第13話 銀龍、見上げる

「無理無理ムリムリむりむり!!」


 あまり哀れではない実験体ユートが懇願の声をあげるが悲しいかなここに聞き入れてくれる者はいない。

 ビスカの工房裏の広場に柱を打ち付けて、そこにユートは縄でグルグルに縛り上げられていた。

 もちろん逃げたら殺すとキツく厳命している。


 ビスカからの依頼は了承したが、魔具の最終チェックを行いたいということでテストは翌日に持ち越された。

 案の定、やってられるか、と言ってユートは逃亡を図ろうとした。

 しかし、そこは手刀一発で大人しくさせ、やつが泊っている安宿に放り込んだ後、朝一番で回収して工房まで持ってきて、今この状態に至っている。


「黙れ。無理って言うのは嘘つきの言葉だ」

「どこのブラック企業!?」

「ぶらっ? まあ、いいや。せっかくの返済のチャンスなんだ。しっかりモノにしてこい」

「人体実験だよね? 今からやるのって人体実験だよね!? 人の命をなんだと思ってんだ? そんなに金が大事か?」

「当たり前だ!」

「即答!? あんたS級だろ? ずっと思ってたけど俺の借金なんてはした金だろ?みみっちいだろ?」


 なんだぁ、てめえ。


「バカが! 銅貨1枚を笑うやつはな、銅貨1枚に泣くんだよ! 覚えとけ、金はな命より重い!」

「どっかで聞いたことある!?」


 ユートが逃げないように監視がてら、アホみたいなやり取りをしている横でビスカは嬉々として作業を続けていた。


「お、お姉さん? お姉さん!? 一体、何してんの?」

「大丈夫、大丈夫。お姉さんを信じて」

「お願い! 会話をして! 何をやってるいるのかを教えて!?」


 半泣きの質問を笑顔で受け流しながらビスカはユートの身体に鉄でできた羽のようなものを取りつける。


「鉄の羽?」

「そう。大昔に大陸に覇を唱えた神聖グラビオス帝国の幻の空軍『天翔部隊』の飛行用装備、通称『グラビオスの大翼たいよく』。その速度性能は空の住人である飛竜ワイバーン鷲獅子グリフォンをも凌駕りょうがし、大陸の空を恐怖で支配したと伝えられている。これはそれを元に一から作った私の自信作だよ」


 うっとりと語りながら、愛しい我が子を愛でるようにビスカは羽を撫でる。


「で?」

「ん?」

「その、グラなんとかも、何かしら曰くがあるんだろ?」


 分かってんだよ。もうその展開は。


「失礼な。これに関しては呪い魔具の類じゃなくて純粋な技術の結晶だよ。まあ、記録上では、あまりにもスピードがですぎて飛行中に装着者たちの身体がことごとくグシャグシャになったとはあるけれど。スピード調整機能もなかったみたいだし」

「「ただの欠陥品じゃねえか」」

 

 俺とユートの声と気持ちが重なってしまう。

 安全性が確立されてないものを実用するんじゃねえよ、過去の帝国。


「そんなもん操作不可能だろうが? どうやって戦ったんだよ?」

「あぁ、それだったらこれだね」


 ビスカがポケットから手の平サイズの水晶を取り出した。


「『グラビオスの大翼』は部隊を指揮する将軍が魔水晶で遠隔で自在に操作していたの。当初の構想としては羽を装着した兵士を操作して飛ばして、兵士が空中から武器を使って敵に攻撃するっていうのだったんだけど、さっき言ったみたいに機能があれでしょ? だから爆破用の魔具を装着者にくくりつけて飛ばして敵部隊や城壁にぶつけるっていう方法に変更されたみたい」

「「人間の兵士、使う意味は?」」

「一応、効果はあったらしくて、敵味方問わず阿鼻叫喚になったそうだよ?」

「「恐怖で支配ってそういうこと?」」


 生身の人間がおもちゃみたいに扱われて、超スピードで敵に突っ込まされて、あまつさえ爆散する。

 ……そりゃあ、敵も味方も関係なく泣き叫ぶわ。


「まあ、あまりにも非人道的すぎるってことで国内からは当然、反発の嵐。最終的に指揮していた空軍の将軍は反乱を起こした部下に無理矢理『グラビオスの大翼』をつけられてグチャグチャに処刑されちゃったんだけどねぇ」


 自業自得すぎて、逆になんのひなりもない最期だな。


「ついでに言っておくと当時の帝国は政情不安で大分危うい状態だったのが、これがきっかけで一気に世の中の流れが打倒帝政に傾いて帝国崩壊につながったそうだよ。なかなかに罪な子だよね~」

「「国、滅ぼしてんじゃん」」


 傾国のきっかけになった実績を持つ装備とかもうほぼ呪いの装備だろ、これ。


「でも、大丈夫! 私が開発したこの『新・グラビオスの大翼』は飛行性能をそのままに人間がギリギリ死なないまでには調整されているから!」

「安全性は確立して! ギリギリを見極めるのそこじゃない!」


 ごもっともな抗議をユートはあげるがビスカはどこ吹く風だ。


「大丈夫、大丈夫。死にはしないから……計算上は」

「おい、今サラッと何て言った? まさか、これ動かすのも今が初めてか? まさかダミーとか使った実験とかもまともやってねえのか?」

「大丈夫、大丈夫」

「この人、頭、おかしいよ!!」


 会話が成立しないと判断したのか、ユートは俺の方に助けを求める。


「なあ、あんた。お願い、このお姉さん止めて。ほら、あんた俺のこと監視しなきゃいけないんだろ? 借金もあるし、まずいじゃん? 俺がここで死んだら大変じゃん? 止めた方がいいと思うなぁ?」


 若干の上目づかいを浮かべながらの命乞いは哀れみさえ感じさせる。

 他人のことを雑魚だのなんだの言っていたくせにだ。


「まあ……開発者が大丈夫って言ってんだから、大丈夫なんじゃねえか。多分、恐らく、よっぽどのことがない限りは」

「適当こくな、おい!? 本当に大丈夫だと言うなら俺の目を見ろ? 真摯に、誠実に言葉を尽くして安心させろ! じゃないとマジでバックレるぞ? 全力で抵抗するぞ!」

「あっ? 殺すぞ?」


 舐めたことを口にしたので剣の柄に手を置く。

 実験体ユートは立場を弁えてここでようやく少しだけ大人しくなる。


「大体、そんな喚かなくてもお前、魔導士だろ? そのバカみたいな魔力量だったら空中でなんかあっても浮遊魔法くらい使えるだろ?」

「……あっ」

「ポンコツか!?」


 バカにつける薬が欲しい。割と切実に。

 知り合いの錬金術師とか作り方知らないだろうか?


「準備はいいみたいだね? 君たち」

「今のやりとりのどこにそんな要素が?」


 若干の現実逃避の最中に準備が終わったビスカが話しかけてくる。

 生贄ユートの抗議はもちろん無視だ。

 鉄の羽はユートの身体にガッチリと固定されており、コウモリの羽ばたきのごとく小刻みに震えている。

 後はユートの身体を拘束している縄を解いてしまえばいつでも飛び立つことができるという状態だった。

  ビスカは水晶に手に構えながら、俺に言う。


「じゃあ、シド。悪いけど、縄解いて。そしたら飛ばすから」

「ん、了解」

「待って! まって! マッテ!? 俺、飛べると思うけど待って! 心の準備が」


 この期に及んでまだ往生際の悪いユート。


「分かった分かった。ホントに死にそうだったら助けてやるから」

「適当な感じで言うな! 言うなら俺の目を見て約束しろ! 誠心誠意言葉をつくせ! 必ず助けてやるってえええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!??????」


 ユート程度では視認できない速度で剣を抜き、縄をぶった切る。

 その瞬間、ユートの身体が瞬く間に空へと飛び立った。


「ホントに早えな」

「これでも大分遅めだよ。文献のスピードはこんなもんじゃない」

「そらぁ、耐え切れずに人体がグチャグチャになるくらいだしな」


 空に飛びたったユートはすでに点に見えるほど小さくなっていた。

 ビスカ的にはどうやら不服らしいが。


「まあ、ここまでは問題なさそうだし、良しとしよう」


 そうつぶやくとビスカは右手に持っていた水晶に左手を添わせ、操作らしき動作を行う。

 すると空に浮かんでいたユートに動きが出た。


 右に旋回したかと思えば左に旋回。

 急下降して、また急上昇。

 あのスピードで実に多彩な動きを見せる。

 飛竜でもこうはいかないだろう。


「おぉ! 順調、順調!」


 興奮した面持ちでビスカが叫ぶ。


「……なるほどなぁ」


 こうして実際に見てみると過去の帝国も着眼点自体は悪くはなかったのだということが分かる。

 戦争において制空権を取ることは勝利条件に非常に大きく関わってくる。

 故に現代の国々も空軍の編成には非常に力を入れている。

 飛竜を育てて部隊を編成する国もあれば、空を飛べる魔導士を育て上げ魔導士の飛行隊を作り上げた国もある。

 しかし、そのどれもが使い物になるまでには、やはり時間とコストが膨大にかかってくる。

 致命的な欠陥があれど、『グラビオスの大翼』は大した訓練を必要とせず、魔具一つで飛行部隊を自在に操作することができるという利点がある。

 頭の悪い性能でなければ、改善をしようとする者が出てきていれば。

 ひょっとしたら大陸の歴史は大きく塗り替わっていたのかもしれない。


 雲一つない青空を自在に飛ぶユートを見上げながら、歴史の『もしも』に思いをはせる。

 時折、聞こえてくる悲鳴に似た汚い何かは聞かなかったことにしながら。


 ユートの身体がグルグルと旋回を始める。

 何度も何度も、空の無数の円を描いていく。

 でも、だ。


「ちょっと回しすぎじゃねえか?」


 先ほどから同じような動きしかしていないことに気づき、隣に目を向ける。


「あれ? ん? あれ?」


 ……空と水晶を交互に見ながら、人体を用いた実験をしている技術者が出してはいけない言葉を漏らすビスカがそこにいた。


「おっかしいなぁ? コントロールが効かない?」


 ビスカがいくら水晶を操作しても旋回の態勢は一向に解除されない。

 むしろ、旋回の速度はさらに増しているようにすら見える。


「なんか速度増してないか?」

「ん~?」


 俺の問いかけにビスカも反応して空を見上げた瞬間だった。


 バキッ。


 響いてはいけない金属音が青空に響き渡った。

 鉄の羽がユートの身体から離れ、遥か彼方に散っていく。


「「あっ、壊れた」」


 二人同時に声が漏れた。

 糸が切れたようにユートの身体が地面に向かって落下を開始する。


「彼、飛べるって言ってたよね?」

「そのはずなんだけどな」


 浮遊魔法を使えると言っていたユートであったが落下しているというのに使う様子が見えない。

 だんだんと近づいてきたので、目を凝らしてみた。


「あっ、気絶してるわ……」


 人より優れた視力が白目を剥いて、風圧でたわむ顔面をとらえる。

 本当によく気絶するやつだ。趣味なのか?


「えっ、ヤバいじゃん?」


 さすがのビスカも焦りだす。

 正直、あいつの命はどうでもいいが、助けてやると言った手前、見過ごすわけにもいかない。


「シッ」


 地面を駆ける。

 目測で落下地点は推測できる。

 急降下するユートよりも早くその地点に俺は先回りをする。


 場所はドンピシャ。

 もはや見慣れた汚い気絶面がよだれまではっきり見えて、地面に近づいてくる。

 落ちればさすがに死は免れない。


「ハッ!!」


 

 地面が割れ、全方位に渡って衝撃が発生する。

 もちろん、上にむかってもだ。

 生み出した衝撃と落下スピードが相殺し合う。

 ユートの身体が浮遊魔法をかけられたかのように一時的に宙を舞う。

 そして。


「ギャッ!!?」


 死ぬ心配のない高さから落下した。

 別に受け止めてやる義務まではない。


「い、生きてる……いきてる?」


 地面に大の字で倒れ伏したユートは小刻みに震えていた。

 自分が生きてることが信じられないといった様子だ。


「おぉ! さすがシド。頼りになる~」


 そこにのんびりとビスカがやってくる。


「君も生きてるようでなにより」


 ユートの無事を確認しながら他人事のようにそんな言葉を発する。

 殺しかけた張本人のくせにひどい態度だ。


「ごめんね~。次はもっと改良しておくから~」


 サラッと次も実験体として使おうとしてらっしゃる。


「ひっ、ひっひひ……」


 ユートはもはや噛みつく気力も無いようで、涙を流しながら生きてる実感を噛みしめていた。


「空、やだ。飛ぶの、怖い」

「完全に心にダメージ負ってるな」


 元から壊れていた頭がさらに壊れてしまったのか、ユートはうわ言のように空で見てきたのであろう光景をつぶやく。


「地面、近づいたり、遠ざかったり、森が、見えたり、が見えたり……」

「「山?」」


 うわ言の中から不穏なワードを拾い上げる。


「何言ってんだ、お前? 

「何かと見間違えたんじゃない?」


 ビスカの言う通り、見間違えの可能性が高い。

 しかし。


「れもぉ……、あったよぉ。


 呂律も回っていないたどたどしい言葉。

 それでも背筋に凍るような感覚が走る。


 その時だ。


 ズゥーン!!


 突如として地面が揺れる。

 

 それからわずかな間を置くことなく。


 ゴォーン!!。


 工房近くの教会の鐘が鳴る。


 それを皮切りに。


 ゴォーン、ゴンッ、ゴゴォーン、ゴォーン。


 この区域だけではない。


 ボルドの街中のあらゆる鐘が鳴り響いた。



 14話 11月28日 1200更新予定

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