第11話 銀龍、踏みとどまる

 イザベラはひとしきり暴れた後、頭を冷やすと言ってお付きを連れてどこかに行った。


「まえが……みえねえ」

「節穴すぎて元から何も見えちゃあいなかっただろうが」


 ピクピクと大の字に倒れたユートは虫の息だった。

 イザベラの見事な飛び膝蹴りを喰らったのだから当然だろう。

 むしろ命があっただけ儲けものといったところだ。


 当然と言えば当然だが、あわや農場に甚大な被害を与えかけたため、イザベラの怒りはユートをのした程度では収まることはなかった。

 具体的には額に血管を浮かべて。


「いはい……」

「なんれ、おれはひまで……」

「……なんだな……」


 八つ当たりで『鬼神の斧』の三馬鹿の顔を原型が分からなくなるまで殴り倒すほどにはブチ切れていらしゃった。


「お前らは自業自得だろうが」


 こいつらがしょうもない理由でここに来なければこんなことにはならなかったのだ。

 ……というか、そもそもな話、きっかけもこいつらだった。

 こいつらがユートにダル絡みなんてしなければこんな事態に巻き込まれることもなかった。

 うん。そう考えるとだんだん腹が立ってきた。


「なあ、俺からも一発ぶん殴っていいか?」

「「「なんで?」」」


 その問いには答えず、俺は一人づつ脳天に一撃を加えた。


       ◇


 未遂に終わったとはいえ、騒動を起こしかけたのだからクビも覚悟していたが、紹介した俺の顔を立ててくれたのかそれは免れることとなった。

 しかし、当然といえば当然だが、別の仕事を割り振られることとなった。 

 まあ、あのへっぴり腰と非力具合じゃあ、何日かかっても指示された範囲は終わらなかっただろうし、妥当な処置だろう。

 代わりに振られた仕事はと言うと。


「壊れた農具を鍛冶師に届けろって、ガキの使いかよ……」

「まあ、畑を耕すよりは役に立てそうだからいいんじゃねえか?」

「よかねえよ!」


 壊れた農具を鍛冶師に持っていくために俺たちは街を歩いていた。

 柄が壊れた鋤だったり、切れ味の悪くなった鎌などが農場の納屋には山のように積まれていた。

 修理に出そうにも人手も足りなかったので後回しになっていたらしく、ちょうどいいタイミングだったのだろう。

 おまけにユートは収納魔法を持っていた。

 荷車を用意する必要もなく最低限の手間で済むのでまさに渡りに船だったのだ。


「うるせえな、黙って運べよ荷車。」

「誰が荷車じゃ!」


 今のお前の価値なんてガチでその程度しかないだろうが。


「つーかさ。鍛冶屋ってまだかかるの? 遠くね? 結構、歩いてるし。だいたい修理する農具の量多いけどこんな量、こなせんの?」


 ダラダラと後ろをついて来ているだけのくせに不平不満をよく垂れる荷車だ。


「もう少しだ。知り合いの鍛冶師だが、腕もいいし、仕事も早い。ちょっと変わり者ではあるが……」

「ちょっと待て」


 聞いてきたから答えてやったというのに荷車ユートは俺の話を途中で遮った。


「何だよ?」

「分かってる……。もうこの展開は読めてんだよ……。その鍛冶師って、女だろ?」

「ああ。よく分かったな?」

「若いか?」

「俺より4つほど上くらいだったか」

「美人か?」

「ちゃんとしてりゃあ、貴族の令嬢にも負けねえだろうな」

「ムチムチバルンバルンか?」

「それ聞いてどうすんだ、お前?」


 まあ、その通りではあるが。


「ふざけんな、テメェ!!」


 ユートが叫ぶ。

 街を行き交う人々が足を止め、珍妙な生物の奇行を遠目で見つめる。


「やっぱりか! ああ、分かってんだよ、分かってたよ、もう! 何なんだ、お前は! ギルドマスターのお姉さんといい、さっきの貴族のお姉さんといい、バグった距離感でいかにも親密でただならぬ関係を匂わせやがって! どうせ今から行く鍛冶師もムフフな関係なんだろ? 分かってんだよ、このパターン!」

「うるせえよ! 街中で叫ぶな、荷車!」

「荷車言うな!」


騒ぎを聞きつけた住人たちの輪が出来上がり始める。


「あれ、銀龍さんだよな? 一緒にいるのは?」

「あの真っ黒の方って、あれじゃねえか? ほら、最近噂になってる」

「ああ、【魔核忘れ】」

「えっ、そういうあだ名? 俺、【黒簀巻くろすまき】って聞いたぞ? ほらグルグル巻きにされてシドに引っ張られてたじゃん?」

「馬鹿、それを言うなら【銀龍口説き】が有名だろ? ある意味伝説だぜ? ギルドの真ん前でS級を口説いたんだからよ」

「でも、そんなヤツが何でシドと?」

「ひょっとしてデート?」

「じゃあ、これ痴話げんか?」


 騒ぎの中心になっている人物を認識した途端、口々に街に出回っている噂の中身が耳に届き始める。

 後半の部分は聞かなかったことにする。


「有名人だな」

「嬉しくねえよ! 全部、汚名じゃねえか!」

「知らねえよ」


 だから、お前の今までの行いのどこに勇名を轟かす要素があった?

 謎の自己評価の高さに首を傾げつつ、一先ずはこの人だかりを何とかすることにする。


「みんな、すまん。騒がしたな」


 もう大丈夫だ、と解散を促すと一人また一人と輪が崩れ始める。


「シドさん、またね~」

「また店によってくれよ」

「なにやってるか知らないけど、頑張ってね~」


 去り際に残されていく言葉に手を振って答えていると、その光景をユートは不思議そうに見つめていた。


「何だよ?」

「いや……なんか、慕われてるなぁって……」

「はぁ?」


 ユートの言葉に首を傾げながらもとりあえずは歩を進める。

 後に続きながらもユートは言葉を続ける。


「なんか、S級とか強いやつってさ、一般人とはすごく距離あるもんだと思ってた」

「えらい偏見だな……。もっと怖がられてるもんだと思ったわけか?」

「……うん」

「まあ、他人と距離とるやつもいるけど、俺はなるべく関わるようにはしてるかな」

「なんで?」

「さみしいから」

「はぁ?」


 俺の言葉に今度はユートが首を傾げ始める。


「強いやつは敬遠されがちっていうのは分かる。得体が知れないからな。でも、だからって孤独にならなきゃいけないっていう法律があるわけでもないだろ? 強いからって一人になれなんて、俺はごめんだ」

「……嘘くせぇ」


 失礼な。


「雑魚やモブにチヤホヤされてなにが嬉しいんだか」

「汚名まみれの珍獣扱いよりはマシだろ」

「うっ……好きでこんな扱い受けてるわけじゃあ」

「全部身から出したクソだもんな」

「……ああ、もう! どうすりゃあ、このクソみたいな状況抜け出せるんだ? どうしろってんだ?」

「実績あげろ」


 頭を掻きむしり始めたユートに端的に言い放つ。


「勇名だろうと汚名だろうと、人間の評価はどこまで行っても積み上げてきたもので判断される。人は実績を通して人を見る。お前がド底辺から抜け出したいっていうのならそれを覆す実績を残せばいい」


 まあ、それがなかなかに難しいのだけれど、それは口にしないでやる。

 実績とは人の人生を表すものだ。

 だけど、これがやっかいなのは功績に大きさによって後の評価が左右されることにあるだろう。

 愚行だらけの人生であろうとたった一回の偉業でたたえられる者もいればその逆もしかりだ。

 どんなに多くの偉業、功績を残そうともただ一度の愚行で後世から愚か者のそしりを受けてしまう。

 自業自得なものであるなら、まだいい。


 しかし、悲惨なのはそれにが関わってしまっていたとしたら。


 どんなに抗ったとしても挽回することは難しい。


「実績……そうだよ……やっぱり必要なのは」


 俺が考え事に集中していた間、ユートは視線を下げてブツブツと何かをつぶやいていた。

 どうやら俺の言葉が何やら琴線に触れたらしい。


「あのさぁ」


 顔を上げたユートが言葉を紡ぐ。

 

「やっぱり、こんなチマチマした仕事じゃなくて、魔物の討伐をさせてくれよ。実績さえあればさっきの汚名だってかき消せる。ドデカい魔物なんて一発で倒してやるよ。そうすりゃあ、あんたへの借金だって一括返済だ。それでWINWINだろ?」


 何をしゃべるかと思いきや案の定だ。調子に乗ったように瞳を輝かせてふざけたことをおほざきになるユート。

 答えはもちろん否だ。

 なので一蹴する一言を喰らわしてやることにする。


「……魔物のさばき一つできないくせにか?」

「うっ……」

―――――――――――――――――――――――――――

 小鬼王ゴブリンキングの事件では、『昇りし剣』を救うため、大量の小鬼ゴブリンの死骸が生まれることとなった。

 俺は馬鹿ユートではないので、当然、魔核を忘れるなんてことはしないのだが如何せん数が多かった。

 当初はユートに手伝わせようと思っていたが、この男。


『ムリムリムリムリ!!!!! キモイキモイキモイ!!!!』


 捌くための刃物一つ所持していなかっただけでなく、全力で拒否をしてきたのだ。

 めた発言を無視して、俺の自前のナイフを持たせて無理くり捌かせようと試みたが小鬼にナイフを入れる前に吐いた。

 なので大量の小鬼及び小鬼将軍ゴブリンジェネラルの魔核は全て俺が剥ぎ取るはめになったのだ。

――――――――――――――――――――――――――


「せめて小鬼1匹まともに捌いてから妄言は吐け」

「……それは」


 徹頭徹尾、役に立たなかった男に俺は論外だと伝える。


「……俺が魔物を倒して、あんたが捌くっていうのは……」

「殺すぞ」

「何で!? 俺の魔法だったらどんな魔物でも一発だぞ!? それこそ……」


 それは。

 これまでと変わらぬ考えなしの一言だったのだと思う。

 きっと思いついて咄嗟に出た言葉だっただろう。

 

 しかし、俺は足を止める。止めてしまう。


 その瞬間……


 俺のそばを横切った人々がしきりに身震いを起こす。

 まるで

 彼ら、彼女らにその理由は分からない。

 ある者は気のせいだと決めつけ、ある者は風邪かと勘違いをしていることだろう。

 それがが故に起こったことだと気づけた者はいないかった。

 

 落ち着け。

 俺は自分に言い聞かせる。

 こいつは無知なだけ。何も知らないだけ。

 ここではさすがに違う。


 ユートの顔からは大量の冷や汗が流れ出ていた。

 なまじ俺の殺気龍王の威の威力を知っている分、気配には敏感になっていたのだろう。

 ギリギリで踏みとどまれてよかった。

 こんな街中でやっていたら大事になっていたところだ。


「……悪いな。個人的にドラゴンには思うところがあってな。ただ、これだけは言っておく……竜だけは舐めるな」


 長生きしたけりゃ忘れるな、と語り掛ければユートは壊れたように首を縦に振った。


「分かりゃあいい。行くぞ」


 再び俺は足を進める。

 ユートも今度こそ黙ってその後に続く。


 身震いした人々も当初こそ自身の変化に首を傾げたが、しばらく経つと悪寒のことなど記憶からすっかり忘れ去られていた。



12話 11月21日 1200更新予定

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