第12話 銀龍、逃さない

「へえ~、これが収納魔法。初めて見たね」


 次から次へと農具が空間の裂け目から取り出される光景を緑色の瞳を輝かせながら彼女は見つめていた。

 イロモノとしての噂が広まっているユートではあるが、純粋にやつの繰り出す魔法に彼女は釘付けだった。


 美しい女性だ。

 しっかり着飾ればそんじょそこらの貴族令嬢や高級娼婦なんかでは相手にもならないだろう。

 一見すれば怜悧な印象を与える顔つきだが好奇心旺盛に顔をほころばせている様が妙なギャップを生み出し、彼女の魅力を引き立てている。

 しかし、それ以上に気になってくるのが。

 彼女の恰好である。

 茶色の長髪を根本で縛り、剥き出しの汗ばんだうなじがやたら視線を誘導してくる。

 長身で細身でありながら、胸や尻といった女性を代表する部位にはやたらと肉がついて煽情的だ。

 メアリーやイザベラも見事なスタイルをしているのだが、彼女はその二人を超えてご立派なものを持っている。

 あと着ている服がやたらと危ない。

 豊満な胸を覆うタンクトップはパツパツで、かえってその巨乳を強調しているようにしか見えない。

 くびれた腰やへそは丸出しの状態。

 デカいケツは同じくパツパツの短パンに辛うじて収まって、剥き出しの太ももは男の情欲を一身に集めることだろう。

 工房内は炉に火がくべられているため非常に熱い。

 そのため薄着になっているのは分かる。

 しかし、あえて言おう。

 誘ってんのか? 犯されるぞ? というか俺が襲うぞ? と。


「ビスカ……何度も言ってるけど、着るものもうちょっと何とかならんか?」


 男の獣欲舐めんなお前、と遠回しに伝えてみるが空間の裂け目に夢中で聞こえていない。

 ビスカ・ファムウ。

 若くして独立して工房を構え、冒険者の街ボルドを支える数多の鍛冶師の中でも一目置かれる有望株である。


「ねえ、収納空間の中って一体どんな感触なの? ていうか感触あるの? 私も手とか入れれる? 随分、農具多いけど、容量はどのくらいなの?」


 空間の裂け目に熱視線を向けながら矢継ぎ早にユートを質問攻めにするビスカ。距離をつめすぎて豊満な胸がユートに密着してしまっている。


「えっと、それは……えっと」


 質問攻めにあっているユートはと言うと、まともに目を合わせることもできずにタジタジになっている。

 あと……。


「お前、何で腰引いてんだ?」


 不自然に腰を引いた状態で作業するその姿勢に俺は口を挟まずにはいられなかった。


「いや……そ、それは」

「もしかして……タったか?」

「た、タってねえよ! 何、言ってんだよ?」


 こいつ……粗末なもんおっタてたな……。

 まあ、無自覚で無防備な猥褻物ビスカに距離をつめられている状態だ。それも仕方のないことだろうが。

 それにしてもだ。


「ここまでの道中、身体カチコチにしてたクセに、今はアッチがカチコチか。お盛んだな。あれか? 命の危機のあとに来る生存本能的なやつか?」


 偶発的とはいえ、キレかけてしまったことは反省しなければならないが悪い事ばかりでもなかった。

 押し黙った荷車ユートは荷車としての役割に徹していた。

 おかげで工房までの道中は煩わしい思いをすることもなく非常に快適に過ごすことができたのだ。


「だから、ちげえって! ああ、もう、お、お姉さん、ちょ、ちょっと離れて!」


 真っ赤な顔でビスカから離れようとしている時点ですでに白状しているも同然なのだが。


「ええ~。いいじゃん、もっと近くでちゃんと見せてよ」


 唇を尖らせてユートの懇願をビスカは却下する。

 他意はないのだろうが、言い方が何だか卑猥だ。


「……離れてやれよ。いい加減、犯されるぞ?」


 助けを求める視線が鬱陶しいので仕方なく助け船を出してやる。

 しかし、ビスカはどこ吹く風だ。


「平気平気。この子、童貞でしょ? そんな度胸ないでしょ?」

「ど、ど、ど、童貞、ちゃうわ!」


 まあ、対応で丸わかりだったがやはり童貞か、こいつ。

 しかし童貞相手とはいえ、この無防備はいただけない。


「そうじゃなくて男に無暗やたらに身体くっつけるなって言ってんだよ。飢えた冒険者に関係迫られたことだった1回や2回じゃねえだろ?」

「うーん。週に3,4回くらいは俺の女になれとか今晩抱いてやるとか言ってくる人はいるね」


 多すぎるわ。


「でも、大抵は「私、銀龍の女だよ」って言ったら血の気が引いた顔で帰ってくれるよ?」

「何、人の名前勝手に使ってんの?」

「でも、本当に襲われそうになったらシドは助けてくれるんでしょ?」

「まあ、そりゃあな」


 さらっと人の名前を虫よけに使っておいて悪びれもしないビスカ。

 俺が守ることを微塵みじんも疑っていないまなこで言い切られてしまっては毒気も抜かれてしまうというものだ。


「あのぉ、そのいかにも特別な関係っていう雰囲気漂わせるのやめてくんない?」


 胸やけした表情を浮かべながらユートが割って入ってくる。いつの間にか姿勢も直立になっていた。


「なんだ、アッチの方は収まったのか?」

「こんなイチャコラ見せられたら、誰でもしおれるわ……」


 やっぱりおっタててたじゃねえか。


「別に大袈裟に腰引かせる必要もなかっただろ。どうせ、タってる時も萎れている時と大差ねえだろうに」

「あんたが俺のムスコの何を知ってると? 自分がご立派なものをお持ちだからって、マウント取らないでくれる!? というか、お姉さんホント離れて!」


 額に青筋を浮かべたユートは無理くりビスカを押しのける。


「はい! これで全部! これで終わり!」


 ヤケクソ気味にそう叫び、ユートは預かった手早く農具を工房内に積み重ね、空間の裂け目を消す。


「あぁ。もっと見せてよ~。ケチ」


 不服そうにそうつぶやきつつもビスカは依頼の品の状態を確認し始める。


「まあ、溜め込んだねえ。こまめにメンテナンスに持ってこいとは言ってるのに」

「いけるか?」

「問題ないでしょ。三日くらいもらえば使えるようにしておくよ」


 大量の農具を前に何でもないように言ってのけるが、物を再び使えるようにするというのは口で言うほど簡単なことではないということは素人の俺でも分かる。


「そんなに早くていいのか? 他にも依頼はあるんだろ?」

「平気平気。納期にまだ余裕のあるのばかりだし」


『嫉妬深い鍛冶の女神の愛娘』と職人気質の頭の固いボルドの職人たちが口をそろえてそう評するほどの逸材。

 それがビスカだ。


「三日後の昼過ぎまでには仕上げてあげる」

「頼もしいな」

「君の頼みだからね」


 特別だよ、とウィンクを送るビスカ。

 女神の愛娘にこうも優遇されてしまうと、俺が女神に嫉妬されてしまいそうで怖いが。


「ケッ」


 ……若干一名からすでに妬みの感情を向けられているがそれは無視することにする。


       ◇


「あっ、そうだ」


 配達の依頼を終えたのでそろそろお暇しようと思っていたところでビスカが思い出したように両手をポンとたたく。


「せっかく来てくれたんだから、ちょっと見てほしいのがあるんだよね。ちょっと待ってて」


 無邪気な子供のように顔を綻ばせながらビスカは工房の奥へと姿を消す。

 俺はその姿ににわかに嫌な予感を覚えた。

 しばらくすると、お待たせ、と言って大きめの木箱を軽々と担いだビスカが戻ってきた。


「そりゃあ、ひょっとしてか?」

「そうそう。知り合いの行商人に頼んで仕入れてもらったんだ」


 ドスンと重量感のある音を響かせて木箱が置かれる。

 蓋を開けるやいなや、子供がおもちゃ箱を漁るようにビスカは中を物色し始める。


「一体、何?」

「見てりゃあ、分かる」


 ユートが不思議そうに尋ねてくるが適当にあしらい、ビスカの動向を観察する。


「まず手始めにご紹介するのはこちらの一品~」


 最初に箱から取り出されたのは漆黒の鎧だった。

 傷一つついてないそれは光を反射し、宝石のような光沢を放っていた。


「おぉ、かっけえ」


 ユートがアホっぽい感嘆の声をあげる。

 こいつと同じ気持ちというのもしゃくだが確かに男心をくすぐるデザインではある。


「こちらは『猛将ダズンの黒鎧こくがい』。着込んだものに絶大な力を与えて、弓をいれば一矢で何十人もの敵兵を貫き、剣を振るえば大地を裂く斬撃を生み出すという優れものだよ」

「めちゃくちゃレアアイテムじゃん!?」


 食い入るように見つめるユート。

 確かにここまでならここにあるのが不思議なほどの国宝級の一品だな。


「でも、恩恵の他にすこ~しだけデメリットがあるんだよね」

「「デメリット?」」

「うん。一度装着するともう脱げなくなっちゃうし、理性を奪われて敵味方関係なく皆殺しにするまで暴走しちゃうの」

「「呪いの装備じゃねえか」」

「おまけに戦闘が終われば使用者も死ぬから一回こっきりしか使えない。でも、それに目をつむればすごく優秀な魔具だよ?」

「「つむってたまるか」」


 デメリットがメリットを相殺するどころの話じゃない。

 危険物として即廃棄の品物だ。


「え~、不評? じゃあ、これは? 『くさらずのつるぎ』」


 次にビスカが取り出したのは、先ほどとは真逆の白く光る片手剣だった。

 一目で名剣と分かる出来映えだ。


「数多の戦場を渡り歩き、数多の敵を斬り伏せてなお、刃こぼれ一つせず無限の切れ味を誇った名剣。名のある剣豪や勇将がこぞって求めた文句なしの一品だよ。ただし、剣が錆びたり刃こぼれしない代わりに使うたびに使用者の身体の方が腐っていくんだけど」

「「だから呪いの装備だろ!」」


 つーか、そんな物騒なものを手に持つな。不用意に触るな。

 慌ててビスカから剣を取り上げて箱の中に戻す。


「なあ、このお姉さんなんなの? 危ない人?」


 指をさしながら尋ねてくるユート。

 お前にだけは言われたくないとは思いながらも、そう指摘されても何も言い返せない彼女ビスカの奇行。


「……この人は自作の剣や魔具を作成するための研究として各地から色んな魔具を集めてるんだ。……


 この工房の倉庫にはビスカが集めた大陸中の魔具が保管されている。

 しかし、そのほとんどが使用者にとんでもない厄災をもたらす呪いの品だ。

 『鍛冶の女神の愛娘』の他に彼女にはあだ名がある。


 『呪い集め』だ。


「……」


 ドン引きという表情になるユート。

 心なしかビスカから距離を取ろうとする。


「失礼だね。私はそんな危ない女じゃないよ」


 だが、当のビスカは心外といった様子で口を開く。


「シドには何回も言ってるでしょ? 私はね、よりよい武器、よりよい魔具を作りたいの。その過程で呪いの武器は最適な研究材料になってくれるの」


 そう言いながら彼女は木箱にある品々をうっとりとした目で見つめる。


はそのデメリットに目をつむれば、通常の魔具とは一線をきす性能を誇る。私は知りたい。どうすればそこまでの効能を生み出せるのか。私は見つけたい。呪いを除いたその効能の生み出し方を。そうすれば」


 徐々に顔が赤く染まっていく。

 声に熱が籠り、身体を妖艶にくねらせるビスカ。


「そうすれば! 人類は強力な力を手に入れ! 今度は魔物を蹂躙する立場となる! ひれ伏せ! おののけ! 私が研究を終えた暁には、そこから人類の逆襲が始まる!」


 両手を広げ、恍惚こうこつな表情のビスカとは裏腹に俺たちの表情は真顔となる。


「……この人、こわい……」

「……考え方事態はまともなんだよな……」


 思いは誰が為にを思った純粋なものだが、正直、この人、呪いの品に呪われてるんじゃないかと思うことはある。

 冷めていく一方の俺たちの心を置き去りに興奮冷めやらぬビスカは言葉を続ける。


「ああ、そうだ! せっかくだから君たちに頼みたいことがある!」

「……断るという選択肢は?」


 何やらロクでもない頼みの匂いがプンプンする。


「ない!」

「満面の笑みで言わないでくれる?」

「大丈夫大丈夫! ただ呪いの品を参考に作った魔具のテストを手伝ってほしいだけだから!」

「……安全性は?」

「大丈夫大丈夫!」

「答えになってねえよ」


 何とか断ろうとするがビスカは食い下がる。


「お願い! 謝礼も払うから」

「……いくらくらい?」


 金、というワードを聞いてしまい思わず額を尋ねてしまう。

 ビスカが示した金額はなかなかの額だった。

 さすがは売れっ子鍛冶師といった太っ腹具合だ。

 

「やる……こいつが」


 即決した俺は横で突っ立ていた債務者ユートを指さす。


「はあぁぁぁぁぁーーーーー!?」


 借金回収のチャンスは逃すつもりはない。




13話 11月25日 1200更新予定

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