第11話 範葉の秘密


――――宿の部屋にて。


「黙っていて、申し訳ありませんでした」

範葉ファンイェが、静かに私に頭を下げる。


「察しの通り、俺は人間の女性と妖魔族の男の間に生まれました。このとおり」

そう言うと、範葉の背中から、小ぶりな翅が2対飛び出した。

翅のある妖魔族の血を引いてるのか……。友人も翅はあるが……一対だけだったし、翅の形的にも違う妖魔族だろうか。


「えと……範葉はタオ叔父さまとは本当は血が繋がってるってこと……?」

範葉は桃叔父さまの養子だと聞いていた。桃叔父さまが月亮にいるのはお父さまとの縁以上に、人間である範葉を育てるためだとも。


――――しかし、それならばどうして桃叔父さまは範葉を養子に……その疑問がなかったわけではない。

だがたとえ種族が違っても、自らの子として育てることが、禁忌とされているわけでもない。

お父さまが桃叔父さまが月亮にいることを許した。城に出入りすることを許した。

その上お父さまの尻の下に敷かれていれば安心だと、みな桃叔父さまを忌避することもない。

桃叔父さまには桃叔父さまなりの考えがあった……それ以上でもそれ以下でもない。

義理の父子となる理由に、種族なんて関係ないのだから。


「いえ……血は繋がっていません。父さんにはさすがに翅はありません」

「確かに……」

桃叔父さまには特徴的な角があるが、翅は見たことがない。


「……それなら……」


「私は……父さんの……大切なひとの息子だそうです」

「大切な……?」


「えぇ。恐らくは……義兄弟……ではと」

範葉はそう言うと、何故か地角を見る。地角も関わっているとか……?いや、

確か桃叔父さまは友人のことも義兄弟と呼んでいたが、正確には義姐弟。妖魔族の友人である彼女……珊翅シャンチーは女性である。ならば珊翅とは違う義兄弟となるのだが……いや、まさか……?

地角を見て首を傾げる。


「そうだねぇ。お前は……タオの義兄弟の子だ。世界にたった4人しかいなかった……俺たちの」

俺……たち……?

ま、まさか、やっぱり……っ。


「地角って……桃叔父さまの知り合いだったの!?」

世界広しと言えど、まさかの桃叔父さまと地角が知り合い……いやむしろ、義兄弟だったとか。


「まぁねぇ。月亮にいることは何となく知っていたけれど、まさか範葉がくっついて来るとは」

地角がケラケラと嗤う。


「じゃぁ、地角は範葉の叔父さま……のような存在なのかしら。じゃぁ私にとっても……叔父……?」

「ぶはっ」

何故吹いたよ、オイ。


「いや……俺は一応義兄弟の中では哥哥お兄ちゃんのつもりなんだけどねぇ」

まぁ確かに……キャラ的にはお兄さんタイプね。ただしドSで腹黒だけど。


「一応聞きたいんだけど……何で桃がスイちゃんの叔父になってるの?」


「んーと……」

あれ、これ言ってもいいのかしら……?


「多分それにはお父さまの許可が必要ね」

一応国家機密だし。

「あ……でも地角、義兄弟なら桃叔父さまの素顔、知ってるでしょ?」


「……あ――――……そう言うことか。ふふっ、そうなってるわけね」

地角も気付いたのかクツクツと嗤う。


「でも俺は維竜皇の尻の下に敷かれるのは嫌だから、叔父はやめてくれ。もちろん伯父もね」

うーん……?尻の下……まぁ桃叔父さまは尻の下に敷かれてるけど。


「あなたならのらりくらりと躱すんじゃぁ……」

「さぁ、どうだか。むしろスイちゃんに叔父と呼ばせたら、恐怖の大王が襲い掛かってきそうだ」

地角が困ったように嗤う。まぁ、武芸の腕だけなら、お父さまは最恐だから……かしら。しかし……恐怖の大王って……。桃叔父さまはお父さまのことをよく『破壊魔王』だの『大魔王』だの呼んでるけれど。


まさかこの飄々とした地角まで手篭めにしないわよね、お父さま。いや……まさか……?


「あぁ、ついでにチーは君の叔母なのかい?」

「やっぱり珊翅のことも知ってたのね。でもどちらかと言えば彼女は友人であり、姐代わりだわ」

私の上には兄姉はいなかったから、偶然仲良くなった彼女のことは、姐のように思っていた。桃叔父さまの義姐弟と知ったのは、その後だ。


「姐……ねぇ。やはりユエ父娘おやこは底知れないねぇ」

「……褒められてるのかしら、それ」


「褒めてることにしてくれる?万が一維竜皇に捕まったら困る」

「さすがに飛雲の側近を肘掛けにはしないと思うわよ」

「どうだか」

地角はケラケラと嗤う。


「代わりに父さんが肘掛けになる可能性の方が高いかと」

そして不意打ちの如く聞こえた範葉の言葉には、私も吹き出してしまった。


「とにもかくにも、範葉のことをもっと知れて、嬉しいわ!」

地角や桃叔父さまたちの思わぬ繋がりも知ってしまったし。

今度お父さまに手紙を出したり、会ったりした時は、桃叔父さまを肘掛けにするのはほどほどにするように言っておかなきゃね。


「しかし……スイさまは、私のような存在は忌避されるものかと……」


「範葉が人間と妖魔族の血を引くとしても、範葉は範葉だわ……!範葉は大切な幼馴染みだし、従兄みたいなものよ!それに私のためにここまでついてきてくれたのよ……?今さら範葉が欠けたら……寂しいわ」


「……スイさま」


「それに異国の空の下で同郷がいるのは、心強いものよ。だから範葉、これからも側にいてくれる?」

「……っ、スイさまが望まれるのでしたら」

「えぇ。もちろんよ!さぁ、わだかまりが解けたところで……」

ふと、私たちのやり取りを見守ってくれていた飛雲フェイユンたちを見やる。


「その、妖魔帝国では……どうなのかしら」

半人半魔と言う存在は……受け入れてもらえるものなのだろうか……?


「昔は忌避する時代もあったが……今はそんなことはない」

飛雲が答えてくれる。


「妖魔族だろうと人間であろうと、そのどちらでもあろうとなかろうと、この国で暮らすのなら、妖魔帝国の民には変わらぬ」

その言葉に、地角とマオピーも頷いてくれる。そうね……何たって、飛雲の治める国だもの。


「なら、何の問題もないわ。範葉も私たちの大切な仲間よ……!」

「ありがたき幸せ」

範葉が深く頭を下げ、拱手を向けてくれる。


「さて、まとまったところで……部屋は風呂付きだからね。スイちゃんは先にお風呂使っておいで」

「分かったわ、地角」

部屋はみんなでご飯を食べられる居間を中心に、私と飛雲の部屋、それから護衛の地角たちが寝る部屋がセットになっている。


お風呂はひとつではあれど部屋に備え付け。元々はお金持ちの商団や、お忍びの貴人など、護衛付きの身分の高い者が泊まる部屋とだけあって、なかなかに豪華ね。妖魔帝のお忍びにも使えちゃうんだから。


そして浴場の中にはシャワーだけではなく、湯船がある。


「中華風なのに湯船があるのは、何だかありがたいわね」

とは言え、内装などは和風ではなくあくまでも中華風である。祖国の城にもあったが、それもまた、中華風。まぁ前世日本人の私としてはありがたい限りだ。


久々の湯船で旅の疲れを癒せば、脱衣場には湯上がり用の衣が用意してある。


「地角かしら」

地角はドS小姑だが、しかしこう言うところはちゃんと飛雲の従者らしい。私の必要なものも用意してくれる。桃叔父さまじゃぁこうは行かない。やっぱり地角は『伯父さま』ね。本人に言ったら嫌がるのは確実……と言うか本人がそう言っていたのだが。


「本当はできる従者なのに」

でも、それでこそ地角よね。旅の仲間を知れば知るほどに、何だか微笑ましくなってしまう。


そうして湯浴みを終えれば、続いて飛雲、地角たちが交替で湯を使うことになった。


そうしてみんなで汗を流して、先ほど買ってきた屋台中華を並べる。飲み物はお茶。こちらは宿の備え付け。


「ところで……範葉の事情はお父さまは……」

ご存知なのだろうか。

「えぇ。陛下はご存知で私を受け入れてくださいました。そして父さんが俺を養子にする時も、そうだったようです」

「そうだったの……何だかお父さまらしいわね」

妖魔族の桃叔父さまだって、変わらず受け入れる。だからこそ城のみんなも桃叔父さまを忌避しないし、範葉だって同じよ。


「はい……スイさまも、やはり陛下の御子でいらっしゃる」

範葉が優しく微笑む。


その様子を、飛雲もじっと見ていた。


「飛雲?」

「……あ、いや」

何だろう、何か照れたように目をそらされた気がするのだが……?


「嫉妬かな?」

その時地角がケラケラと笑う。


「そ……そんなんじゃ……ないっ」

絶対お面の下で頬膨らませてるわね。でも、そんなところも愛おしくなりつつある。


あれ……そう言えば私たち、今夜同じ寝室で寝るのよね……?


夕飯を食べ終わり、寝室に入ったところで、固まる。


「寝ようか、スイ」

普通に言ってくるけどこのひとぉっ!


うぅ……旅の途中は寝袋で一緒だったとは言え、今夜は夜空の星星の加護がないのである。

緊張しないはずはないのだ。


「どうした……スイ?」

「……ううん、何でもない」

女は度胸!女は度胸よ!


意を決してベットの上の掛け布団の中に潜れば、当たり前のように抱き寄せてくる飛雲に、内心悲鳴を上げる。

いや、その……ここは寝袋じゃないのに、相変わらず抱き締めてくるの!?そんな平然と……!飛雲は緊張とか……しないの……!?


「ん……スイの匂い、落ち着く……すやぁ……」

私の……匂い?確かに私も、飛雲の腕の中は温かくて、好きだわ。


うん……いつの間にかね。

飛雲の腕の中で、私はそっと微笑んだ。


そう認識すれば、久々のベッドにどっと吹き出た疲れと共に吸い込まれて行くように寝入っていた……。




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