第18話 銀龍、相対す
進路の妨げになる魔物は一太刀で絶命させ、集団で襲ってこようものなら本気の
魔物の海を文字通り、切り開いて辿り着いた。
「でっけえな……」
分かっていたことではあるがいざ相対すると、そんなバカみたいな感想が漏れてしまう。
間近で見るとまさに山そのものだ。
確かにこんなものが動き回っちゃあ、街も国もひとたまりもないだろう。
俺が見上げている間も要塞亀は一歩を踏み出すために巨岩のような前足をあげる。
分厚い皮膚に覆われた足裏。
そこにこびりつくのは踏み潰した木々だけではない。
どす黒く変色した数多の血の跡。それが幾重にも重なっている。
逃げ遅れた多くの魔物の絶命の証がそこに刻まれていた。
人間が蟻を踏み潰すのと同じだ。
そこに大した意味はない。
これが例え人であってもやつは気にも止めないだろう。
自分の進路にたまたま鉢合わせただけの邪魔物、いや、きっと踏んだという認識すらせず通り過ぎていくことだろう。
「生まれたばかりだっていうのに生意気すぎるだろ、それは」
ちょっとばかり強く生まれただけで、生き物の先輩たちを足蹴にするとは傲慢がすぎるというものだ。
「止まれ」
先達として礼儀を教えるために。
生まれたての子亀に叩きつけるは本気の
「先輩が目の前にいるんだぞ? あいさつくらいしてけよ」
足を上げた不格好な形で
さすがは伝説の魔物と言ったところだろうか。
殺す気で叩きつけた殺気は命までには届かない。
まあ、動きを止めれたので御の字といったところか。
動きを止めた要塞亀。
しかし、それもわずかな間だった。
ドズウゥ――――――――ン!!!!!
まるで子供が地団太を踏むかのように浮かせた前足を地面に叩きつけると、これまでのものとは比べ物にならない地響きが巻き起こる。
生まれた衝撃波が身体をビリビリと震わす。
ビャオオオオォォォーーーーーーー!!!!
長い首を空に伸ばし、響き渡る咆哮。
そして勢いよく首をしならせながら赤く染まった眼光を大地に向ける。
その先にいるのは、やつにすれば豆粒もいいところな存在、つまり俺だ。
こちらを認識してくれたというわけだ。
「初めまして、サヨウナラ」
出会って早々だが、生物の後輩に俺は別れを告げる。
「シッ!」
剣を振り、繰り出すは斬撃。
空気を裂き、見えない刃が要塞亀の眉間へと一直線に飛ぶ。
並みの魔物であればこれで真っ二つだ。
だが。
「……やっぱり並みじゃあないよな」
ザンッ!!
斬撃は眉間に命中した。
衝撃で首が大きくのけぞるが、しかし、それだけだ。
二度、三度首を振って再びこちらを見据えたその眉間には傷一つついていない。
ビャオオオオォォォーーー!!!
再びの咆哮。
眼光の赤みが増す。
魔物との意思疎通など考えたこともなかったが、やつの今の感情は怒りで満ち溢れているということはよく伝わってきた。
「矜持が傷ついたのはこっちの方だっつーの」
天候すら変えた実績のある斬撃を喰らってピンピンされているのだ。
地団太踏みたいのはこっちの方だ。
……飛ばす斬撃は多分、通用しない。皮膚が冗談抜きに分厚すぎる。一番薄そうな頭部を狙ってこれなのだ。足など他の部位などなおさら、効果は薄いと見ていい。
「遠距離は無理だな」
ならば距離を詰めるのみだ。
足に力を籠め、そして、飛ぶ。狙うは怒りに染まった頭だ。
デカいゆえにその動きは愚鈍。
要塞亀は俺の動きについていけていない。
「今度のはキくぞ?」
空中に浮かびながら俺は身体を後ろにそらし、溜めを作る。
巡る血に熱をもたせる。
要塞亀の頭上をとった俺は開戦の火ぶたを切った際と同じイメージを行った。
「死ね」
作った溜めを開放する。
繰り出すは
それも至近距離からだ。
木霊する咆哮と破壊の音。
衝撃の余波で俺と要塞亀の周囲の木々が吹き飛んで空に舞う。
数多の魔物をこれで
耐えきったものどころか原型をとどめたものもいない。
だというのに。
「……マジかぁ」
咆哮を終えた俺は思わずそうつぶやいてしまう。
要塞亀は元の位置からわずかに後退したのみでその四本足は未だに力強く大地を踏みしめている。
さらには。
「そう来るかぁ」
狙いを定めたはずの要塞亀の頭はいつの間にか消えていた。
正確に言うのなら、やつは頭を瞬時に甲羅の中に収めたのだ。
「頭引っ込めるのは早いのかよ?」
全体的な動きはノロマだったのに、そんなんアリか、クソッたれ。
生存本能に基づいた回避はさすがに魔物というわけか。
それにしてもだ。
「これはさすがに傷ついたぞ……」
頭を引っ込めはしたが雄叫び自体はやつに直撃した。
だというのに、その甲羅には斬撃と同様傷一つついていない。
「せめてヒビの一つでもついとけよ」
どんだけ硬いんだ。
呆れながら落下していく中で俺は異変を感じ取る。
頭が収まった甲羅の穴。
入り口から奥は暗い闇に閉ざされて見えないそこから赤い光が二つ灯る。
ビャオオオオォォォーーーー!!!
咆哮を上げながら、弓矢など比べ物にならない速度で飛び出てきたのは要塞亀の頭部だった。
「ウオォ!?」
俺は空中で身を翻し、すんでのところでそれを避ける。
危ないところだった。
直撃していればさすがに大けがは免れなかっただろう。
「そんなん文献になかっただろうが!」
頭を高速で引っ込めてその反動で弓のように弾くなんて攻撃方法は文献にも載っていなかった。
どの個体も恐らくはその巨体で蹂躙すればよかっただけで、そもそも使う機会がなかったということか。
だが、これはチャンスだ。
「気が利くな! わざわざ首を差し出してくれるなんて!」
直撃を回避した俺の目の前には無防備な亀の首が
両断せんと剣を振りかぶる。
「シッ!」
振り下ろされる剣。しかし、それは空を切る。
空ぶった斬撃は虚しくも下の大地のみを切り裂く。
要塞亀はまたもや首を引っ込め甲羅の中に頭を納めたのだ。
「だから早えって!」
頭の動きが機敏すぎて捕えきれない。
ビャオ!
要塞亀の頭部が再び弾かれて襲い掛かる。
俺も身体をよじって再びそれを避ける。
早いが動き自体は直線的だ、避けることは難しくはない。
「当たるか、そんなもん!」
反撃をせんと体勢を整える俺に要塞亀は。
ビャオ! ビャオ! ビャオ! ビャオ! ビャオ!
頭部の出し入れを瞬時に繰り返し、連続攻撃を繰り出してきたのだ。
「だから!」
俺はそれを身体をよじって。
「そんなん!」
ねじって。
「アリかよ!」
避けに避ける。
執拗に繰り返される攻撃に動きが制限される空中では回避に専念する他ない。
「クソが!!」
悪態をつきながらなんとか地面に着地をしても要塞亀の攻撃は続く。
ビャオ! ズウゥン! ビャオ! ドオォン!
巨躯から繰り出される頭突きは大地に次々とまるで流星が落ちたような巨大な窪みを誕生させていく。
「お前! ふざけんな!」
それだけの巨体で、動きすぎだろうが。
そろそろ息切れくらい起こせ。
反撃の隙はまだ見えない。
ここでも俺は回避に徹することとなってしまった。
頭部が地面に激突直後に
「それなら!」
何度目かも分からぬ攻撃。
要塞亀が頭を甲羅に収めるタイミングで俺は走り出す。
目的地は甲羅の下にあるやつの腹部。
弱点は何も頭だけとは限らない。
地面を滑るように駆けた俺は楽に要塞亀の腹部へと潜り込むことに成功する。
剣を突き刺してそのまま搔っ捌く。
剥き出しの腹部目掛けて刺突の構えをとった瞬間。
ビャオ!
スポンッという音が聞こえてきそうなほど
突如、支えを失った巨躯は俺を目掛けて落下を開始する。
「イッ!?」
巨岩を持ち上げる鍛錬は幾度もしてきたがさすがにこれは重量がありすぎる。
その場からの撤退を余儀なくされた。
腹部から抜け出した直後に起こる地響き。
衝撃で身体が飛ばされるも受け身を取って着地をする。
すぐさま立ち上がり敵の様子を窺うと、要塞亀も足を甲羅から取り出しその巨体を持ち上げた。
そして同時に頭部も甲羅から出してくる。
「笑顔が素敵なこって……」
要塞亀の口元は大きく吊り上がっていた。
誰が見てもその表情は笑っていた。
まるでひけらかした力を自慢するかのような幼稚な笑みだ。
「赤ちゃん亀がよぉ。先輩に対して敬意が足りんだろうが」
人間様を舐め切った態度は鼻につくが実力はやはり厄災だ。
さて、どうしたものか、と思案する中。
「んっ?」
俺は妙な気配を感じ取った。
魔物のそれではない。人間だ。
それも地上からではなく、空から。
空を見上げたその瞬間、現れたのは見覚えのある人影。
馬鹿みたいな魔力を噴き出した黒装束の男はわき目も振らず要塞亀へと直進していく。
「あいつ!」
突如、人外と厄災の戦いに割り込むは
事態は混乱へと突入していく。
19話 12月16日 1200更新予定
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