第17話 昇りし剣、戦場を見渡す

 特大の御業によって開戦の火ぶたが切られた戦場。


「ふん!」

 

 C級パーティー『のぼりしつるぎ』のリーダー、フィリップは一太刀で豚兵オークを切り伏せた。

 

 身体がかつてないほど軽い。


 振り向きがてらに小鬼ゴブリンの首を斬り飛ばしながらフィリップは自身の変化を明確に感じ取る。

 変化は自分だけではない。


「この前はどうも!」

「同族には世話になったぜ!」

「くたばれ!」


 パーティーメンバーのゴードン、パットン、ギブリーの三人も滑らかな連携で見事に先日、辛酸を舐めた小鬼将軍ゴブリンジェネラルに雪辱を果たす。

 前のように魔核を摂取したような個体ではないが、それでも普段であればもう少し苦戦を強いられる魔物だ。

 さらには。


「みんな、どいて!」


 パーティーの紅一点。魔導士のサラが叫ぶ。

 その頭上には魔力で作り出した火球が浮き上がっていた。


「吹き飛べ!」


 サラの飛ばした火球は乱戦に乗じて、フィリップたちに近づいていた大鬼オーガに直撃する。

 大鬼はたちどころに火だるまとなって燃えあがる。

 サラの魔法も絶好調だ。


「実力が上がった? いや……違うな」


 フィリップはこの変化を冷静に分析する。

 これは突然、自分たちの実力が跳ね上がったという訳ではない。


「あてられたか……」


 心震えるげきだった。

 身体中の血が沸騰したかのように熱くなり、腹の底から力があふれ出てきた。


 自分にも何かができるかもしれない。何者かになれるかもしれない。


 迫りくる厄災を前にして誰もがそう思えた演説だった。

 フィリップたちもそうだ。

 魂が揺さぶれ、戦意が極限まで高まった中であの馬鹿げた一撃である。

 神話に出てくるような御業が吹き飛ばしたのは地形だけではない。

 心にほんのわずかにこびりついていた不安すらも一掃してくれたのだ。


 人は心の生き物だ。


 英雄の見せた背中は、自分たちもこの英雄譚の中で生きているという確かな実感を与えてくれた。

 身体の一つくらい絶好調にもなろうというものだ。


「フィリップ! 何、ぼさっとしてんだ?」


 動きの止まったフィリップを心配してかゴードンが声をかけてくる。

 フィリップは頭を振る。

 今は戦闘中だ。

 浸りすぎてはいけない。

 彼も言っていたではないか。どんなに気をつけても死ぬときは死ぬ、と。ボーとしている間に死ぬなんて間抜けもいいところだ。


 自らの役割を思い出したフィリップは仲間に指示を飛ばす。


「すまない! サラ! あまり飛ばしすぎるな! まだ先は長い! 少しでも疲れてきたらすぐに回復薬ポーションを摂取するんだ!」


 どうせ、タダでもらったものだ。


 出陣前に街中の商人たちがありったけの回復薬を討伐軍に降ろしてくれた。

 フィリップたちが買おうと思ったら一本で一ヵ月分の稼ぎに相当する額を出さなければならないような上質なものだ。

 持ってけ、泥棒! と言いたげな商人たちの顔が忘れられない。

 彼らも英雄にあてられてしまった者の一人だった。


 次から次へと襲い掛かる魔物たちを相手にしながらも『昇りし剣』は周囲への警戒は怠らない。

 そのおかげで見えてきたものもある。

 味方の頼もしさだ。


「A級やB級のパーティーなんかはさすがだな!」


 パットンの言葉通り、筋骨隆々の男たちのパーティーは大剣を自在に振り回し魔物を肉塊に変え、魔導士主体の女性パーティーも火、水、雷とバリエーション豊かな攻撃を繰り出している。


「活躍してるのは上級パーティーだけでもなさそうだが……」


 そうつぶやくゴードンの見つめる先にいたのは。


「行け、ガーリック!」

「なんだな!」


 D級パーティー『鬼神の斧』の前に立ちはだかる鬼人。それも他の個体よりも頭一つ高い個体だった。

 リーダー、ゲンドーの指示で短剣を携えて飛び出したのは脂肪の塊なのにガーリック。

 ガーリックはその体形からは想像もつかない速度で鬼人の足元を動き回り、短剣で小刻みにダメージを与え、翻弄していく。


「デブル!」

「あいよ!」


 鬼人の注意がガーリックに向いている最中、背後から近づいたのはガリガリの枯れ木のような身体つきなのにデブル。

 手に持っているのは身の丈に近いトゲのついた金砕棒かなさいぼう

 自身の腕よりも太く重いそれをデブルは軽々と振りかぶり。


「どっせい!」


 鬼人の膝裏を殴打する。


「とどめだ!」


 そして仕上げはゲンドー。

 膝を破壊され地面に倒れる大鬼に向かって放たれたのは火球。

 それは見事に大鬼の顔面に命中し、その命を絶つ。


「おっしゃあ! この調子でガンガンいくぜぇ!」

「ゲンドーさん! 回復薬はこまめに飲んでくださいよ? 魔導士のあんたが魔力切れを起こしたら命取りになっちまう!」

「高いからって、転売用にケチったらまたシドにシバかれるんだな!」

「うるせぇ! 分かっとるわ!」


 小物の中の小物としてある意味ボルドでも有名なパーティーである『鬼神の斧』。しかし、その実力自体は堅実で安定したものだ。


「ただなぁ……」

「あぁ……」

「うん……」

「そうね……」


 仲間たちの何とも言えない表情にフィリップも苦笑するしかなかった。

 言わんとしていることは分かる。


「実力は確かなんだけど、これじゃないって感じは否めないよな……」


 山賊のような見た目とは何かが食い違っている戦い方にフィリップたちは何とも言えない気持ちになってしまう。


「あ~、フィリップくんたちだ~。そっちは大丈夫~?」


 戦場にはおよそ似つかわしくない間の抜けた声が届く。


「ギ、ギルドマスター? お、お一人ですか?」


 フィリップ達の前に現れたのはギルドマスターであるメアリー。

 まるで散歩の途中でばったり会ったかのような感覚で話しかけてきた彼女であったが、その恰好は穏やかなものとはかけ離れていた。


「元々ソロだったしね~。一人の方が動きやすいんだよ~」


 その手に携えているのは先端に複数のトゲがついた鞭。

 腰のベルトには同じく棘のついた鉄棍てつこんをぶら下げている。

 さらには服には無数の魔物の返り血がこびりついていた。

 間延びした独特な口調とは裏腹なその姿にフィリップは目眩を起こしそうになってしまった。


「他のみんなも~、頑張ってるみたいだね~」


 メアリーの視線に釣られるようにフィリップ達もその方向を見る。


「続けーーーーーー!!!!」


 視線の先で戦いを繰り広げていたのは騎士団だった。

 その先頭を走るのは領主の娘であるイザベラ。

 彼女は愛用の刺突剣レイピアを駆使し、魔物に致命傷を与えていく。風魔法の応用か、そのスピードに魔物はついていけていない。

 一瞬の間に身体中を穴だらけにされた魔物は倒れ伏す前に死体蹴りとばかりに膝蹴りをお見舞いしている念入り具合だ。


「イザベラちゃんも~張り切ってるね~」

「ご領主の娘さんって、あんなに強かったんですね……」

「そりゃあ~、次のボルドの跡継ぎだからね~。ちっちゃなころから武芸は身に着けてるよ~。何よりも~ボルド大好きっ子だからね~」

「……気合の入り方が違うってことですか?」

「そういうこと~、あ」


 メアリーは突然、言葉を区切る。 


「フッ!」


 フィリップ達でも視認できない速度でメアリーは何かを投擲した。

 投げられたのは今しがたまで腰にぶら下がっていた鉄棍。

 それは冒険者の一人を押し倒し、その喉笛を噛み千切らんと牙を光らせた狼の魔物の頭に直撃する。

 魔物の頭は潰れた果実のように粉々に砕けた。


「ふ~、危なかった~。あれ、どうしたの~?」

「いえ……なんか、お強いなぁって」

「そりゃあ~、ギルドマスターだからね~。それなりに力がなければ~冒険者たち言うこと聞いてくれないからね~」


 小さく舌を出しながら茶目っ気たっぷりに力こぶを作るメアリーの姿にフィリップ達は乾いた笑いしか出なくなった。


「武器はいかがーーー? 壊れた武器と交換するよーーー! 剣でも、斧でも、弓矢でも一通り揃ってるよーーーー!」


 メアリーほどではないが戦場におおよそ似つかわしくない声が耳に届く。

 声の方向に目を向けると。


「な、何やってんの、あの人!?」

「あぶねー!!!?」


 サラとギブリーは声の主の奇行に目を剥く。


 やたらと露出の多い長身の美女が大量の武器を入れた籠を担ぎ、まるで出店の売り子のように戦場を闊歩していれば当然のことだろう。


「ちょうどよかった~。お~い、ビスカちゃ~ん!」

「おー、ギルマスー。元気そうで何より」


 ボルドの鍛冶師、ビスカ・ファムウはメアリーの存在に気づくとばったり街中で出会ったかのような気安さでフィリップたちの元へ近づいてきた。

 もちろん何事もなくとはいかない。

 魔物は襲う者を選ばない。

 当然のごとく移動するビスカにも魔物の手が伸びる。

 ……心なしか小鬼ゴブリン豚兵オークといった性欲強めの魔物が彼女に向かって群がっているように見えた。

 しかし。


「邪魔」


 ビスカは手に持っていた鍛冶用の鎚を虫を掃うかのように乱雑に振るう。

 先ほどのメアリーの投擲と同様、鎚が頭に直撃した魔物はことごとく汚い花を咲かせ、大地の染みと化した。


「つえぇ……」

「……え? 鍛冶師? あの子、鍛冶師なの?」


 ゴードンとパットンが頬を引き攣らせながらその光景の感想をつぶやく。


「そうだな……」


 フィリップも同意見だった。

 辺境というのは魔境なのだと改めて感じる。


「おまたせ」

「殴打系の武器ある~? なるべく痛そうなの~」

「ちょっと待ってて。あっ、君たちは大丈夫?」


 まる似合いのアクセサリーを聞くような雰囲気で繰り出される会話に目眩を起こしそうになるフィリップにビスカが話しかける。


「えっ、いや、俺は大丈夫だけど……みんなは? 少しでも違和感があるなら隠すな。すぐに取り換えろ」


 緩みかけた己に喝をいれたフィリップはすぐさま仲間に確認を取る。

 戦場では武器のわずかな不具合でも命取りになる。


「俺は大丈夫だ」

「俺もだ」

「こっちも大丈夫だ」


 魔導士のサラを除くメンバー全員が問題ないと返答する。


「りょーかい。私、この辺で動いて回ってるから何かあったら声かけて」

「あぁ、ありがとう。でも、君も無理をしない方がいいんじゃないか? 強いようだけど、冒険者じゃないんだし」

「大丈夫、大丈夫。私が好きでやってることだし、それに」


 フィリップの気遣いを適当に流しながらビスカは戦場を見渡す。

 魔物の数は依然として多いが勢い的に討伐軍が押している状況だ。

 その光景を見つめるビスカの頬はまるで何かに興奮しているかのように紅潮し始める。


「あっ、あの小鬼、私の片手剣で死んだ。すごい切れ味。あぁ、あの豚兵、私の大剣で首飛んだ! すごい」

「えっ、あの……」

「すごい、すごい、スゴイ! 見て見て! 私の子供作品たちが魔物をぶち殺してる! 蹂躙してる! どうしよう!? やばい!? お母さん、泣いちゃう!」

「「「「ヒイィ!!?」」」」」


 突然のビスカの変貌ぶりにフィリップたちは後ずさって距離を取る。


「ああ、もう! こうしちゃいられない! 我が子たちの活躍を! もっと近くで!」


 居ても経ってもいられないとばかりにビスカは再び戦場の中を駆けだしていく。

 何とも言えない気持ちでフィリップたちはその背中を見送る。


「気にしないで~、あの子、いつもあんな感じだから~」


 フィリップ達の気持ちを察してかメアリーが声をかける。


「いえ、まあ、個性的な人、ですね」

「正直に変人って言っていいよ~。でも、腕は本当にすごいから武器は迷わず彼女を頼ってね~」


 もらった鉄棍を腰に差しながら、さてと、とメアリーはつぶやく。


「シー君が~、あの亀を倒すまで~、一緒に頑張ろうね~」


 満面の笑みを残した後、メアリーもまた戦場へと復帰する。

 途中、鞭で魔物二体をひき肉に変えながら。


「……とんでもないところに来たもんだ」

「まったくだ」

「そうね」

「同感」

「いや、すっごいわ」


 二人の女傑の背を見送ったフィリップ達は顔を見合わせながら思わず笑みをこぼしてしまう。


 状況は押しているとはいえど魔浪スタンピードは終わっていない。しかも後ろには大元となる魔物がいる。

 されど、味方は頼もしく。

 何より英雄がいる。


「さて、俺たちも行くとしよう」

「「「「了解」」」」


 ちょっとした小休止を取ることになってしまったが『昇りし剣』も戦線に復帰せんと動き出す。


 意気込んで走り出す瞬間。


 フィリップは何気なく。

 本当に何となくだが空を見上げた。


 そして見つける。


 広がる青空の中で見覚えのある黒い人影を。



 18話 12月12日 1200 更新予定

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る