第3話 馬車の旅


――――沈黙である。


出発した馬車の中では、私とのフルフェイスお面の男が向かい合っている。

範葉ファンイェ地角ディージャオは外で馬に乗り護衛、馬車の御者はマオピーが務めてくれている。


そんな中、私だけこの奇妙な……でもかわいい男と2人きり。まぁ、正体は分かっているのだけど。


「国に帰ったら……嫁の墓、作るかな」

私まだ死んでませんけど――――っ!?それとも国に入ったらさっくりいく気!?それはちょっと困るのだけど……まぁ、彼の言う嫁とは、彼自身が破壊した棒人形の成れの果てのことなのだが。

――――しかし、やはり語弊を感じるから、その表現はやめてくれないかしらね……?


「その……お人形さん……?が、好きなら……私作りましょうか?」

「……っ」

お面の彼が、じっと私を見る。フルフェイスお面の目元の穴から、紅玉のような赤い瞳が見え、じっと私を見つめてくる。

――――何か、かわいい小動物みたいよね。後ろからもたいそうな竜みたいなしっぽが伸びているけれど。しかしあの瞳……昔どこかで見たような……どこだったかしら。


「材料さえ手に入れば、作れるから」

これでも前世では裁縫が得意だったのよ。

「……なら……」

フルフェイスの中にぐぐもっているけれど、優しい声だわ。もしかしたら……噂のような恐ろしいひとではないのかもしれない。


「紫の髪、紫のツリ目のかわいらしい顔に、色白の肌で、私の色の服を着て欲しい」

あの……服の色はさすがに今日は、あなたの色に合わせてはいないのだけど……。

それ、今あなたの目の前にいる、私よね!?本人の前で堂々と言うってあなた……!しかもかわいいだなんて……そんなこと言われなれていないのよ……っ!

それをあなたは……堂々と……。うぅ……何だか私もそのフルフェイスお面を被りたくなってきたわよ……っ。


「それじゃぁ、布と、綿と糸……あと裁縫道具を用意してもらえると助かるわ」

「……うむ……っ」

フルフェイスごしなのに、嬉しいってのが伝わってくるわね。


「あと……あなた、何て呼べばいいのかしら」

いや……分かってはいるのだけど、分かっているからこそ、失礼があってはいけないと思うのよ。一応国の公主として嫁ぐのだし。


「妖魔て……いや、飛雲フェイユンだ」

いーやいやいや、待てぃっ!今、確実に妖魔帝って言いかけたし!そこに飛雲が続いたらモロよ……!


「ふぇ……飛雲さま」

「さまは要らぬ」

「ふぇ……飛雲?」

そう呼んだら不敬で埋められたりしないわよね……?せめて骨は妖魔帝国に埋めないで、祖国に返してよ……!?


「わ、私は……」

「嫁だ……!」

そうだけど、それは名前じゃ……。――――と言うか、もうぶっちゃけたわよ、この天然妖魔帝!もう私を嫁と呼ぶと言うことは……つまり自分が妖魔帝だって言ってるものなのよ……?

それとも……私は隠してるものかと思ったけど……本人は隠しているつもりがないのかしらね……?


絲怡スーイーよ。スイでいいわ。お父さまはそう呼ぶから」

周りも私のことをそう呼ぶことが多いわ。普通愛称や下の名前だけと言えば親しき間柄だけなのだが、この月亮の国の民は、公主である私に親しみを込めて、スイ公主と呼んでくれる。

この国の民の血税で育てられた私としては、この国の民も、家族の一員だと思っているのよ。まぁ、皇族と貴族、庶民の区別はあるけれどね。

だから、あなたももし良ければ……と、思ったのだが。


「……嫁の、父親も……じぇらっ」

どこにじぇらついてんのよ!相変わらずかわいいが止まらないわね……!?このひとは……!


「いいじゃないの、お父さまくらい」

それに一応月亮皇なのだけど……?

じぇらついていいのか、妖魔帝として、そこ!

それにスイ呼びは国民の間ではポピュラーよ!


「ええど……もしあなたが、スイと呼ぶのが嫌なら……普通に絲怡で……」


「スイ」

「……っ」

いきなりそんな、まっすぐに呼ばれたら、ドキッとするじゃない……!


「スイが良い」

「あなたが……いいのなら」

ほんと……かわいいと思ったら、いきなりそんな不意打ちをかけてくるとか……ずるいわよ。





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