第5話 銀龍、片鱗を見せる
「帰りてえ……」
決闘だ、決闘だと地団太を踏むユート。
色々な意味で戦意がくじけそうな俺。
超理論からの急展開に目を丸くする周囲。
ギルド1階が混沌とした状況に陥る中。
「それは~、メ~、だよ~」
上階に続く階段より救いの手は現れた。
「ん~、シー君、ごめんね~、やっぱりお姉ちゃんが対応すべきだったね~」
ギルド1階に姿を現したメアリーにその場にいた者は軒並み目を奪われる。
「マスターだ」
「ギルマスだ」
「相変わらず色気すげ~」
「よしよしされたい……」
「お姉ちゃん……」
「ママ……」
お姉ちゃんって何だ? ママって何?
明らかにメアリーよりも年上の男たちからの発言も聞こえてきてしまい、背筋が凍る。
チラリとユートに視線を向けると、周りの独身冒険者と同様にメアリーに目を奪われて鼻の下を伸ばしていた。
「……お手を
「気にしないで~」
優雅な足取りで俺に近づきながらメアリーは朗らかに笑う。
「えっ……誰、えっ、美人、つか獣人……」
メアリーが俺の隣まで近づいてきてもユートはブツブツと意味のない言葉を並べている。
「お~い、きみ~」
「は、はい!」
メアリーが語り掛けたことにより、ようやく我に返ったユートは背筋を伸ばして新米軍人のような返事をする。
「ケガはもう大丈夫かな~」
「は、はい! 傷一つ残さず元気モリモリです!」
顔を赤らめながらグルグルと腕を回し健在ぶりをアピールする様にメアリーはクスクスと
「よかった~。あっ、自己紹介が遅れたね~。私はメアリー。このギルド『獅子の軍勢』のマスターだよ~」
「ま、マスター? マジか、マジでか? トップがおっとりお姉さん系美女のパターンきたか、これ?」
何故か両手を握りしめて興奮した面持ちで早口で呟き続けるユート。しかし、俺の顔を見るなり何を思ったか急に顔を青ざめさせた。
「あの……すいません」
「なに~?」
「女性……ですよね? ついてないですよね? ……ご立派な、ものとか」
「ぶっ殺すぞ、お前」
もう一発腹にぶち込もうかと前に出るがそれをメアリーは止める。
「ん~、疑うのなら~、確かめてみる~?」
「えっ? いいの?」
メアリーの言葉にユートのみならず周囲もにわかに色めきたつ。
「いいわけあるか、首すっ飛ばすぞ」
いい加減にしろとメアリーに非難の視線を送る。
「わ~嬉しい~。シー君が嫉妬してくれてる~」
「いいから、本題に入ってくださいよ……」
ただでさえ意味不明な生き
「そうだね~」
からかって満足したのかメアリーはユートに向き直る。
「ユート君」
「なんでしょう? メアリーさん」
馴れ馴れしくも名前を呼ぶユートに男たちが不満そうな表情を浮かべる。
「さっき、決闘っていう言葉が聞こえたんだけど~」
「は、はい。俺とそいつの決闘を認めてください。そいつが本当にS級っていうのなら、そいつを倒して俺がS級も超える逸材なんだって証明してみせます。冒険者として有能なら出自なんて別にどうでもいいですよね?」
「ん~? 一応、筋は通ってるのかな~」
「通ってない、通ってない」
メアリーのセリフを俺は一蹴する。
通ってたまるか、こんな超理論。
横目でメアリーを見れば、その口元はわずかに吊り上がっている。……どうやら、この状況を面白がっているらしい。
わざとらしい困ったような笑みを作りながら、メアリーは自分の唇に指を添えながらユートに問いかける。
「でもね~、このシー君は~、たくさ~んいる冒険者の中の~最上位にいるんだよ~? 君に~シー君の相手が~つとまるのかな~? マスターとしては~、大けがになったりするようなことは避けたいんだけどな~」
その問いかけに今度はユートが笑みを浮かべる。
「ちょうどいいや。これを見てくれれば俺の実力を認めざるおえなくなりますよ?」
そう言うや奴は空中に手を掲げる。
また魔法を使うのかと周囲は一斉に距離を取る。
俺も一応、身構えはする。
しかし、今回は敵意は感じない。
何するつもりだ?
そう思った束の間。
ユートが掲げた手、その先の空間が歪む。
ユートは
「確か、豚将軍に鬼将軍と闘ったんだっけ?」
勝ち誇った笑みが俺に向けられる。
「じゃあ、これなんかどうだ?」
ドンッと床に転がったそれにギルド内がざわつく。
「ご、
「嘘だろ? A級パーティーが複数でようやく討伐可能な魔物だぞ?」
「一人でやったのか?」
「つうか、今のひょっとして収納魔法か?」
「高等魔法じゃねえか?」
ユートが取り出したのは小鬼王の首だった。
緑色の醜悪な顔つきから長い舌がだらしなく伸びて口元からは汚い涎と血がこぼれて、床を汚す。
「ふ~ん。これ
俺なんかやっちゃった~。
周囲の反応に気をよくしたのか聞いてもいないのにベラベラと舌をよく回すユート。
けれども、俺は小鬼王とユートを交互に見比べながら、素朴な疑問を口にする。
「……
「はっ?」
「いや、はっ、じゃなくて魔核だよ。ま・か・く。小鬼王のだからそれなりにデカい玉も持ってきてるだろ?」
「まか、く……?」
「……魔核知らないのか?」
本日何度目かも分からない間抜け面。しかし、今は俺の方が空いた口が塞がらなくなりそうだった。
嘘だろ、こいつ……魔核、知らない?
この大陸中に
魔素から生まれた魔物の体内には魔核と呼ばれる魔力の塊が内蔵されており、これは魔物にとっての力の源になっている。
魔物の討伐の基本は息の根を止めたなら、体内の魔核を取り出すまでが基本だ。人類の普遍の敵である魔物だが、その魔核はやつらを討伐するための武器や生活に必要な
しかし、逆に魔核を取らずに死骸をそのまま放置しようものなら……。
「なあ、お前さ……魔核取ってない死骸がその後どうなるか、知ってるか?」
「えっ、知らない」
絶句。
あっさりと返ってきた無知の極みの返答に絶句という言葉が似合いすぎる空気がギルド内に広がる。
ガキでも知っている常識が覆される事態に誰もが二の句を継げないでいた。
「周辺の地図を用意して」
いち早くその空気から抜け出したのはメアリーだった。口調も本気のものになってギルドの職員に指示を出す。
「君、小鬼王の死骸を放置した場所を教えて」
「えっ、なに、何?」
メアリーの
「どこだ? どこで小鬼王と闘った? おおまかな位置でいいから教えろ!」
「えっ…と、城門まで続く、道のところで……」
「距離は?」
「えっと、城門から歩いて、1時間くらいのところ、だった、かな……」
「城門の方角か……。今日、そっち方面で討伐、採取依頼を受けてるやつは?」
「えっと……こちらが把握しているところでは5組です。C級パーティーとD級パーティーが1組づつと他は全てE級パーティーです」
受付嬢に尋ねると彼女は手持ちの資料を確認して把握している情報を伝える。
E級パーティーが3組か……。
もし事態が最悪な方向に動いていたとしたら対処するのは恐らく困難だろう。
ギルド内を見渡す。
……間の悪いことに今は他の上級の冒険者は軒並み不在のようだ。
仕方がない。
「俺が行く」
俺の発言に周囲がまたもざわめく。
いち早く反応したのはメアリーだった。
「いいんですか? 不測の事態ですが、まだ何かが起こったわけではありませんよ? 調査なら別の人間でも……」
「何もなければそれに越したことはない。でも、何かが起こっていたのなら真っ先に対処できるのは今は俺でしょ?」
「……分かりました。皆さん、探索はシドが請け負います! 皆さんはいつでも戦闘に入る準備を! 他の冒険者及び衛兵に情報の伝達して! 城塞の外で活動をしている冒険者たちにも使いを出して伝えて、今すぐ!」
俺の返答にうなずいたメアリーはすぐさま合理的な判断を下す。
メアリーの指示に周囲をたむろしていた冒険者たちは蜘蛛の子を散らしたように1人また1人とギルドの外に向かう。
「何なんだよ、おい!? 決闘は? 俺の監視の件は?」
1人、状況がまったく飲み込めていないユートが俺に喰ってかかる。
「分かれ! 今、それどころじゃねえ」
今は無知のバカを教育している暇はねえんだよ。
「何なんだよ、一体!?」
自分の所業を何一つ理解していない男は、無視を嫌って大人の気を引こうとする子供のように俺の肩を掴んで状況を把握しようとする。
「黙れ」
俺は肩を掴むユートの腕を逆に掴み返す。
折れるか、折れないか。
それくらいの力加減で握る。
「ああーーー!?」
痛みに耐え切れずその場で膝をつくユート。
涙目を浮かべる顔に俺は言い放つ。
「今はみんな忙しいんだ、ぼっちゃん。これ以上ピーチクパーチクさえずるようなら、それが遺言になるぞ」
圧を放つ。
先ほどまでのママゴトのようなものではない、魔物に対して使う圧だ。
――――――――――――――――――――――――――――――――
運悪く、それに巻き込まれてしまった者たちがいた。
何故動きを止めてしまったのかは誰にも分からなかった。
まず最初に起きた変化は手足の震えだった。震えは瞬く間に全身に広がった。氷水をかけられたかのように体温が奪われていくような感覚となってしまった。
汗が止めどなく流れ、呼吸すらも怪しくなってきたころ。
彼ら、彼女らは自らの身体に覆いかぶさるそれを幻視する。
手だ。巨大な龍の手だった。
ちっぽけな人間の身体など何かの気まぐれで容易に握りつぶしてしまうであろう生物としての階層が違う存在が自分たちの命運を握っている。
何が起きたのか、理解ができなくてもそれだけは彼ら彼女らにも分かった。
それなりの者は歯を鳴らして命運に怯えた。それ以下の者は、耐え切れずに自ら意識を手放した。
―――――――――――――――――――――――――――――――
時間にすればほんの1.2秒ほど範囲も狭めた。
それでもまだギルド内でたむろしていた冒険者の何人かは気を失って倒れていた。
若いD級未満の冒険者ばかりだ。
巻き込んで悪い事をした。
「シ~~~~~く~~~ん」
指示を飛ばしていたメアリーが目を見開いて俺の名前を呼ぶ。
横長の瞳には非難の色を帯びている。
「てめぇ、シド! ふざけんな!」
「こんな時にそれやるな!」
「こんなところでやるんじゃねえ!」
「ちょっと、チビッたじゃねえか!」
「そのガキ黙らせたかったのなら、もっと別の方法あっただろうが!」
巻き込まれた運の悪い冒険者たちも我に返った者から順番に非難の声が殺到する。
……いかん。カッとなってしまった……。
圧を向けた
掴んでいた腕には力は入っていなかった。
顔はガクンッと力なく天を仰いで、白目を向き、くしくもこいつ自身が狩ってきた小鬼王と同じく舌が垂れ、涎も垂れ流されている。
そして股間付近からはいつの間にか水たまりが発生していた。
生暖かく、わずかに黄色味を帯びたものだ。
「うわっ」
反射的に腕を放すと糸の切れた人形のごとくユートの身体は床に突っ伏す。
ゴンッと頭から突っ込んだが多分、大丈夫だろう。
「シーく~~ん」
腰に手を当てた状態でメアリーは俺を睨みつけていた。
彼女はある方向を指さす。
「色々と言いたいことはあるけど~、まずはこの子に謝って~」
指をさした方向にいたのは俺とユートの間近にいた受付嬢だった。
小刻みに震えながらも、彼女の目は真っ直ぐ俺を捉えていた。
巻き込んでしまったか。
そう思い声をかけようとしたところで、俺は気づく。気づいてしまう。
人よりも優れた嗅覚がこの受付嬢、さらに詳しく言えばその下の部分から床に転がっている
殺してやる。
受付嬢の涙目が俺にそう告げていた。
「謝って~」
年寄りだろうとガキであろうと、強者であろうと弱者であろうと、王族貴族、それこそS級であろうとも。
時と場所を弁えず愚行を犯したのならば……。
「……ごめんなさい」
素直に謝らなければならないのが人の世のルールだ。
銀龍、吼える~元野人貴族の英雄譚~ 集落 調停 @waheipease2024
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