第2話 銀龍、シバく

「おい」


 ギルドの扉を突き破り地面に転がる男たちに声をかける。


「げっ……し、シド!?」


 顔見知りだった。

 角刈り頭に大きなガタイ、頬に傷のある風貌は普通にしれいればそれなりの威圧感を見る者に与えるのだが、今は身体のいたるところが火傷し、身に着けている装備もボロボロになってしまっている。

 男の他には脂肪を豊富に蓄えたデブとその脂肪を少しくらいわけてやりたくなるようなガリガリに痩せた冒険者が転がっているのだが、二人とも角刈りと似たような状態だった。

 D級冒険者パーティー『鬼神の斧』のリーダー、ゲンドーは慌てふためきながら口を開く。


「シ、シド。助けてくれ。やばい奴がいきなり暴れ出したんだ」

「やばい奴?」

「ああ、黒髪黒目の見かけない野郎だ。生意気な口を叩いてたからちょっと教育してやろうと……」

「おい」


 聞き捨てならないセリフを拾ってしまったので圧をかけて見苦しい言い訳を遮る。


「今、なんつった?」

「いや、だから、その、やばい奴が……」

「その後だよ」

「……」

「なあ、ゲンドー。指摘しないと分かんねえか?」

「……生意気な口叩いてたから、ちょっかいかけました……」


 正直でよろしい。バカなことには変わりないが。

 ゲンドーの前にしゃがみ込んで視線を合わせる。

 ただでさえ、ダメージで身動きできないゲンドーは蛇に睨まれた蛙のように固まってしまう。


「なあ、ゲンドー。お前ら、またやったな?」

「いや、その……」

「新人にダル絡みするのやめろって言ったよな、俺?」

「い、言いました……」

「最近はいつ言ったっけ?」

「え、え~と、3か月、くらい前、かな?」


 ゲンドーの顔を鷲掴み、力を籠める。


「いたいイタイいたい!!」

「3日前だ、ボケ!」


 どうなってんだ、こいつの記憶力は。


「鶏か、お前らの脳みそは!」

「ひ、ひでえよ、シド! いくら俺らでも、3歩前のことくらいは、ってギャーーー!」


 ほお、鳥頭の意味ぐらいは分かっているようだ。お利口でよろしい。でも、残念。お前らどっこいどっこいだわ。

 万年D級でうだつの上がらないこいつらは、新人潰しに執心している。要は落ちぶれている自分たちの上を行く若いのが気に喰わないのだ。

 実際、初めてボルドーにやってきて冒険者登録を行った際、真っ先に俺に絡んできたのがこいつらだ。俺の事を『お嬢ちゃん』と呼んだことは未だに忘れていない。

 その場で即、力の差を分からせ、以来口酸っぱく言い含めてはいるのだが、こいつらときたらまったく進歩がない。


「いい加減、学習しろって言ってんだよ、こっちは! 誰彼構わず新人にケンカふっかけるんじゃねえ!」


 なんか思い出したら腹が立ってきたのでつい手に力が入ってしまう。

 ゲンドーはうめき声もあげることができず身もだえるだけになってしまう。


「ゲ、ゲンドーさん」

「や、やめてほしいんだな、シド」


 ガリガリに痩せた冒険者のデブル、肥満体の冒険者ガーリックがそれぞれゲンドーの身を案じて声を上げる。

 仲間意識は強いんだよな、こいつら。

 あとどうでもいいけど、お前ら名前の響きと見た目の印象が逆だろ、絶対。


 ゲンドーへの制裁は、奴の口から泡が噴き出るまで続いた。


「どうした? もう、終わりかい?」


 手が汚れるので放してやったのと同時だった。

 ギルドの扉の奥から若い男の声が聞こえてきた。

 その瞬間、背中に悪寒が走り、腰に差した剣の柄に手を伸ばす。


「まったく、テンで歯ごたえがない」


 扉の前で立ち止まった男はゲンドーの言った通り、見かけない風貌をしていた。

 一言で言えば黒一色だ。

 黒髪に黒目はこの辺りどころか、この国でも見ないナリだ。

 伸ばした前髪は片目を隠し、羽織っている黒色のローブの下は黒のシャツに黒のズボン。両手に身に着けているグローブも黒だが、何故か指は剥き出しになっている。

 顔は若い。

 俺と同い年くらいか。違っていてもそうは離れていないだろう。

 

「こいつが絡んだ新人か?」

「そ、そうなんだな!」


 気絶して答えられないゲンドーの代わりにガーリックに聞けば、たるんだ肉を弾ませながら奴は即答してきた。

 なるほどな……。

 男を観察しながら内心で舌打ちをする。

 面倒くさそうなヤツに絡みやがったか、このバカども。

 そうこうしているうちに黒ずくめの男は右手をゆっくりかざす。

 向けられている先は『鬼神の斧』の3人だ。


「オーバーキルになるが……」


 男の右手に赤い光が宿る。


「手っ取り早く俺がS級になるための礎になってもらうよ」


 赤い光が強く、そして大きくなっていく。

 炎の魔術、それも上級のものだ。


「バカか!」


 地面を蹴る。

 黒づくめの男との距離を一瞬で縮めると、魔術を放つ前に男の右手を掴む。


「なっ!?」


 近づく俺に気づきもしなかったのか右手を掴まれた男は驚愕の表情を浮かべる。


「やめろ、バカ。街を焼野原にするつもりか?」


 人が往来する中央通り、こんな街中で上級魔術なんて考えなしにぶっ放そうとするヤツがあるか。

 どんな被害が起こるか分かったもんじゃない。


「あのバカどもにどんな絡まれ方したかは知らんが、それはやりすぎだろ? 一旦、落ち着けって」


 男に冷静になるよう促す。

 掴まれた右手を凝視していた黒ずくめの男はここでようやく俺に視線を向ける。


「何なんだよ、おま……え」


 激高した様子で張り上げられようとしていた男の声が急速に尻すぼみとなる。


「? 何だ、どうした?」

「……」


 様子が明らかに変わった。

 質問を投げ掛けても黒い瞳の目をいっぱいに開いてこちらを凝視するのみだ。

 雷に打たれたとでも言うのか、とてつもないショックを受けたように固まっている。


「おい、ホントにどうした?」

「……い……」

「い? 何だって?」


 声が小さすぎて聞き取れない。

 何て言ってんだ?


「いせ……」


 黒ずくめの男が顔を上向かせ、スウッと息を吸う。


「異世界美少女キタァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!1!!!!!!!!」


 咄嗟とっさに耳を塞ぐ。

 うるせぇ!

 何? いきなり何?


「マジか!? マジで、マジか!? チンピラ冒険者に絡まれるっていうテンプレのみならず、銀髪美少女とエンカウントってイベント重なりすぎだろ!?」


 血走った目が俺に射抜く。

 同時に男を掴んでいた俺の手が逆に握り返される。


「君、名前は? 俺は杉さ、あ、いや違う。ユート。ユート・スギサキだ。うわ、マジか~。俺のファーストヒロインは勝気そうな銀髪ツルペタ系か~。うん、上等、上等」

「……」


 頭によぎる言葉はたった一言。

 何だ、こいつ。

 握られてる手、その指がじんわり汗ばんでいる。

 息も乱れに乱れて、至近距離のために顔に生ぬるい吐息がモロにかかってしまう。

 はっきり言って滅茶苦茶に気持ちが悪い。


「ねえ、君の名前は? 冒険者だよね? ランクは? どこかパーティーに入ってたりする? そこにも女の子いたりする?」

「……あぁ……まず一旦、一旦、落ち着こう」


 本当は今すぐにでもぶっ飛ばしたいところだが、刺激しないようにあえて声量を抑える。

 まず第一に確認しなければならないことがある。


「色々聞きたい事、つーかツッコミたいところは盛りだくさんなんだが、まず初めに聞いときたいんだが……今言った銀髪美少女って、ひょっとして、ひょっとしなくても俺のことか?」

「もちろん、そうだよ!! ていうか一人称俺なんだ? まさかの俺っ娘! 属性盛ってくるね~!」

「……そうか」


 いつの間にか周囲に人だかりができていた。

 黒ずくめの、ユートと名乗るこの男の大立ち回りのせいだろう。

 俺は大きく息を吐く。

 面倒臭いが、俺の尊厳のためにもまずはこのバカタレの誤解を解くことから始めなければならない。


「おい」

「うん?」

「俺は男だ」

「はい?」


 俺の言葉にユートの表情が固まる。


「男?」

「そうだ。ナリはこんなんだが正真正銘、男だ」

「へっ……?」


 間抜けな声とともに首を傾げるユート。

 分かってくれたか。

 はなはだ不本意ではあるが何とか納得してもうことには成功したようだ。


「分かったなら、この手さっさと……」

「いや。いやいやいや……、こんなかわいいのあそこに棒やら玉がぶらさがってるなんて、そんなこと……。あっ、分かった!」


 しかし、どうやらその考えは甘かった。

 合点がいったとばかりにユートの目が輝きだす。


「何かの事情があって、男のフリをしてるんだね? 冒険者だから? それとも家庭の事情? これも小説でも定番の流れだから俺は知ってるんだ」

「……」


 なんか。

 一気に面倒臭くなってきてしまった。

 ユートの手を再び掴み返す。

 そして導くのは俺の股の間だ。


「へっ?」


 再び漏れ出た間抜けな声とともにユートの手が俺の股間のイチモツに触れる。

 気持ち悪いがこれが誤解を解くのには一番手っ取り早い。


「理解したか?」

「へっ? えっ?」


 掴まれた手と俺の顔を交互に見比べるユート。

 間抜けに開かれた口からポツリと言葉が漏れ出る。


「……まさかの、男の娘……?」


 最初の方から何を言っているのか、さっぱり分からなかったが、この一言の意味については、本能的に理解できた。

 極めて。

 侮辱的な何かだ。


「いっぺん……」


 ユートの顔を鷲掴む。

 反応する暇も与えはしない。


「死んで来いや、このマックロクロスケがぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


 勢いそのままにユートの身体をギルドの象徴、獅子の銅像に叩きつける。

 ズドンッと小さな衝撃音が街に木霊する。同時に土埃が辺りに舞う。

 それが晴れ、見物人たちは目撃したのは。

 頭の部分が吹き飛んだ獅子の銅像。そして。


「……が、べ……」


 頭から血を流し、白目をむいているユートの姿だった。

 小刻みに痙攣してはいるが辛うじて生きてはいる。


「……おーい。治療師呼んできてくれ」

「は、はい!」


 ユートから手を放し、俺はギルドの中で一部始終を見ていた職員に声をかける。

 俺は未だに倒れているガーリックとデブルに視線を向ける。


「あの……シド、さん?」

「新人に、ケンカふっかけるなって、さっき言ったんだな……」

「教育的指導だ」


 新人であろうとクソ野郎であるのなら多少暴力的な教育も時として重要だ。

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