第20話 陽亮での噂


――――中華と言えば、ヤムチャである。こちらでは飲茶インチャーと呼ばれるが。それでも美味しいお茶と点心が食べられるのは変わらないわね。


「ん……美味しいわね」

「スイは相変わらずよく食べるな」

「……ひ、ひとを食いしん坊みたいに言わないでよ……!飛雲フェイユンったら!」

地角じゃあるまいし。……しかも今も肉包つまみ食いしてる。


「……怒ったのか?」

「そんなんじゃないわよ」

にこりと笑えば、飛雲がホッとしたようだ。


「懲りたなら、女の子に食いしん坊みたいに言っちゃダメよ」

「……分かった。反省する」

しゅんとするところは、かわいそう……と言うよりもやっぱりかわいい。だからこそ、このひとを見捨てられないんだわ。


「そう言えば、月亮もこちらと同じように、もう秋真っ盛りなんですって」

その上、暖かい時期など限られているから、すぐに冬が来る。

それでも作物は頑張って土壌改良や肥料の開発で育ててるし、冬は氷室や天然の冷蔵庫を使って工夫してるのよね。食文化が豊かなのだって、そう言った努力のそのさきにある成果である。

冬は妖魔帝国からも食べ物の輸入をしているから、国は庶民の生活まで、安定していると思う。


「お父さまには定期的に文を出しているのよ」

まぁ、ひとり文の行き来よりも便利な伝令役を知っているけど……桃叔父さまもそんなしょっちゅうは来ないだろう。

範葉を心配して見に来ることはあるけれど。あと、伝令と言えばたまに駱叔父さまも姿を見せてくれる。

月亮国民でも、月亮の高官ですら、あまり姿を見せない激レアな皇弟殿下だ。


「どんなことを書いているんだ?」

「そうねぇ……この間は、グルメイベントのことよ。たくさん美味しいものが食べられたから。それからこの前は食リポの一環で点心教室にも参加したでしょう?」

本来皇后は料理などしないが、せっかくお話をいただいたので、体験してきたのだ。


「そうか……そうだったな」

そしてその時の点心はもちろん、飛雲に試食してもらったのも大切な思い出だ。


「でも……」

「何かあったのか?」


「いや……お父さまは何も書いて来ないけれど、陽亮の件はどうなったかなって……」

何せ陽亮の公主が、支援をしていた月亮の公主の婚約者を略奪したのだ。

まぁ、私も鄭逸とは結婚したくないし、お陰でとっても素敵でかわいい飛雲に嫁げたけれどね。

試しに駱叔父さまにも聞いてみたけど……やはり国の機密事項として探っているものだからか、私には何も心配しないようにとしか、教えてくれないのだ。


「私の耳に入ってきた限りは……そうだな。結局浮気をした2人は別れたとか」

「さすがにお父さまが許さなかったのよ」

2人は離れ離れ。鄭逸は鄭叔父さまと共に片田舎に引っ越したそうだ。そこくらいまでは駱叔父さまから仕入れられたけれど。


「だが、意外なことに陽亮の公主はそれほどかつての恋人に固執せず帰国したらしい」

「確かに意外ね……。もっと固執すると思っていたのに」

私から婚約者を略奪して、手に入れたらぽいっと捨てるだなんて、とんだ悪女よね。

女主人公ヒロインを気取っておきながら……そんな傍若無人なヒロインは、なかなかいないのではないかしら……?


「それに……自分には他にも運命の殿方が4人いるらしいとのたまったらしい」

「え……?4人もいるの……?すごいわね」

皇帝や王じゃあるまいし、4人と結婚だなんて無理よ。陽亮には別に王太子がいる。

月亮に支援を受けておいて、それを裏切るような行いをした公主を後継者にだなんて……陽亮王もそこまでバカではないでしょうよ。


「何でも……四神に選ばれる運命の神子だとか。そして悪の凶星を倒すために大いなる力に目覚めるのだそうだ」

「いやいや、何言ってるの。神子は四神の方でしょ。それに……何で凶星を倒すのか……わけが分からないわ」

この世界にも、青龍、朱雀、白虎、玄武と言った存在はいるが……神子とは言え、元は人間であるはずだ。


そしてそれに対になるようにして、妖魔族には特殊な4柱がおり、それぞれ饕餮、檮杌、窮奇、混沌と呼ぶ。


しかし彼らは争っているわけではなく、それぞれがそれぞれの役目を全うしているに過ぎない。

そしてそれらは滅ぼしてしまえば世界の均衡が崩れると言われている。

だからこそ、互いに干渉しないようにして、世界の均衡を保っているのだ。


「そうさな……私も別口で確認したが……そんなものは知らないと言われた」

ん……?まるで当事者から聞いたかのような言い方よね。でも当事者は今は朱雀だけでは……?

陽亮が国宝のように外に出したがらないありがたい神子らしいし。昔は違ったようだけど……大災害の影響かしらね。昔ほど四神の力を見せびらかしたりはしていないらしい。


まぁ、したらしたらで揚げ足を取って追い返す……とお父さまが言っていたが。

月亮はただ単にお人好しってわけではないのよ。


その上、妖魔帝国と陽亮はそれほど交流がない。むしろ陽亮が妖魔帝国を敵視しているようなのよね。

四神が力を鼓舞したがるのも主に妖魔帝国に対してである。


月亮に支援を受けるようになってからは、月亮に睨まれだいぶおとなしくなったそうだけど。

まぁ……うちの友好国に敵対するなら支援はなしでも言われようものなら、陽亮は詰むもの。

月亮にとっても、必要なのは妖魔帝国の対妖獣のための武力と、冬を越すための服食品だ。


そう言う背景もあるから……朱雀ではないはずよね。妖魔帝国にも、陽亮の情勢や歴史に詳しいひとがいたのかしら。


私にもそう言った友人……姐のような存在がいるから、いてもおかしくはないわね。


「まぁ、とにかく、何かあれば我々も月亮皇と連携しよう」

「それがいいわね」

月亮と妖魔帝国が手を取り合う中……陽亮は月亮にも見捨てられそうな勢いを、何とかできるのか……。

ま、私が気にしても仕方がないか。今は祖国と、今とこれからを飛雲と生きていく帝国のことだ。


「お茶……美味しいわね」

こうして美味しいお茶を飲んで、庶民も点心を食べられる、そんな日常を守らないと。


「うむ。冬は冬で違うお茶や点心も出るから、楽しみにしていてくれ」


「えぇ」

今からでも楽しみだし……そうね。また食リポのお仕事があったら、頑張りたいわね。

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