噛みつくな。時間の無駄だ。聞かれたことにはちゃんと答えろ」

「……」

「お返事は?」


 俺の問いにユートは首を縦に振って答える。

 顔面に汗が浮かんでいるが、今度のものは冷や汗だろう。


「もう一度聞くぞ。出身は?」

「……それは、えっと……」


 強めの圧をかけて虚勢は削いだ。

 だというのにユートは視線を彷徨さまよわせながら答えあぐねている。


「……どうする、どうしよう、何か思ってたスタートと全然違うんだけど……、あっそうだ、こういう時……」


 ブツブツと小声で何かを呟いたかと思えば、閃いたとばかりにユートが目を輝かせる。


「そう! 俺、実は記憶喪失なんだ!」

「……記憶喪失?」

「ああ、そうなんだ! 目が覚めたらいつの間にかこんなところにいて自分の名前と年齢以外は何も分からない状態なんだ。金もない状態だったから仕方なく冒険者登録するためにここに来たんだ」


 まくし立てるように早口で説明される。

 俺の圧によって広がっていた静寂に再びざわめきが戻ってくると自分の話に納得してもらえていると思っているのか、心なしか胸を張りだすユート。


「……いや、お前さ。それはさすがに無理ないか?」

「えっ?」


 俺の言葉に受付嬢や周囲の冒険者たちも同意とばかりにうなずく。


「記憶喪失の割に何でそんなに落ち着いてんだよ? 本当にそうならまず自分がどこの誰なのか確かめることの方が先決だろうが。どこ出身で家族はいるのかとか衛兵や街の住人に事情を説明してボルド内ないし周辺都市に身元確認してもらうとかやること色々あるだろ?」

「えっ、えっ?」

「それが何で真っ先に冒険者ギルドだ? 順番おかしいだろ? その上、暴れまわりやがって何がしてえんだ一体?」

「……あれ? 何で? ラノベだったら大体この言い訳で通るのに?」


 おい、聞こえてるぞ。

 がっつり言い訳って届いてるぞ。


「……お前マジで何者なんだよ?」

「……えー、あー」


 お粗末すぎるが本人的には会心の言い訳だったようで、意味のない単語を口から漏らし、視線だけは忙しなく動いている。

 あからさまに私は何か隠してます、と喧伝しているようなものだ。

 俺は受付嬢に問いかける。


「こいつの冒険者登録ってもう終わってる?」

「いいえ、まだです」


 そうかまだか。

 ということは、こいつの身分は未だにどこにも所属していないフワフワした状態だということだ。

 ……これ、監視がどうこうよりも不審者として衛兵に突き出した方がよくねえか?

 メアリーに大見得を切った手前だが、こいつの言動を見れば見るほど怪しさは増すばかりだ。

 しばらく牢に入って臭いメシでも食わせれば頭も多少は冷えるんじゃないか。

 衛兵所に連絡を入れるように頼むべきか割と本気で考え始めた瞬間だった。


「け、決闘だ!」

「……は?」


 突然のユートの叫びに今度は俺が面喰らう番となってしまう。


「決闘だ! お前に決闘を申し込む! 冒険者なんて結局は実力さえあればいいんだろ? だったら決闘して俺がS級レベルだってことを証明してやるよ! 実力さえ示せば俺がどこの何だろうとどうでもいい、そうだろ!」

「……帰っていいか?」


 S級冒険者にそう言わせるこいつは、ある意味とんでもないモンスターなのかもしれない。

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