第6話 【side】野営の夜


――――静寂の夜闇に、パチパチ音を鳴らす焚き火を前に、地角ディージャオはボリボリと夜食を摘まんでいたのだが。不意に、闇の中なら急に湧いてでた気配に顔を上げる。


そして、その側でマオピーと寝つつも、範葉ファンイェが飛び起きる。

しかしマオピーは一瞬起きて……地角をじっと見た後、何か納得したようにまた寝てしまい、範葉がキョトンとする。


その様子に、地角が笑う。


「問題ないよ。マオピーも俺の客だと悟ってまた寝たんだよ」

そう、それは地角の客でもあり、範葉にとっても、かけがえのない存在であった。


「まさかお前がここに来るるとは思わなかった」

地角が呟けば、闇の中から現れた布面の男が笑う。


「俺もお前がいるとは思わなかった」


「今は何と呼ぶべきか……。んー……維竜ウェイロン皇の小間使い」

「張った押すぞこの悪党め。今の名はタオだ」


「いや、お前にだけは言われたく……ん?檮杌タオウータオ……?」


「……」

何故か黙る桃。


「桃の花のタオですよ」

そう、範葉が付け加えれば。


「……は、マジ!?」

「……マジだ」


「え、何。お前そう言う趣味……?でもなぁ……」

「違ぇっ!ウェイのやつが付けたんだ!俺たちは凶星の象徴なのに、よりにもよって魔除けの食いもんの名前を付けやがったんだ……!」


「いや、俺はそもそも魔除けの象徴だが」

「お前はそうだけど、俺は……っ」


「今は地角だが……」


「ふうん……地角ね」

「そうだ。俺も今の主君に名をもらった。幸いなことに、タオにはならなくて良かった」


「おんまえなっ!立場分かってんのかよ!いいか、うちの大魔王維竜皇はお前の主の……お義父さんになるんだぞ……っ!」

「……っ」

その瞬間、地角が串をポロリと落っことした。


「……父さん、維竜皇を大魔王って……」

この世界で言う大魔王とは、妖魔のように強い者と言う意味である。


「だってそうだろ?ほんっとあの破壊魔王!」

「いや、お前が言うか」

と、地角が嗤う。


「悔しいが、そんな俺よりも強ぇのが維だからな」

「お前を屈服させて、桃なんて名付けた時点で只者じゃぁない」

クツクツと笑い合う2人。


「ところで何故お前がここに……?見送りなら済ませたのだろう」

「迎えにお前が来たからだろう」

「あぁ、確かに」


「あの後、維に首ガクガク揺らされて訊問されたんだからな!?お前のせいで散々な目に遭う俺の身にもなれ!!」

「ははははは。訊問だけで良かったじゃないか」


「お前維の訊問ナメてんだろ!俺ですら恐いんだからな!?チーのやつはひとり逃げるしさぁ……」

「あはは……一応翅の主も維竜皇でいいのかな……?維竜皇の言うことを聞いて、柄にもなくいいこにはしてるようだし」


「スイの前ではな」

「スイちゃんの前以外では違うのか」


「いつもの翅だよ」

「あっははは……っ。なら安心だ。しかしほんとにねぇ。お前たちはユエ父娘に従順な遺伝子でもあるのかな」


「何だよ、文句あんならお前も維の前に引っ張り出して、俺たち義兄弟の遺伝子なのか検証してやろうか?」

「いや、俺の主は飛だもの。巻き込まれるのは勘弁」


「お前はいつもいつも小狡いんだよっ!あぁほんと……お前ほどの悪党はそうそういない。スイが騙されたら困る!言っておくがら俺も翅も、スイを騙したら承知しねぇかんな!?」

「いや、お前に言われたくはないけど、そんなことはしないって。てか、止めるの?お前はそこ」


「数少ない義兄弟だ。維を怒らせればお前もただじゃ済まないぞ」

「お前がほかの者の心配をするようになるとは……。戦うしか能のないお前が……これもひとの親になった進歩か」


「ふん」

桃が顔を背ける。


「父さんと地角さんは、一体どういう……義兄弟と言うのは……」

それに範葉は、先ほど地角の告げた檮杌と言う名を思い出す。月亮の民ならば、誰もが知る国祖の伝承に出てくる特殊な妖魔の名であり、その義兄弟と言うならば……。


「世界にたった4人しかいない……義兄弟であり、同胞だ。もう……3人になってしまったが」


「それでもお前には、維竜皇がいるだろう?それから範葉だって」

「お前にも、そこの坊がいるんだろう」

「そうだな。俺たちがこうして、仕える主を得るだなんて、誰が想像したことか」


「初代の月亮公以来だな」

「そうだねぇ。俺たちじゃない、俺たちのずっと前の……始祖の記憶だ」


「一体何の話を……」


イェにその記憶がなくとも、継承せずとも、お前はいつだって俺の……俺たち義兄弟の息子だ」

「……父さん」


「さて、そろそろ戻らにゃ……維に怒られるか」

「さては黙って来たね?」


「ふん」

「父さんったら……また維竜皇に叱られるのに」

「分かっててやるのはやっぱり桃だねぇ」

地角がケラケラと嗤う中、桃の姿はそっと闇に溶けて見えなくなる。


「寂しいのか」

そう、不意に響いた声に、地角は主を振り向く。


「そうでもない。何せ今は……フェイがいる。それに、桃のためにも、範葉やスイちゃんも見守ってやらにゃぁね。一応俺は……ンの……義兄ちゃんだからねぇ」

焚き火が奏でる火の子の音の中に掠れたその名は、範葉の耳には届かないが、どうしてかとても懐かしい人物を彷彿とさせるのだった。


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