第3話 銀龍、頼まれる

「やりすぎだよ~、シー君」


 メーと子供をあやすかのような間延びした声で叱られる。


「……いやこれ、俺が悪いんですか?」


 3階建てのギルド最上階に位置するギルドマスターの執務室に俺は呼びつけられていた。

 騒動はギルド職員に治めてもらっている。


「お姉ちゃんは~悲しいで~す。シー君がすっかり乱暴者になってしまって~」


 ギルドマスターのみが座ることができる椅子に腰かける女性。

 抜群のプロポーションに、白い肌、純白のフワフワな長髪に、すっきりした鼻筋、細い目。そして優しく包み込むようなおっとりとした雰囲気。

 お世辞抜きに美しい女性だ。

 しかし、側頭部からは山羊の角、耳の部分から伸びる山羊の耳が彼女が純粋な人間ではないことを物語っていた。

 メアリー・スー。

 城塞都市ボルド最大の冒険者ギルド『獅子の軍勢』を束ねるギルドマスターである山羊の獣人だ。


「どちらかって言えば、俺、被害者の方ですよね?」


 これでも傷ついているんだが。主に男の尊厳的なあれで。

 俺の抗議にメアリーはウソ泣きをやめて、口元に手を添えてクスクスと笑う。


「それは~仕方ないね~。シー君は~とってもと~ってもかわいいからね~」

「未だに俺のこと『お嬢ちゃん』なんて陰口たたくヤツもいますしね」


 このナリで舐められたことは数知れない。

 力こそ正義という考え方が根強い冒険者の世界で弱そうな外見というのは明確な欠点になってしまう。

 いや、舐められるだけならまだいい。中には夜の誘いをしてくるようなヤツもいた。それも俺が男だと知っていてだ。

 人は見た目だけではないが見た目から得られる利点は多々あるのだ。


「嫉妬だよ~、嫉妬~。シー君が~あまりにも強くて~、かわいくて~、魔性すぎるから~影でコソコソするしかないんだよ~。よっ、罪な男~」

「髪切っていいっすか? ゲンドーみたいな角刈りにしたいんですよ。そうすりゃあ、少なくともかわいいって評価は消えると思うんですけど?」


 首筋まで髪を伸ばしていたのがそもそもいけなかったのかもしれない。そうだ、最初からそうすればよかった。

 それはメ~とメアリーは手で大きく×印を作る。

 

「かわいいの損失は~世界の損失で~す」

「18にもなってかわいいはただただキツイんですが……?」

「もしそんな事したら~、ギルドマスターの権限でS級のライセンスははく奪で~す」

「何で?」


 ハアッとため息が漏れてしまう。

 悪い人じゃあないんだけど、なんか疲れるんだよなぁ、この人。


「それで、事の発端は何なんですか?」


 話が変な方向に行きそうなので軌道を修正することにする。


「ん~、あのね~、きっかけは~あのユートって子が冒険者登録に来たときに~、受付の子にどうやったら、S級になれるかって、質問したそうのな~」

「それがしゃくに障ったゲンドー達があの真っ黒野郎につっかかったと」

「そうだね~、気持ちは分かるけども~、いけないね~」


 気持ちは分かるというメアリーの言葉には概ね同意見だ。

 冒険者はFからSまでの明確な階級制度が設けられている。

 大抵の人間が昇れてD級、よくてC級で終わってしまう中で高ランクの階級の持つ意味は大きい。

 何万、何十万の頂点たつ称号であるS級ともなればなおさらだ。

 どうすればなれる、なんて安易に触れていいものではない。

 そう考えるとゲンドー達が絡んだのも分からないではない。

 バカなことには変わりないが。

 

 でもね~、とメアリーは頬に手を添えてため息を吐く。


「あのユート君がね~、絡んだゲンドー君たちに向かっていきなり叫び出したの~。何でも~、テンプレ? 展開がきた~~って」

「そういえばそんなこと言ってたような」


 何だっけか、テンプレだの、イベントだの、ファーストヒロインだの。とにかく意味不明な単語を羅列していた。


「そこから~、お約束展開だって言って~、ゲンドー君たちに向かって火炎魔法をド~ンって」

「何考えてんだ? ギルドの建物の中で」


 受付周りを中心に建物内はあちこちで焦げた跡があった。

 机や椅子は炭になってしまったものもある。

 運良く延焼しなかったようだが下手したら建物ごと全焼してしまってもおかしくはなかった。


「カウンターやら、机や椅子とかどんだけ使いもんにならなくしてるんだよ?」

「それはギルドの象徴を~壊したシー君が言っていいセリフではないよ~」


 メアリーからの非難の視線を明後日の方向を向いて回避する。

 得体の知れないアホから街を守り、何より尊厳を守るための行動なのだから大目に見てほしいところだ。


「獅子さんかわいそ~、直るのにしばらくかかるんだって~」

「……弁償します」

「しばらくは、1体だけの~、さみしい~状態で~、冒険者さんをお出迎えしなきゃいけなくなるな~」

「だから、ごめんって」

「お姉ちゃんは~、とっても悲しいです~。とっても、恥ずかしいし~、街のみんなから笑いものになってしまいます~」

「……何か、頼みごとでもあるんですか?」


 しつこくウソ泣きまで始めたメアリーに何かあると踏んで質問する。

 彼女は待ってましたとばかりにウソ泣きの仕草をやめる。


「さすが~シー君。話が~早いね~。獅子さんの弁償代わりにちょっとお願いしたいことが~あるんだよ~」


 やっぱりか。

 俺は用件を聞くことにした。


「何です?」

「その前に~」


 そう前置きするとメアリーの細目が僅かに開かれる。

 山羊の獣人独特の横に細長い瞳が俺を見据える。


「『』シド」


 先ほどまでの力の抜ける間延びした口調が鳴りを潜める。


「はい」


 背筋を伸ばす。

 彼女は今、王国の重要防衛地点ボルドの冒険者を束ねる長として俺と対峙している。


「直感でかまいません。私の質問に答えてください」

「何でしょう?」

「あのユートという少年を見てあなたはどう思いましたか?」

「ヤバいですね」


 細身の身体に秘められた膨大な魔力。まるで底が見えなかった。

 背筋から寒気がして、本能が警戒音を発した程だ。


「魔力に関しては、今まで見てきた魔導士たちとは比べ物にならないです」

「そうですか……。私も気絶している姿しか見ていませんがそう思いました」


 メアリーも同意見か。


「受付からの話では、名前以外の素性はまったく話すことはなかったようです。ですが、引っかかります。あれだけの魔力量に、あの特徴的な容姿。この街に来るまでにもう少し噂になってもいいくらいなのに」

「てんで、話を聞かない、と」

「ええ」


 確かに気にはなる。

 相対したのはほんのわずかだが、所かまわず力を誇示するような行動、発する言葉の端々に異様な自己顕示欲が垣間見えていた。

 あの性格を考えるのなら、ボルドに来る前にもう少しくらい噂になってもいいだろうに。


「謎、ですね……」

「そう、膨大な魔力量以外は全てが謎なんです」


 言動とともに出自も意味不明ときたか。

 ホントに面倒くさい野郎だ。

 しかし、対峙してみて分かったことが一つある。


「でも、あいつ滅茶苦茶弱いですよ」

「えっ? 弱いの~、彼~?」


 おい、素に戻ってるぞ。

 びっくりするのも分かるが真剣な場面なんだから、もう少し頑張れ。


「弱いですね。魔力量には正直面食らいましたが、身体は鍛えた形跡はないし、身のこなしも隙だらけ。多分、まともな戦闘経験もないと思います」


 そう、あのユートっていう男、どうにもいびつなのだ。

 力はある。類を見ないほどだ。

 しかし、それ以外があまりにも脆弱ぜいじゃくだった。

 まるで昨日今日、たまたま力に目覚めた素人のように、力と器のバランスがあまりにも釣り合っていない。

 そんな印象を受けた。


「んん……。そうですか……、擬態、演技であるという可能性は?」


 出かけた素をしまいこんだメアリーは気を取り直して聞いてくる。


「その可能性もないことは、ないですけど……」


 もしも、演技だというのなら大したもんだが、ぶっちゃけそれはないと思っている。


「そんなことをするくらいなら、そもそも悪目立ちする必要なくないですか?」

「……そうですね」


 出自、目的全てが不明。まったくもって存在そのものがふざけた野郎だ。

 メアリーは参ったとばかりに額に手を当てて考え込む。


「出自も目的も不明で、分別も怪しい強大な魔力の持ち主……どう考えても厄介ごとの匂いしかしませんね」

「じゃあ、どうします? このまま街からたたき出しますか?」

「いえ、それはやめておきましょう。街の外に出したら出したでどんな行動に出るのか皆目検討もつきません」

「それじゃあ……」

「シド、お願いできますか?」


 メアリーは真っ直ぐに俺を見据えてそう言う。


「監視しろってことですか?」


 俺の質問に彼女はうなずく。


「何もかもが不明な今、軽々しい判断はできません。野放しにすることもできないし、放置することも論外。それならば監視下において目的を探り、万が一の場合は抑え込まなければいけない」

「俺がうってつけの人材と……」


 それは暗殺者や密偵を生業なりわいとする人間の仕事じゃあなかろうか。


「シド」


 横長の瞳が俺を射抜く。


「私は魔素の溢れる樹海よりこのボルド、ひいてはマグラシア王国を守護する冒険者たちのおさ。厄災からこの場所を守護する義務を背負っています。故にどんな些細な火種であろうと不安分子を決して見逃すわけにはいきません」

「重々承知してます」


 大陸屈指の魔素だまりの樹海に隣接する都市。

 言うなれば魔物との戦いの最前線のギルドマスター。

 まともにオツムが働くやつならその重責は分かっている。


「ユート・スギサキが潔白であるならあるで、それで構いません。ですが、もし、あの底なしの魔力が傍若無人に振舞われようものなら、その被害は計り知れません」

「はいはい、みなまで言わなくても分かりましたよ。そうならないためにも働けってことでしょ?」

「お願いできますか?」

「仮にもS級冒険者を小間使いのように扱ってくれますねぇ」

「……シー君」


 おい、いきなり素に戻るな。

 しかも、瞳が若干潤んでるし。


「やらないなんて言ってないでしょ? とりあえずあの黒ずくめの素性と腹の内探ってくればいいんでしょ? やるって。やるから、そんな目で見ないでくださいよ」

「ホント~、ありがと~」


 メアリーの表情がパアッと明るくなる。

 口調も元に戻ってしまっており、真剣なお時間は終わってしまったようだ。

 椅子から立ち上がると彼女は俺に歩み寄って抱き着いてくる。

 メアリーの身長は俺よりも高い。

 豊満な胸がちょうど顔の高さになるくらいだ。抱きしめられると女性特有の柔らかさをモロに体感する形になってしまう。


「でも、ホント~に嫌なら~断ってもいいんだよ~。別の子に~お願いするし~、最悪はお姉ちゃんがやるよ~」

「いや、それはちょっと白々しいでしょ……」


 プレッシャーかけておいて何を今さらである。

 メアリーは俺から少し距離を取ると両手で俺を頬を挟み込む。そして見下ろすような形で俺の目をのぞき込んできた。


「ホントにお願いしてもいい~?」

「二言はない」


 横長の瞳に向かって即答する。

 一度やると決めたからには口約束であろうと反故ほごにするつもりは毛頭ない。


「俺は『銀龍』だ」


 あの野郎がナニモンであれ。


「龍の縄張りで好き勝手なことはさせやしない」

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