第9話 銀龍、債務者を監視する

 農場の人間から、わけてもらった取れたての果実をかじる。


「おぉ」


 口内に広がる果汁の甘味に感嘆の声が自然と漏れる。

 

 小鬼王ゴブリンキングの騒動から2日が経った。

 小鬼魔導士ゴブリンメイジを討伐後、あの辺り一帯を一通り調査して異常がないことが確認できた。

 2日経った現在も『昇りし剣』たち以外の人的被害も報告は上がってない。

 最小限の被害で騒動は沈静したとみていいだろう。

 なので俺の仕事は目下……。


「痛いよ~、マメつぶれた~、手、痛い~」


 ボルド南地区で開墾された農場。

 その一角の畑でへっぴり腰でくわを振るう奇跡のバカの監視である。


「うるせえよ」


 小粒の石を拾いあげ指で弾く。

 寸分の狂いなくユートの後頭部にそれは直撃した。


「いたーー!?」

「黙って働け」


 たかが小石程度で大袈裟に痛がるユートを突き放す。


「ひどい! パワハラだ! ハラスメントだ! 体罰だって、いたぁい!」


 今度の小石はやつの額に直撃する。

 

「ハラハラうるせえよ。下痢か? クソだったらよそでやれ」

「いっ、たい……だから、た、体罰は、やめて……」


 額を抑えてうずくまる無様な姿にため息を吐きながらも俺は言葉を続ける。


「立場分かってんのか? 

「う……」


 この言葉にユートは気まずそうな声を漏らす。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 小鬼王の騒動は一先ずは終息したが、だからと言って、こいつになんのお咎めもなしというわけにはいかなかった。

 ギルドに帰還後、メアリーに報告とともにその処遇を話し合った。

 案としては衛兵に突き出して牢にぶち込むというのが出たが、また意味の分からん癇癪かんしゃくを起こしてバカげた魔力で暴れられたら被害が出るということで却下になった。

 ボルドを追放という案も出たが素性不明、常識不在の輩をこの魔素の森に放り出しては小鬼王以上の被害が出るのでは? ということでこれもボツとなった。

 その他にも案は出たが、どれもしっくり来るものがなく、あまりの取り扱いの面倒くささに頭を悩ますことになってしまった。


 議論を重ねた末、結論としては冒険者登録の凍結、ギルド及び騒動の被害者たちへの賠償をさせ、当初の予定通り監視を継続ということに落ち着いた。

 処分としてはゲロアマすぎて蟻がたかってきそうなほどだが一番現実的な案がこれだった。

 ボルドに来るまでの蓄えだったり、路銀、装備を売り払わせて代金を捻出させようと考えていた。


 しかし、問題はここからだった。

 処分をユートに伝えたところ。


『……お金、ないです』


 そう。

 バカは一文無しだったのだ。

 本当かどうか、身ぐるみ全部剥ぎ取ってみたが銅貨1枚、それどころか財布すらその身体からは出てこなかった。

 身ぐるみ剥がした状態で収納魔法の中に何か入ってないか尋ねたがそれも涙目で否定された。

 本人曰いわく、ここに来るまで本当に無一文の状態で、道中で討伐した小鬼王の首だけを当てにしていたらしく、賠償金どころか今日の宿代も持っていなかったのだ。


 1日で2度もS級冒険者と冒険者ギルドのマスターを絶句させるというある意味では偉業を文無ユートしは為したわけだが唖然としてばかりもいられなかった。

 ギルドへの迷惑料や壊した備品の弁償なら待つことも可能だが、被害にあった冒険者の治療費ともなるとそうはいかない。

 治癒魔導士たちにも生活がある。支払いを長い期間待ってもらうわけにはいかない。

 だが、被害にあった冒険者たちに支払わせるというのもおかしな話だ。


 さて、どうするかと。

 今度は別の事で頭を抱える羽目になったその時。

 閃いたのか、それともいい加減面倒臭くなってきたのか、メアリーがある案を提示してきた。

 俺にとっては迷惑極まりない案を。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「何度でも言うぞ。お前が支払うべき金はな、。全額返済するまでは黙って働け」

「……誰も立て替えてくれだなんて頼んでねえし……」

「なあ、知ってるか? 内臓って黒魔導士には高く売れるだそうだぞ?」

「やめて!」


 小声で不満を表す債務者ユートに脅しをかけながら、俺は再びため息を吐く。


「俺だって好き好んでお前なんかのために金使いたくなんかねえわ。他に選択肢もなかったし、頼まれたからホントに仕方なくやってんだよ」

「……よく言うよ。美人のお姉さんに胸押し当てられて鼻の下伸ばしてたくせに、って、げぼぉ!?」

「その光景見て粗末なもんおったててたやつに言われたくねえんだよ! 本当のことだけどお前に言われるのだけは腹立つわ!」


 腹に一撃を加えられユートの身体がへの字に曲がる。

 ついこの前、格の違いを見せつけたというのにまだ減らず口を叩くとは恐れ入った。

 あぁ、でも。

 ホントに何でこんな提案飲んでしまったのか。


『いっそのこと~、ここは~、シー君が全額立て替えてあげたら~? どうせ~、この子の監視は~決定事項だから~、借金の回収と一緒にやってあげれば~一石二鳥だと~思うんだよね~。シー君だったら絶対に踏み倒されることはないと思うし~。うん、ナイスアイディア~』


 メアリーからの出された提案は俺がこいつの監視がてら借金の回収も一緒に行えというものだった。

 最初は当然断った。

 しかし、お願い、と抱きしめられ、胸の谷間に強制的に顔を沈められてしまい、そこから醸し出されるいい匂いを嗅いでしまって断るものも断り切れなくなってしまったのだ。

 そうなってしまったら、あら不思議。理性と一緒に財布のヒモまで緩んでしまったというわけだ。


 長い付き合いのためかメアリー相手には本当に俺はチョロい。

 しかし、後悔したところでもう遅い。


 今は少しでも早く金を取り立てるために、無理やり思考を切り替えている。


「さっさと立て。腑分けされてえのか?」

「……い、や、どっちかって、言うと、すでに内臓、飛び出、そう……い、しゃ」

「ほお……宿代、飯代出してもらっておいて、挙句の果てには仕事も紹介してやって、この上、治療費まで請求するか? 言っとくがその分、借金は嵩むぞ?」


 素寒貧の状態では、まともに働けないと泣きつかれたので飯込みの宿代まで貸してやったというのに、まだねだるかこいつは。

 立場を分からせるためにも、支払わなければならない借金を羅列してやることにする。


「ギルドへの迷惑料だろ? 壊した備品の修理代、銅像の修理代、騒動に巻き込まれた冒険者たちへの治療費、ダメになった装備もあったみたいだからその補填だろ、あとは……」

「おい、ちょっと待て。何、さらっと銅像の分含めてんの? あれ壊したのあんただろ?」

「……チッ」

「今、チッて言った? 今、舌打ちした?」


 さすがにバレたか。

 そう上手くはいかないもんだ。


「ははは」


 女性の笑い声が唐突に聞こえた。


「元気だねぇ、君たち」


 声のした方向を振り向く。

 お付きの者を引き連れて軽快な足取りでこちらに近づく長身の美女。

 最初に目を引いたのは燃え上がるような赤い長髪だった。

 次に髪の毛とは対照的な湖のように透き通った青い瞳に視線が誘われる。

 ほんのり日焼けした肌にまとっているのは、野暮ったい農耕用の作業服だというのに気品はまるで損なわれていない。


「ごきげんよう、シド」

「むしろご機嫌斜めですが? イザベラお嬢」


 彼女、イザベラは俺の様子を見ながら楽し気に笑う。


「それは残念。メアリーから話は聞いてるよ。変わった依頼をこなしているみたいだね」

「ホント、何の因果か……」

「でっ、その子が噂の?」

「ええ、まあ」


 イザベラの視線がユートに向けられるが、当のユートはと言うと。


「……エロい」


 俺たちのやり取りには目もくれず、その目線はただ一点を見据えていた。

 主に作業着を盛り上げる胸の部分を。


 とりあえず目つぶしをしておく。


「ぎゃあ!」


 痛みに悶絶して転がりまわるユートをイザベラは珍妙な生き物を見つけたような表情で見ていた。


「噂通り変わった子だねぇ……」

「変わりすぎてて、こっちは頭が痛いですよ。今すぐ不敬罪で首落としてもいいですか?」

「この子の死体じゃあ、大した肥料にはならなさそうだから別にいいかな」


 お優しいこって。

 そうこうしているうちに痛みから回復したのか、ユートがフラフラと立ち上がる。


「よかった……光、見える。まだ、目、ある」

「そうか。よかったな」

「よかないわ! なにすんだ、いきなり! サイコパスか!?」


 充血した目を見開き、ユートが叫ぶ。

 こんだけ痛めつけられても元気だな、こいつ。


「女の胸ガン見してるやつの目なんていらねえと思ったんだよ? ましてやにむかってだったらなおさら、な」

「……りょうしゅ? ごれいじょう?」


 俺の言葉に理解が追いつかないのか、ユートはぎこちなく首をイザベラの方向にむける。


「自己紹介が遅れたね。私は、イザベラ。イザベラ・フォン・ボルド。ボルド辺境伯の長女でこのボルド南部の農場の責任者だよ」


 その名乗り終えると無礼者相手にも関わらずイザベラはユートに向かって優雅なお辞儀を披露する。


「……貴族……オーラ半端ねえ」


 気品に気圧されたのか、眩しいものを見るかのようにユートは目を細めていた。

 汚ならしいものにとって美しいものというのは目に毒らしい。

 このまま、浄化されてくれないものか。


「君の事は聞いてるよ、ユート・スギサキくん」

「え? 名前……。えっ、もうそんなに有名なんですか、俺? 貴族の耳に入る程に」


 表情を輝かせるユートに唖然としてしまう。

 何でそんな嬉しそうなんだよ? お前の今までの行動のどこに好意的に見てもらえる要素があった?


「もちろん。ここ最近は君の噂で持ち切りだよ。いきなりギルドや街にむかって放火未遂を起こしたり、S級を口説いたり、速攻でねじふせられたり、弁済でごねにごねたり。でも、一番はやっぱり……」


 その瞬間。

 ほんのわずかに。

 空気が変化したことにユートは気が付いていない。

 笑顔を携えたまま、イザベラの右腕は一切の淀みのない動きを見せた。


「小鬼王の魔核を放っておいて、このボルドに大惨事を持ち込みかけたってことかなぁ」


「……えっ?」


 笑みのままユートの表情が固まる。

 その首筋にあてがわれていたのは稲刈り用の鎌。

 あと少し押し込めば肉を切り裂き血しぶきをあげさせることができる位置で止められていた。


「幸いなことに大事にはならなかったからよかったけど、もし、誰か死んでたら、ボルドに無用な悲劇を呼んでいたらさ……君、とっくに死んでるよ」


 イザベラの柔和な笑みが酷薄なものへと変化する。

 反対に見る見るうちにユートの表情から笑みが消え失せていく。


 イザベラ・フォン・ボルド。

 ボルドを彩る美しい花々の1人でもある美女。しかし、紛れもなく魔物溢れる辺境の地を守る守護者の1人でもあった。

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