第15話 ボルド、震える

 ボルド東の城門前には多くの人だかりができていた。

 騎士団や冒険者たちだけではない。

 まだ避難を開始していない住民や状況の把握に躍起になっている商人たちも押しかけていた。

 子供を抱きかかえる母親、両手を握りしめ祈りを唱える老婆、冷や汗を浮かべる身なりのいい商人、それらが暴動を起こさないようにしきりに避難を促す衛兵たち。

 誰もがその顔に不安の色を覗かせていた。

 このボルドに近づくのは歴史上多くの悲劇を生み出した破壊の象徴だということはすでに耳に入っている。

 討伐されたという記録もあるにはあるが、そのどれもに多大な犠牲を払っていることも知っていた。


 ゆえに彼ら、彼女らは安心を求めていた。

 自分たちは大丈夫だ。ボルドは滅びない。また穏やかな明日が来るはずだ。

 その確約を求めて、避難をせずにここにやってきたのだ。


みなの者!」


 力強い声が城門周辺に響き渡る。

 発生源は城壁の上からだった。

 一様に顔を上げる。


「ボルド辺境伯、ブラッドである!」


 甲冑に身を包み込んだ領主の登場に住民が湧く。

 領主の横には娘であるイザベラ。そしてギルドマスターであるメアリー・スーも控えており、官民一致の団結を分かりやすく示していた。


みなもすでに聞き及んでいるであろうが、このボルドに危機が迫っている!魔素の森に要塞亀フォートレスタートルが出現した! まっすぐこちらに向かってきている! それに伴い、周辺の魔物たちも恐慌を巻き起こし魔浪スタンピードが起きたことも確認されている!」


 しかし、領主の口から次々と挙げられる事実に再び顔を曇らせる。


「したがって今より我々、騎士団及び冒険者はここを防衛せんと出陣する! 無数の魔物! しかも奥に控えるのは厄災! 苦戦は免れぬ! だが、民よ! 安心してほしい! 我々には彼がついている! そうボルドの守護龍が!」


 そこで領主はわずかに身体を横にずらす。

 目のいい者は、城壁に立ったその姿をはっきりと目に焼き付けた。

 現れたのは一見すれば銀髪の美しい少女。

 彼をよく知らない者であったなら銀髪を風にたなびかせるその姿を目にしたら、風の精霊かと勘違いするところだっただろう。

 戦場の最前線よりも大きな城で催される舞踏会の方がよほど似合うような華奢な出で立ち。

 さりとて、ここで暮らす者であれば誰もが知っている。

 自分たちの目の前に姿を現した人物は決して社交場の華などではないということを。


「シドだ!」

「銀龍!」

「おぉ、シドちゃん!」

「そうだ! 俺たちにはあいつがいる!」


 冒険者の頂点、人類の最強格であるS級。

 『銀龍』の二つ名を冠する少年の登場に領主親子やギルドマスターが現れたときなど比ではないほどの歓声が沸き起こる。


「まずは」


 少年は口を開く。

 先ほどの領主ほどの力強さはない。しかし、透き通るように耳に届く声が街に行き渡る。


「まずは騎士団と冒険者に一言。お前らの命は俺が守る……なんてこと言うつもりは一切ない」


 その言葉に聴衆、特に冒険者の間からにわかに緊張が走る。


「俺は自分が人外だっていう自覚はあるが、万能だとは思っていない。どれだけ魔物を葬ったところで必ず取りこぼしが出てきちまう。それの相手をするのは誰だ? そう、お前らだ」


 ゴクッと何人かの冒険者そして騎士が唾を飲み込む。

 想像したのだ。

 一体、どれほどの数を相手にしなければならないのかを。

 自分は果たして生きて帰れるのかと。


「人間どんなに気を付けたところで死ぬときは死ぬ。強い魔物に殺されるかもしれない。疲れたところに後ろから小鬼ゴブリンにコロッといかれるかもしれない。ひょっとしたら、いざ出陣と駆けだしたところで転んで味方から踏まれてお陀仏になるかもしれない」


 心の拠り所の口から繰り出される不安をあおるような言葉に聴衆たちの顔が曇っていく。

 しかし。


「だがな」


 少年はここで言葉を切る。


?」


 投げ掛けられたその言葉。

 戦いにおもむこうとする者たちの胸に何かが灯る。


「それぞれに成り行きや紆余曲折はあれど、こんな魔物蔓延る危険な土地で命張ってるようなやつらだ。誰かに守ってもらおうなんて寝みぃこと思ってるやつなんていないってことを俺は知ってる。

 だから、守ってやるなんて言葉は絶対言わない。そんな言葉はお前らにとっては屈辱以外の何物でもないからな」


 血気盛んな一部の冒険者たちが叫ぶ。


 何かが徐々に伝播していく。


「俺の話をしようか。よく街のじいさん、ばあさんと話すことがあるんだが揃いも揃っておしゃべりでなぁ。決まって昔の苦労話、特にやれ開拓で苦労したの、やれ前の魔浪のときは襲い掛かる魔物をちぎっちゃ投げと思い出補正マシマシの武勇伝を聞かされた。

 ここでガキのころから育ったやつなら心当たりあるんじゃないか? 耳が腐りそうになっただろ? 俺はなった」


 一部で笑い声が起きる。

 しわがれた文句の言葉が飛び交う。



 目のいい者は目撃する。

 少女と見間違うほどの美しい少年、その口元に不釣り合いなほど不敵な笑みが浮かべられていることに。


「ここを生き延びれば今度はお前たちがジジババどもの耳が腐るほどの自慢をしてやれるぞ。それだけじゃあない、お前らの子供、孫の代まで語りつくせる英雄譚の完成だ」


 再び。

 歓声が沸き起こる。

 今度は集った冒険者たち全員が得物を抜き空に掲げる。

 それだけではない。

 規律を重んじ、整然と成り行きを見ていたはずの騎士たちも我慢の限界と剣を抜き、雄たけびをあげる。


「街のみんなも聞いてくれ」


 住民たちはギョッとする。

 戦士に火を灯した少年の言葉が自分たちに向けられるとは思いもしなかったからだ。


「『生きることは戦い続けること』。これは俺の親父の口癖で、遺言だ。人それぞれで捉え方は違うだろうが、みんな、こんなところで腰据えて暮らしてるんだ。何となくだけど意味は伝わってくるだろう」


 生きることは戦い続けること。


 他の地域よりも少しだけ死が身近にあり、他の地域よりも命の価値が低いこの土地。

 それなのに何故、自分たちはここで暮らすのか。


「言いたいことは分かるだろ?」


 それぞれが胸に手を当てて考える中、少年は答えを示す。


? 俺たちと一緒に戦ってくれよ」


 灯した火が。

 導火線に火をつけて。

 爆発する。


 街が震えた。


「冒険者!」


 ここで初めて少年が叫ぶ。


「ここは冒険者の街だ! つまり主役はお前らだ! 自分から泥塗るような戦いなんてすんじゃねえぞ!」


 冒険者たちが雄たけびをもって答える。


「騎士団!」


 剣を掲げ、旗を振るって呼びかけに応じる騎士団。


「街を守るのは冒険者たちだけじゃあないだろ! お株を奪え! この街を、この土地を守護しているのは自分たちだと証明しろ!」


 雄々しい声が空に木霊する。


「鍛冶師!」


 聴衆の一角に集っていた鍛冶師たちもあらん限りの声を張る。


「ありったけの武器を降ろせ! お前たちの武器が、冒険者や騎士の命を! この街の命を救う!」


 鍛冶師たちは手に持ったつちを振り回す。


「商人!」


 何が起こったのか理解の追いつかないと言った表情を浮かべる商人たち。それでもたぎりのままに彼らは両手を握る。


「商機だぜ! 尻尾巻いて逃げ出すか? 違うだろ! もったいねえ! 財貨を惜しむな! 見込みのありそうな冒険者に回復薬ポーションや魔具を差し出せ! 恩を売れ! 目利きと投資こそがお前らの戦場だ!」


 背中を押されるように、聴衆をかき分け彼らは自らの店へと走る。


「住人!」


 隣の人間の声さえ判別できぬほどの大歓声。

 されども少年の声は彼らの耳に届く。


「もっとだ! もっと腹から声を出せ! 戦うやつの背中を押せ! 声援こそがお前らの戦いだ!」


 歓声が爆発する。


 ズウゥーン。


 再びの地響き。されども怯む者はもういない。


「最後に言っておく! 俺からみんなへの約束だ!」


 少年は演説の締めくくりに入る。


「お前らがどういう死に方するのかは分からん! だがな、さっきからズンズンうるせぇあの近所迷惑なデカブツに直接殺されるようなことは絶対ない! なぜかって?」


 少年はここで言葉を切る。

 そして浮かべる。

 不敵な笑みを。


「あれは俺が倒すからだ」


 英雄の言葉。

 英雄の約束に。

 ボルドが。


 震える。



16話 12月5日1200 更新予定

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る