第20話 銀龍、補充する

 凄まじい爆炎が要塞亀フォートレスタートル周辺を覆いつくす。


「ウオォっと」


 爆風に煽られて身体が宙に浮きかけたが剣を突き刺して耐える。


「なんつう火力だ……」


 上がる火柱を見つめながら俺はつぶやいた。

 熱気がビリビリと肌を貫いてくる。


「ホントにあいつナニモンだよ、一体」


 メアリーの見立ては正しかったと言わざるを得ないだろう。

 この規模、この威力。

 素性、目的が不明なまま放置していい存在ではない。


 上空に浮かぶユートに視線を向ける。


「笑ってやがる」


 空高く上がる火柱を見ながらユートは高らかに笑っていた。

 気分が極限まで高調しているのだろう。

 腹すら抱えている。

 ……戦場でたまに見かける光景だ。


 ズズッ。


 ここで。

 人よりも鋭敏な感覚が感知する。

 全てを焼き尽くす火柱の中で。


 未だにうごめく命があることを。


「ラアッ!!」


 地面を蹴って宙を飛ぶ。

 それと同時に。


 ビャオォォォォーーーーーーーー!!!!!


 自身を焼き尽くす業火を振り払い、要塞亀フォートレスタートルの頭部が飛び出てきた。

 いかに膨大な魔力を帯びていようと戦闘者としてはド素人のユートが反応できる速度ではない。

 案の定、ユートは固まってしまい反応できていない。

 

 迫りくる破壊の鉄槌。

 少しカスるだけで人肉など消し飛ぶだろう。


「クソッたれーーーーーーーー!!!!!」


 気合一閃。

 目と鼻の先というタイミングでユートの襟首を鷲掴む。

 間一髪のところで回避に成功する。


「お前、何でここに来てんだ!?」


 怒鳴りながら尋ねるがユートからの返答はない。

 また気絶でもしたのかと表情を窺おうとしたその時だった。


 ボンッ!!


 が突如として襲ってきた。


「オワッ!!?」


 ここは空中。踏ん張りが効かない。

 身体が風でモミクチャになる中で俺はその発生源を確認する。

 その元凶は規格外の頭部に備わるにふさわしい

 突風の正体はやつのだ。


「攻撃の引き出しありすぎだろ!」


 悪態をつくことしかできず、俺の身体は吹き飛ばされる。





「オォォォォーーー! オガッ!」


 地面に激突する直前。

 ユートをかばいつつ、辛うじて受け身を間に合わせる。


「イッツゥ……」


 視界いっぱいに青空が広がる。

 まったく大の字に転がされるなんていつぶりか。


 ドズウゥーーーン!!


 腹立たしいという感情がよく伝わってくる巨大な地団太が響き渡り。


 ビャオオオオォォォーーーー!


 どこだ? 出て来いと言わんばかりの咆哮が木霊する。


「いや、お前が自分でぶっ飛ばしたんだろうが……」


 なんて理不尽な、と悪態をつきつつ、身体を起き上がらせる。

 そのまま視線を横に転がっているユートに送る。

 先ほどから何も言葉を発していないので生きているのか死んでいるかも分からないので一応の安否確認だけはしておく。


「おい、生きて……」


 そこで俺の言葉は止まる。


 こりゃあ……ダメか。


 一応、ユートは生きていた。なんなら大きなケガもしていない。

 しかし。


「……」


 仰向けに空を見つめている顔面は蒼白そのもので。

 歯はカタカタと震わせて。

 口端からは涎が垂れて。

 身体はビクビクと痙攣を繰り返し。

 虚ろな目は一切の光を拒絶していた。


……」


 今までのみっともない気絶の仕方とは明らかに異なっている。

 戦場で幾度も見てきた特有の反応だ。

 こうなってしまっては誰の言葉もユートには届くことはないだろう。


「シドさん!」


 戦場の真っただ中にふさわしくない、やるせなさに襲われる中で俺の名を呼ぶ声が聞こえる。


「フィリップ達か……」


 近づいてきたのは馬鹿ユートをきっかけに知り合った五人組だった。


 先頭を走る茶髪のリーダーのフィリップ。

 青髪の女魔導士のサラ。

 長身で色黒筋肉質なゴードン。

 金髪細身のパットン。

 小柄なギブリー。

 

 C級パーティー『昇りし剣』は息を切らしながら俺の元へ駆け寄ってきた。


「シドさん! 大丈夫か? ケガは? ひとまず、これを飲んでくれ!」


 フィリップの手には回復薬ポーションが握られている。

 落下してきた俺を見て大急ぎで来たのだろう。

 

 ……何がS級だよ。


 あれほど大見得を切っておいてこの様だ。

 あまりの不甲斐なさにフィリップ達を直視できない。

 この無様、どうかメアリーやイザベラ、ビスカ達には見られていないことを祈る。


「ありがとな。でも、問題ない」


 さりとてこの戦いにおいて支柱は自分なのだということは重々承知している。ここで綻びを見せるわけにはいかない。

 軽く剣を素振りしながら万全であることをアピールする。

 実際に本当にどこも痛めていないしな。


「えっ、でも……だって」

「すごい速さで、落下、してたわよね……?」

「マジか? ケガも……してない?」

「ふつう……死なねえ?」

「S級……S級って、いったい……」


 俺の様子にフィリップたちは理解不能の化け物を見るかのように言葉を失い、やがて呆れたように笑い始める。

 これくらいでいい。

 不安がられるよりもよっぽどマシというものだ。


「悪いなぁ。パパッと退治できたらよかったんだけどよ」

「何言ってるんだ。あんな怪物相手に」


 フィリップはそう言ってくれるが、そんな化け物に勝たなければいけないのがS級という存在だ。

 何人なんびとが牙を剥いてこようともその最後の砦として立ち塞がり、力なき者の盾となる。

 頂点に立つということはそういうことだ。

 そこには何の言い訳も許されはしない。


「そんな怪物相手にも楽勝で勝たなきゃいけないのが人外なんだよ」

「……」


 俺の言葉にフィリップ達は口を噤んでしまう。

 何を言えばいいのか分からないといった様子だ。


 ビャオオオオォォォーーーー!!!


 タイミングがいいのか、悪いのか。

 しんみりしかけた雰囲気に水を差してくる要塞亀の咆哮。

 俺をお探しのようだ。


「母ちゃん呼ぶ赤ん坊か、あいつは……頼みがある。こいつを安全な場所に運んでほしい。自力じゃあ歩けない。多分、


 俺の言葉にフィリップ達の視線が一斉にユートに注がれる。

 表情に浮かぶのは困惑とだ。


「……分かった」


 フィリップは了承すると魔導士のサラに目配せする。


「悪いな。危なくなったら最悪見捨ててもかまわないからな?」

「そうならないよう最善を尽くさせてもらうよ。知らないのかもしれないけど、S級から直々にお願いされるのって木っ端冒険者からしたら光栄なことなんだぜ?」


 そういうものなのかね。


 サラの浮遊魔法でユートの身体が宙に浮かぶ。

 フィリップを除く他のメンバーは周囲の警戒をしながら撤退経路の選定を図っている。


「……勝て……いや、何でもない」

「勝つよ」


 勝てるか? そう聞こうとして野暮だと思ったのだろう。

 言葉を濁したフィリップに俺は断言する。


「勝つよ。負ける理由がない。あんだけ大勢の前で大見得切ったんだぜ? ここで尻尾巻いちまったらもう街歩けねえよ」

「……」


 俺に何かを言いたそうで。

 しかし、ふさわしい言葉が出てこないフィリップ。

 顔は安堵と不甲斐なさが入り混じった葛藤を繰り返している。


「あぁ! クソ!」


 そう悪態をつくやフィリップは手にしていた回復薬の小瓶が無理やり俺に手渡してくる。


「これ飲んどいてくれ! 気休めかもしれないし、必要ないのかもしれないけど! 人間死ぬときは死ぬんだろ? だったら、死なないために君も最善を尽くしてくれ!こんなことしかできなくて申し訳ないけども」

「あ、ああ。……ありがとう」


 こう捲し立てられては、いらないとも言えない。

 俺は素直に回復薬の小瓶を受け取る。


「フィリップ! 行くならそろそろ行こう!」


 ゴードンが撤退をフィリップに促す。


「分かった! シドさん、俺たちは行く! できるなら勝ってほしいけど、危なくなったら逃げろよ! 生きてなんぼなのは君も一緒なんだからな?」


 メアリーと似たような言葉を置き土産にユートを連れてフィリップ達は駆けだしていく。

 まったく。心配してもらってありがたいと思うべきなのか、S級として情けないと項垂れるべきなのか……。


「終わったら一緒にメシでも食おうぜ」


 去り行くその背中に俺はそう言葉を送る。


「シドさん、やめてくれ!」

「その手の言葉はここじゃマズいって!」

「演劇でもそれ誰か死ぬ前触れだから!」

「縁起でもねえ!」

「こんなんで死んだらどうするのよ?」


 せっかく誘ったというのに『昇りし剣』の面々の反応はつれないものだった。


 苦笑しながら五人と荷物一個の背中が見えなくなるまで俺は見送った。


「さてと」


 要塞亀の方向を向きながら、俺は貰った小瓶の中身を一気に飲み干す。

 身体は疲れているわけではない。

 ケガをしているわけでもない。

 それでも回復薬を飲んだ瞬間。

 自分でも知らないうちに削れていた部分が補充されていくような奇妙な感覚を覚えた。


「行くか」


 小瓶を捨て、俺は走り出す。


 無策という訳ではない。

 鼻息で吹き飛ばされた中でも突破口になりそうな糸口は見つけている。

 しゃくな光明ではあるが。


――――――――――


 許しがたい。

 何たる屈辱か。


 要塞亀の怒りは頂点に達していた。


 一匹でも己を散々と愚弄してくれたというのに、ここで新たな敵が現れた。

 瞬時に甲羅で身を守らねば本当に危ういところであった。

 それだけでも堪え難き屈辱だった。


 しかし、その上であの空を飛んだ黒い個体は


 断じて許せぬ。


 いくら雄叫びをあげようとも怒りは欠片も晴れはしなかった。


 この屈辱。この恨み。

 必ずやつらを骨まで踏み砕いて跡形もなく潰さねば晴れるものではない。


 故に厄災として生を受けた亀は叫ぶ。


 姿を見せろ、と。

 殺してやる、と。


 バシュッ!!


 返事代わりに飛んできたのは鋭い斬撃。

 だが、遠距離だ。

 要塞亀は固い額でそれを弾き飛ばす。


「どうした赤ちゃん? ママでもお探しか?」


 続いて飛んできたのは宿敵の声。

 視線を下げればそこにいるのは、豆粒にも劣る大きさでありながらも忌々しいほどの存在感を放つ銀色の怪物。


 もう一匹の姿は見えないがまあいい。


 ビャオオオオォォォーーーー!!!

 ズウゥ――――ン!!!


 雄叫びとともに全てを踏み砕く脚で大地を揺さぶる。


「次で終わらせるってか?」


 宿敵は不敵に笑う。

 その行為が益々と要塞亀の怒りを煽る。


「賛成だ。赤ん坊の駄々とはいえ、近所迷惑なんだよ。そろそろおねんねしようぜ」


 

 怪物と怪物。

 両者は再び相まみえる。




 21話 12月23日 1200更新予定

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