第21話 銀龍、勝鬨をあげる

 ボンッ!

 先手は要塞亀フォートレスタートル

 鼻の穴を大きく膨らませて繰り出される空気砲が俺を襲う。


「喰らうかよ!」


 タネが分かれば対応は可能だ。

 地面を駆けだし突風の直撃を避ける。


 ビャオ!


 続いて繰り出されるのは頭突き。

 これはいい加減見飽きた。

 避けて前進を続ける。


 さあ、考えろ。

 正面きっての空中戦は分が悪い。

 地上で戦うにしても狙える箇所は限られていて対策もされている。

 それならば。


 駆けだした勢いそのままに俺はやつの巨大な図体の

 要塞亀は踏み潰そうと巨岩のような脚をあげるが、そんな攻撃こそ喰らうわけがない。


「はい後ろ取ったぁ!」


 辿り着いたのは図体に比例した巨大な尻尾を地面に垂らした状態の要塞亀の背後。


 ビャオオオオォォォーーーー!!!


 後ろから俺の気配を感知して要塞亀は次の攻撃手段を取る。


 バオッ!


 強烈な横なぎが俺を襲う。

 繰り出されたのは

 要塞亀は自らの尻尾を振り回したのだ。

 だが。


「読めてんだよ!」


 跳躍して尻尾の横なぎを避ける。

 尻尾があると確認した時点でそういった攻撃は織り込み済みだ。

 案の定、頭突きとは違い闇雲に振り回すばかりで尻尾での攻撃精度は荒い。

 隠し玉としては仕込みが甘かったな。


 空中を飛んだ俺は着地点に狙いを定める。

 シュタッ。

 着地したのは


「よっしゃあ!」


 着地したと同時に尻尾の上を俺は駆け上がる。

 乗ったことを感知したのか尻尾が滅茶苦茶に暴れまわり、地面はえぐれ、生き乗っていた木々もなぎ倒される。

 しかし、容易い波だ。

 この程度で振り落とされるほどヤワではない。

 瞬く間に尻尾の根本まで辿り着くと再び跳躍を行う。

 そして。


「到着!」


 着地したのは並みの城壁など比較にすらならない堅牢な厚みが感じられる厄災の誇る鉄壁の鎧。

 甲羅の上に俺は立った。


「やっぱりあった」


 を目にして俺はほくそ笑む。


 異物ユートの突然の乱入。

 俺ですら目を見開くほどのバカげた威力の爆炎魔法。

 それをモロに喰らってしまってはいかに伝説の魔物といえど無傷とはいかなかったようだ。


「しっかりとヒビ割れてくれてるなぁ」


 あの爆炎より身を守った代償は大きかった。

 甲羅の上はあちこちに大きな亀裂が生じていた。

 正直、俺の雄叫龍王の咆哮びでもビクともしなかったものが、あの馬鹿ユートの攻撃でダメージが入るという事実に忸怩じくじたる思いはあるが、まあ、仕方がない。

 転がってきた幸運を存分に活かすとする。


 ビャオオオオォォォーーーー!!!!

 ズウゥ――――ン!!!


 さすがの要塞亀といえど甲羅に登られてしまうと打つ手がないのか脚や尻尾をバタつかせる程度の悪あがきしかできないでいた。


「攻撃し放題だ」


 おかげでたっぷりと溜めが作れる。


 スウッと息を吸う。

 血の巡りを身体の中心へと意識させる。

 たっぷりと血に熱を持たせる。

 イメージするは、全てを塵へと変える破壊の情景だ。

 まだだ。

 まだ、解放するな。

 血の熱を極限まで上げることを意識する。


 ビャアアアアアアアアアアアアアアアアアオオオオオオオオオオオオオォォォォーーーーーーー!!!!


 ひと際、激しい雄叫びが鳴り響く。

 喰らってはまずい攻撃が来ることを予期したのだ。


「おねんねの時間だ」


 溜めに溜め込んだ熱を一気に放出する。


 甲羅に衝撃が伝播する。


 ユートの攻撃により疲弊した装甲にこれを耐える余力はない。


 ビシッ、ビシシッ!


 瞬く間に亀裂は広がり、取り返しのつかないほど大きくなっていく。

 要塞亀が苦悶の咆哮をあげる。

 頭と尻尾を何度も地面に叩きつけて苦痛に耐えようとする。

 さりとて自らの誇りが崩れ去っていくことを止めることは敵わない。


 ビシビシッ! バキッ!


 そしてついに崩壊が始まる。


 甲羅の一部がやつの身体から剝がれ始めたのだ。

 それは留まることを知らない。


 バキバキッ!!


 少しづつ堅牢な鎧は剥がれ落ちていく。

 それにともなって生身の肉が剥き出しとなってあちらこちらから血しぶきが舞う。


 通常の亀の構造と同じく甲羅の下は内臓だ。

 

 トドメを喰らわすべく剣を振り被る。

 その直後だった。


 グワンッ!


 視界が大きく傾く。


「なっ!?」


 これには俺も面食らう。

 前方に視線を向ける。


「そんなんアリか!?」


 身体から徐々に重力が失われていくなか、その凶行に俺は目を剥く。


 要塞亀はその頭部を伸ばし、

 そして、その頭部を軸にして、鼻息の空気砲と尻尾を地面に叩きつけた反動で巨体を浮かせ、


「亀だろ、お前!?」


 亀にとって禁忌とも言える背中をつけるという凶行。

 身を投げ捨ててでも俺を殺すという決意の表れ。

 文字通り捨て身の策だ。


 どうする?

 避けれるか? いや、ダメだ。間に合わない。

 ならば雄叫龍王の咆哮びで押し返す? 無理だ。重量がありすぎる。


 だったら。


「上等だよ!」


 身体を捻り、迫りくる壁と化した甲羅に向き直る。


 捨て身で来るとは大した度胸だ。

 だったら正面から受けてたってやる。


「かかってこいよ!」


 破壊の権化が繰り出した最後の奇策。


 それが炸裂する。


 あちこちの大地が鳴動し、ひび割れる。

 遠くから魔物や人間の叫び声が聞こえる。

 たった一人の怪物を倒すために全身全霊をかけた命がけの一手だ。


 さすがに……


 ビャオ!?


 威嚇ではなく初めて困惑の唸り声をあげる要塞亀。

 それに対して。


「……?」


 強がりを言ってやる。


 足は地面にめり込んでしまっている。

 頭上で両手を交差させ、要塞亀の全体重を受け止めている状態だ。

 正直、滅茶苦茶にしんどい。

 骨は折れてはいないが少しでも力を抜けばたちどころにお陀仏になるのは間違いないだろう。


 ビャアァァ!!!????


 何故? どうして?

 要塞亀の叫び声は混乱の極みに達している。


回復薬ポーション……もらっといて正解だったな……」


 


 身体中のすべての血液の流れを加速させる。

 足のつま先から天辺まですべての力を総結集させる。


 ズズッ……。


 ビャオ!?


 要塞亀が信じられないという声をあげる。

 人類が畏怖し、要塞と名付けられるほどの誇りである巨躯。

 それが少しづつ

 自身の命を投げうってまでその命を奪おうとした砂粒ほどの存在にだ。


 そりゃあ、ビビり散らしてもらわないと張り合いがないってもんだ。


「軽すぎるぞ!! 鍛錬にもなりゃしねえ!!!」


 両手に全神経を注ぐ。

 持ち上げるのはたかが亀。

 たかが要塞。


 そうとも。『龍』にとっては軽すぎる。

 俺は。


「お・れ・は……銀龍だぁぁぁぁ!!!!!!!」


 ブワァァァン!


 その瞬間。

 俺の視線との視線が交差する。


「……自力じゃあ起き上がれねえのを助けてやったんだ、感謝しろよ?」


 要塞亀の身体が空中で反転する。

 それは奇しくも元の四つん這いの体勢へと戻って地面に着地する形となる。


 ズウゥ――――ン!!


 要塞亀の最後の策が不発に終わった瞬間でもあった。


 ボロッ、ボロバキッ!!


 なんとか着地に成功したものの、その衝撃が追い打ちとなり限界を迎えた甲羅は本格的な崩壊を始める。

 剥がれ落ち、零れ落ち、残骸となって地面に落ちていく破片。

 それにともない剥き出しにされる要塞亀の内臓。

 やつの命が無防備に曝け出されていく。


 跳躍する。

 剣を振り被る。


 要塞亀にもはや打つ手はない。

 体力も尽きたのか迎撃もこない。

 今ならばやつの命に手が届く。


「最後の覚悟は天晴だったよ!」


 じゃあな。


 曝け出された命に肉薄するその瞬間に。

 俺は剣を振り下ろした。


―――――――

 戦場を駆けまわっていた冒険者たちは直感的にそれが断末魔だと理解した。

 天高く木霊する咆哮。

 そこに悲哀に近いものを感じたからだ。

 徐々にか細くなっていく厄災の魔物の咆哮。

 まるで命の終わりが近づいていくことの証明のようだった。


 ズウゥ――――ン……!!!


 これまで幾度となく自分たちを脅かしてきた地鳴り。

 しかし、これまでとは違う。

 冒険者たちは目撃する。

 遠目からでも容易に分かる恐怖の象徴。その巨躯が力なく大地に沈み込んでいく光景を。


 一瞬、時が止まったかのように思えたその直後。


 ――――――!!!!!!!!!


 言語で表現できない、そんな咆哮が戦場に響き渡った。


「……龍?」


 一人の冒険者がポツリとつぶやいた。

 その姿を見た者はいない。しかし、それでも誰もが理由も説明できないながらも奇妙な確信を得る。

 もはや神話の世界に登場するような魔物、『龍』。


 その魔物はきっとこんな鳴き声で鳴くのだと。


 時に畏怖を覚えることもありながら、それでも人間に力を与えてくれるような力強く、そして、美しいものなのだと。


 そして彼ら、彼女らは確信する。


 厄災の魔物は倒された。


 鳴り響くこの咆哮は勝鬨かちどきを告げる咆哮なのだと。


 戦場が。

 人間が。


 震えた。



22話 12月26日 1200更新予定

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