第14話 綿の秘密


皇帝の玉座の間に上がれば、玉座を見上げる位置にて拱手を捧げ、玉座の間に集う妖魔帝の臣下と共に、頭を垂れる。


宰相さまの声と共に、妖魔帝が玉座の間に現れる。

その姿を見ることは、妖魔帝の許可がなければ無理だが、しかし纏う皇帝の空気が、この場の空気を一新させる。


「月絲怡。ようこそ妖魔帝国へ。面を上げてくれ」

顔を上げれば、そこには飛雲がいる。皇帝の金を纏い、相変わらず饕餮紋のお面をすっぽりと頭に嵌めているけれど。


その目元の空洞からこちらを見下ろすのは、変わらない、飛雲の赤い瞳だ。


「そなたを后として迎えられること、光栄に思う」

飛雲……っ。何だか、ずっと一緒に旅をしてきたのに、改めてしみじみと感じてしまう。


そして私は、飛雲に精一杯の拱手を捧げた。


※※※


さて、無事に妖魔帝への挨拶も済ませたので、私は皇后の部屋へと案内された。

夫婦の寝室もあるものの、皇后の部屋にもしだかりとベッドがある。

西洋ファンタジーのようなベッドとはちょっと違い、四方を枠で囲い、天女の羽衣のような天蓋を垂らしたベッドである。


さすがは中華風世界と呼べるわね。ま、実家でもそうであったが。


「ご注文のものを揃えました」

ベッドに座り休憩していれば、胡艶フーイェンがやって来た。そして範葉ファンイェが荷物を部屋に運び込む。


その中身は……。


「わぁ、裁縫セットね」

それに、布もある。


「布は……肌色のはっと……」

適度に伸縮性があり、裏はツルツル、面は肌触りのいい感触……。これはまさにぬい用だわ……!この世界に日本で言ういわゆるぬいはないと思うけど!


「羊毛もある」

いわゆるフェルトである。

さらには中華風の服を作れるような中華柄にビビットカラーの布。

刺繍用の糸もバッチリだ。


「素晴らしいわ!さすがは布と言えば妖魔族」

食文化が豊かなのが月亮。一方で絹織物や、特殊な布など、縫製業が盛んなのが妖魔帝国。まぁ、布や糸を作るための原材料や染め物用の素材を、妖魔族の方が効率的に手に入れられると言う背景もあるのだが。

特にこちらの蚕って……普通の蚕もいるけれど、効率的に絹糸を採取できるのが妖獣の一種の巨大蚕だから。それらを飼い慣らせる妖魔族最強なのである。

そして妖魔族との交流がある月亮にも、質のいい妖魔帝国の絹織物が入ってくる。

妖魔族であろうと、半分妖魔族の血が流れていようと、不当に差別することのない、お父さまの治世ならではね。


「……あ、ところで綿は……?」

綿が手に入らない……なんてことはないはずだが。


「それでしたら……!」

胡艶が嬉しそうに手を叩いて喚ぶ。


「マオピー!」

え、マオピー!?

マオピーが持ってきてくれるの……!?と、思ったのだが、マオピーは手ぶらでこちらにやって来た。え……綿……?まさか……マオピーの毛刈り!?そんなぁ、あのもこもこを……羊の毛のように刈ると言うこと……!?マオピーが毛刈り後の羊みたいになっちゃうううぅっ!!


「じゃーん」

しかし次の瞬間胡艶が見せてくれたのは……ブラシ……?


「マオピー、ほら、こっち」

胡艶がシートを広げれば、マオピーがその上にすちゃっとお座りする。

「……うむ」

マオピーが嬉しそうに胡艶に背を向ければ、胡艶がマオピーのもふもふに丁寧にブラッシングしていく。そしてシートの上に、ふわっふわ取れ立ての綿がこんもりとおおぉっ!?まさかの綿は……マオピー産んんんっ!?


「マオピーの種族・毛毛マオマオの毛から取れる綿は、最高級品なのです」

縫製業が盛んとは言え……最高級綿がまさかの……妖魔族の一種族産~~っ!


「あ……でもマオピー、それなら狙われたりは……」

何たって歩く最高級綿よ!?


「毛毛は妖魔族でも強い種族」

あー……そう言えば、飛雲もそう言ってたわね。


「そうですわ。それに毛毛を襲うなんてやからがいれば……喰ろうてやろう……」

ひいぃっ!?胡艶んんんっ!?今のただならぬ殺気は何!?


「もふもふ」

「きゃっ、マオピー!」

いや、マオピーのもふもふなでなでですぐに元に戻ったけど。


イェン……もっと」

「マオピーったら……ここは皇后さまの前なのだから……っ」


いやいや、しかも何かふたり、いい雰囲気では……!?


「あのー……参考までにふたりの関係って……」


「夫婦ですわ」

「うむ」

何と――――っ!?胡艶がマオピーと海辺の城市デートした相手ええぇっ!?いや……その、もこもこマオピーと狐耳ふわふわおしっぽの胡艶夫婦って……最強じゃないの……!


「マオピーを、もっと愛でて」

「……皇后さま……」


「スイでいいわ、胡艶」

「畏まりました、スイさま」

そして胡艶は、マオピーをぎゅむーっと抱きしめ、マオピーが幸せそうにもふもふぎゅーし返していた。


「萌えええぇっ!」

「……何すかそれ」

範葉にはドン引きされたけども……!だって見たいじゃないの……!前世ぶりにぬい作りしようとしたら、オタクの血が騒いだ……ことにしといて欲しい。


そしてかわいい光景に悶絶していれば……気が付いた。扉が少しだけ開いており、その先から……。


お面被ってるけど何となく分かるのよ!構ってもらえなくてふるふる、うるうるしてると言うことが。


そうだった。私はさらに萌えが止まらない飛雲の后になったのだと。


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