第6話 銀龍、駆ける
「ん、あぁ……」
ギルド入り口前でさあ、行こうと踏み出す前に起き抜けの声が漏れ聞こえてきた。
女だったらなかなかに
「目ぇ、覚めたか?」
「んあ……って、お、お前? あっ、いや……ていか、あれ?」
意識を取り戻すやいなや食って掛かろうとするユート。
しかし、直に受けたあれを思い出したのかその勢いはすぐに
表情筋がよく働くものだが、まあ、それも無理もないか。
身体を縄でグルグル巻きにされたあげく、風魔法で浮かされた状態になっているのだ。しかも、縄の先端は俺が握っている。
目ん玉、丸くなっちまうってもんだ。
「端的に言う。これからお前が小鬼王と出くわした場所に向かう。道中の細かい道案内をしてもらう。あっ、縄からは抜け出すなよ? 抜けたら殺すから」
「えっ? はっ?」
状況がまるで飲み込めていないユートだが、悠長に説明してやる義理も時間もない。
「行くぞ、舌噛むなよ」
一応の注意喚起だけは残し、一歩目を駆けだした。
直後、雷鳴にも似た轟音が晴天のボルドの街に響き渡る。
心地よい浮遊感が身体を覆う。
小さくなった街並み、城壁の向こう側に広がる魔素の森が目の前に写り込む。
後ろから汚い叫び声が聞こえてきたような気がしたが特に気にするようなことではないだろう。
身体が落下していく。
その先に見えてきたのは数人の衛兵が守る城門だ。
10メートルほど手前で轟音を立てて着地する。
「シドか!?」
顔見知りの衛兵が俺の姿を見て叫ぶ。
「緊急だ! 通るぞ!」
「りょ、了解!」
衛兵に了解を取り一足飛びで門をくぐる。
城門を抜けると森を切り崩して整備された街道が広がる。
多くの血を流しながら魔素が溢れる魔物たちの楽園から人間が勝ち取った生存区域だ。
再び雷鳴を響かせ先人の拓いた血路を走り抜ける。
風は切り裂かれ、砂塵が舞う。
街道の側面に生い茂る木々を横目にしながらも警戒だけは怠らなかった。
今のところは魔物の気配は感じない。
しかし、妙な胸騒ぎがしてならない。
いつの間にか沈黙した
この気持ちの悪い感覚が
「頼むぞ、おい」
小鬼王の死骸よ、どうかまだそのままであってくれ。
か細い祈りを唱えながら俺は街道をひた走る。
城門を出てから10分ほど経った頃だった。
「ん?」
急ブレーキをかけて立ち止まり、眼前の光景を見渡す。
岩石となぎ倒されたであろう木々が転がり、整備が行き届いた街道を大きく傷つけていた。
そして、それが偶然にできたものではないことを証明するかのように地面にはくっきりと巨大な生物の足跡が複数刻まれていた。
「おい!」
白目を剥いて意識を飛ばしている
今日だけで一体何回気絶するつもりなんだ、こいつは。
「おいって!」
気は進まないが汗か涙か鼻水かとにかく気持ちの悪い汁に覆われた顔をペチペチと叩く。
粘り気が手に染み付いてしまう。
しかし、これでも起きやしない。
「起きろや!」
「げぼっ!?」
能天気にプカプカと浮かぶ腹に強めの膝蹴りをかましてやると間抜けはようやく意識を取り戻した。
「げっほ、ごっほ……こ、ここは?」
「手間かけさせやがって、ボケナスが」
一体何のためにお前なんかを連れてきたと思ってるんだ。
目が覚めたばかりのユートに俺は問いかける。
「お前が
黒髪を掴み、荒れ果てた光景を確認させる。
反論の余地を与えないために若干の圧も加えると黙ってコクコクとユートはうなずいた。
「死骸は?」
「も、森の中。街道歩いてたら、襲ってきて、か、風魔法でぶっ飛ばしたんだ」
街道の側面、森の荒れ具合は街道以上だった。
よほどの規模の魔法を放ったのだろう。
こいつ、いらなかったな……。
ここまで目立った痕跡が残っているのなら、わざわざ道案内のために連れてくる必要もなかった。
失敗したとは思いつつもここで放り出すわけにもいかない。
仕方ないと割り切った俺はユートを引っ張り、森の中へと足を踏み入れる。
目的のモノはすぐに見つかった。
しかし、あまり喜べない形でだ。
体長は5メートルほどだろう。ヘドロのような濃い緑色、腹の出っ張った醜悪な肉塊が地面に転がっていた。
肉塊には首がなかった。
ユートが持ってきた小鬼王の死骸で間違いないだろう。
死骸に近づく。
「クッセッ、ゴッホ、オエェ」
腐敗が始まった死骸の匂いにやられたのか、ユートが咳込み始める。
「は、離れて、無理、においムリ」
「うるせえよ。俺からすりゃあ、この程度、お前のションベンの匂いとどっこいどっこいだわ」
ユートの懇願を無視して死骸の状況を確認する。
「チッ」
望み薄ではあったもののささやかな願いが届かなかったことに舌打ちが漏れてしまう。
小鬼王の
「やっぱり、魔核が取られてやがる」
「オエェ、だ、だから、な、ゲホッ、何なんだよ、さっきから、ガァ、ま、魔核って。それが、ない、からって、どうし、たって、言うんだよ」
えづきながらも尋ねてくる珍妙な生き物がひどく哀れに見えてきた。
「お前、本当に分かってないんだな……」
「だから……何を」
恐らく嘘ではない。
ションベン漏らされた手前張ってる虚勢も弱弱しい。しかも、目の奥にも怯えが見て取れる。
現状が何も分からない。無知故の恐怖だ。
こいつ、本当に一体全体どうやって今まで生きてきたんだ?
この世界で生きていく上で必須の知識がこの男からは抜け落ちてしまっているのだ。
記憶喪失……案外、全部が全部、嘘ってわけでもないのか?
「……魔核っていうのは魔物の体内にある魔素の塊のことだ」
怯えた子犬みたいな目がいい加減、鬱陶しくなってきたので、周囲の警戒をしながらも説明をしてやる。
「それは魔物の闘うための武器や魔具に転用される」
「ゲッホ……そ、素材って、ことか?」
「あぁ。人間にとっては迷惑極まりない天敵だが、恩恵もそれなりにあるってことだ。強力な魔物の魔核ならそこからできる武器も強力だし、エネルギーも膨大だ。ここまでなら人間側にとっちゃあ悪い話じゃない。だがな、魔核の恩恵を受けるのは何も人間だけじゃないんだよ」
「それって、どういう……」
ドオォォォン!!
轟音が鳴り響く。
近い。
「ここで待ってろ! 縄抜けたら首すっとばす!」
「はぁ!? ちょっと!」
恐らく戦闘になる。
なので余計な荷物はここに置いておく。
「シッ」
森の中を駆け抜ける。
その中で人間と魔物が入り乱れた気配も感じ取る。
「死ぬなよ」
木々を潜り抜けて辿り着いた現場は案の定、人と魔物の戦場となっていた。
状況を即座に把握する。
人間は8人。恰好からして冒険者だ。
恐らくギルドからの情報にあったパーティーたちだ。
彼らは魔物に囲まれていた。
魔物は見える範囲には、
倒されている個体も複数だがそれでも数が多い。
冒険者たちは3人が前衛で剣を振るい、後方では1人は魔法で支援を、もう1人はうずくまって動けないでいる3人組を守る形で剣を構えている。
3人組はケガをしている。
パーティーたちは連携の取れた動きで小鬼の軍勢をいなしていた。そうでなければとっくに全滅していたことだろう。
しかし、足手まといを守りながらではそれも限界が近い。
「クソッ! 何なんだ、この小鬼ども!」
「どいつもこいつも異様に強いぞ!? 身体も頑丈になってる!」
「多すぎる! 何とかして突破口は開けないのか?」
「ダメ! 私の魔法じゃあ、火力不足だわ!」
悲鳴にも似た声が戦場に響く。
彼らの限界を悟ったのか、後ろに控えていた小鬼将軍が指揮を執る。
すると小鬼たちが一塊となり突撃の態勢を取る。
一気に終わらせるつもりだ。
「死ね」
自分たちが人間を狩る側だとおごり高ぶっている魔物ども。
今一度、自らの分を弁えさせるために俺はそれを放つ。
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