銀龍、吼える~元野人貴族の英雄譚~
集落 調停
第1話 銀龍、平和を謳歌する
生きることは戦いの連続だ。
よく親父殿はそう口ずさんでいた。
人は生き続けていく限り、常に何かと戦い続けなければならない。
それは魔物であったり、自然であったり、貧しさであったり、金であったり、飢えであったり、病であったり、あるいは同じ人同士であったり。
生き続けるかぎり人は何かと戦い続けなければいけない
きっとそこに
今現在の俺の戦いだってそうだ。
雨水の脅威から家を守るために。
壊れた屋根を修理している。
これも立派な戦いだ。
―――――――――――――—―――――――――――
屋根の上からボルドの街並みを見渡す。
変わり映えしない建物が連なる先には外敵を阻む城壁がそびえ立ち、それより先の景色を見ることはできない。
マグラシア王国東に位置する辺境の城塞都市ボルド。
大陸屈指の魔素に満ちた樹海に隣接するこの都市は樹海から生まれる魔物の脅威から王国を守る防衛都市としての役割を担っている。
しかしながら城壁の向こう側からは魔物の気配は感じない。
空も鳥は飛んでいるが飛行型の魔物の姿は見えない。
穏やかな青空が広がり、その空の下、人々は日常を営んでいる。
つまりは平和ということだ。
「シドちゃん。終わったのかい?」
下から声をかけてきたのは自宅の屋根の修理を頼んだ老婆だった。
「あぁ、ばあちゃん。今、終わったとこ」
答えながら
「いやぁ、助かったよ。ずっと雨漏りがひどかったからねぇ。随分前からギルドには依頼をしてるっていうのに誰も来やしないんだから」
舌打ち交じりに悪態をつく老婆。
冒険者ギルドと言えば聞こえはいいがその実態は何でも屋のようなものだ。街で暮らす住人から身の回りの雑事などの依頼も請け負っていたりする。
しかし、モンスターの討伐とは違い、こういう雑務は実入りが少なくとてつもなく人気がない。
故に後回しにされやすいのだ。
「シドちゃんが来てくれなかったら、今日あたりギルドに怒鳴り込んでやろうと思ってたところだよ。どうせ、昼間から酒飲んでるヤツがほとんどなんだろ? 一発ガツンと言ってやろうってさ」
「やめてくれって。想像するだけでも心臓に悪い」
冒険者なんて基本荒くれものばかりだ。
少しでも気に障るようなことがあれば口よりも先に手が出るヤツが大半だ。
「ばあちゃんの細首なんて簡単にへし折るやつばかりいるんだぞ」
「老い先短いんだ。今更、怖いものなんてあるかい」
勇ましいことだ。
生まれも育ちも魔物がはびこるこのボルドで過ごしてきたという話だから肝の据わり方も相応ということだろうか。
「あんたもいい加減、冒険者なんて引退してまともな仕事につきな」
「あのさ、ばあちゃん……。何度も言ってるけどさ、俺、S級だよ? 冒険者の最高位にいるんだけど」
「はいはい。分かってる分かってる。でもねぇ、掃きだめのロクデナシどもの中の頂点に何の価値があるっていうんだい?」
「……ばあちゃん、この街って一応、冒険者で成り立ってるようなところなんだけど?」
冒険者の恩恵にあやかって生活している側の人間の発言とは到底思えんな……。
「シドちゃん。あたしゃあ、心配してるんだよ? 言っちゃあ悪いが、あんたはタッパはチンチクリンで顔だってかわいらしい。ロクでもない連中に絡まれていやしないかいつも冷や冷やしてるんだ」
「いや、もう、その話、何回するんだよ?」
「あんたが冒険者なんてさっさと辞めりゃあ、あたしだってこんなこと言わないさ」
「大丈夫だって何度も言ってるだろ」
「どうだかねぇ」
まだグチグチと続く老婆の小言を適当に流しながら、チラリと窓ガラスに反射する自分の姿を見てみる。
くすんだ銀髪に、赤い瞳。
母親の血が強いのか、色白で丸っこい顔立ちだ。
自分で言うのもなんだがかなり造形が整ってしまっている。
背は……腰の曲がったこの老婆をわずかに超える程度のものだ。
こんなナリのため、老婆の懸念通り、初対面の冒険者から舐められることはしょっちゅうだ。
そういう連中は基本的にはきっちり理解させている。
無論、冒険者の流儀でだ。
舐められたらオシマイの稼業だからな。
「なんだったら、いくつ仕事紹介してやろうかい? 顔は広いんだ。ああ! それならいっそのこと恋人も探してやろうかい? 良い子を何人か知ってるんだ」
いかん。
黙って聞き流してたら話がきな臭くなってきた。
このままでは見合いの日取りまで勝手に決められかねない。
「すまん。ばあちゃん、今からギルドに依頼が終わったこと報告行かなきゃならんから俺もう行くよ」
「あっ、ちょお」
「またなんかあったら声かけてよ」
雲行きが少しでも悪くなったら退散するに限る。
これも冒険者として生きていくためのコツだ。
まだまだ話し足りなさそうなばあちゃんには悪いが年寄りの話は長くてかなわない。
荷物をまとめて、梯子を納屋に収め、ばあちゃんの家を後にする。
石畳を蹴りながら軽やかにボルドの街並みを駆ける。
曲がり道をいくつか通り露店が立ち並ぶ中央通りに入る。
人の数が大幅に増えてきた。
「ようシド、ウチに寄ってけよ。いい肉が入ったんだ」
「銀龍の旦那、いい武器入ったんだ。見てってくれ」
「シドちゃ~ん。お姉さんと飲まな~い?」
「飲んでけよ~、シド~。もちろん、お前のおごりで~」
「銀龍! てめぇの首とりゃ、俺も、へぶぅ!?」
「シドさん! この前は危ないところありがとうございました!」
「シド~。剣のけいこつけてよ~」
「まほうおぼえたんだよ、みてみて~」
出店の主人や武器屋の親父、夜の嬢に昼間から酒を飲むおっさん、同業の冒険者に、街で暮らすガキども。
一部おかしなのもいたが行く先々でかけられる声に手を振りながら答える。
これも変わり映えのしないやり取りだ。
ここ最近は危ない魔物も出現していない。
チンピラ、ゴロツキはゴロゴロいるが街の中も比較的穏やかなものだ。
こういうのも悪くない。
生きることは戦いの連続だ。
だからと言って血なまぐさい毎日を欲しているわけではない。
中央通りの行く先、ひと際立派な建物が見えてきた。
冒険者ギルド『獅子の軍勢』だ。
さて、このまま依頼達成を報告して報酬を受け取るだけで今日のやることはおわるわけだが。
「あっそうだ、F級にも街の仕事ちゃんとやるように一言言っとかないとな……」
低級モンスターを狩ることも大事だが、街のインフラ整備だって大事な仕事だ。小さなことでもおざなりにするとエライことになる。
拠点あっての冒険者なのだ。
俺がやっても別にいいのだが、曲がりなりにもS級がF、E級クラスの仕事をやるというのも健全ではないだろう。
「依頼の報告したら、ギルマスにアポ取って……」
段取りを考えながらギルドへと近づく。
ドンッ!
突如響いた轟音とともに勢いよく扉が開く。
同時に数人の人影が吹き飛んできたのを確認した瞬間、穏やかな時間が終了したことを確信してしまった。
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