第32話 冬の祭典
――――ついに、冬が来た。
外では雪がうっすらと積もっている。
【近々駱崗を遣いにやる】
そう、お父さまから文が届いたのはいいものの。
「部屋の中はぽかぽかだけど……廊下は相変わらず冷えるわね」
駱叔父さま、無事にこちらまで来られるかしら……?しかし、一体何の用でこちらまで……?お父さまからの文には、詳しいことは書いていなかったのである。
一体どんな用事だろうた、てくてくと歩いていれば、ふと、城の回廊の真ん中に人影を見る。
「……何をしているの?」
年齢で言えば、12歳くらいだろうか。
黒髪で、目元に布を巻いた男の子だ。その布も、妖力を抑えるための
そして背中からは2対の小ぶりな羽が生えている。
「……」
男の子は、私の方を振り返り、じっと見てくる。えぇと……知らない女性から話しかけられて、緊張しちゃったのかしら。
「……懐かしい匂いがする」
「懐かしい……?」
「でも、違う……」
そう言うと、男の子は駆け出していく。
「……?」
嫌われてしまったわけではないと思うのだが。しかし……懐かしいけど違うとは……?
首を傾げていれば、背後から声がかかる。
「スイ、何をしているのだ。スイもぬいさんぽするか?」
そう告げてきた飛の胸元には、冬のもこもこコスに身を包んだ私と飛のぬい、そしてぬいたち用にこしらえたもこもこバッグが抱えられている。
最近の飛は、こうしてぬいをお散歩させることにもはまっている。ほんと……どこまでもかわいいひとね。
「廊下を歩いていたら、男の子に会ったのよ。黒髪に、目隠しをした……城の誰かのお子さんかしら……」
とは言え、城で働くものたちの寮の近くでもないし、こんなところにまで紛れ込む子どもがいるとも考えられないのだが。
「目隠し……?あ……多分、蒼爺が今は寝ているから、城の奥から出てきたのかもしれない」
「蒼爺の……お孫さん?」
寝ている……と言うのは、竜だから冬眠かそれに近い状態なのだろうか。
「そのようなものだ」
そのような……確かに種は違いそうだ。
しかし範葉が桃叔父まの義息子であるように、血が繋がっていなかろうと、親子や祖父と孫であることもある。
「しかし……何だ。ここは冷える。部屋の中に入ろうか。ぬいも入りたがっている」
飛がぬいをなでなでしながら微笑む。
「そうね。冷やしたらかわいそうだわ」
私もちょっと、肌寒くなってしまった。
そんなわけで、場所を変え、部屋の中に移動した。しかし相変わらず外では……。
「こちらではどのくらい積もるのかしら」
「帝都はあまり積もらないかな。その分寒い」
「そうなのね。じゃぁ雪だるまは作れなさそう」
「……雪だるま?」
は……っ、しまった……!そう言えば、月亮では皇都でも大雪が降るから雪だるまを作りたいと言ったら驚かれたんだっけ。
月亮の皇都以上の豪雪地帯なら作ることもあると、その後知ったが。
元々そんなに雪が降らないこちらではあまりメジャーじゃないのかも。
「雪で玉を作って上下に重ねて作るのよ」
月亮では桃叔父さまが、おっきな雪だるまを作ってくれたけど……こちらでは小さめのものになるかしら。
「月亮ではそのようなものを作るのだな」
「そうね……!」
本当は豪雪地帯だけだが……城でも毎年作ってるからいいかしら……?嘘は言ってない!
「だが、外で遊ぶと凍えそうだ」
「厚着をすれば大丈夫……だけど、こっちは雪が少ない分寒いのだっけ」
「うむ。だから屋内にいる方が多いかな」
「うーん、それなら寒い日は屋内で、あまり寒くない日なら遊べるかもしれないわね」
「その前にスイさま、あなたは皇后なんですが」
後ろから響いた声にハッとする。
「蔡宰相!」
「皇后陛下が城の庭で雪遊びはダメです!」
「ご……ごめんなさい」
思えばあちらでは公主……いや、公主とは言えいい年した公主なのだから、少しは奥ゆかしくしとくべきだったか。
「でも、雪合戦はどうかしら……?お父さまや陸叔父さまたちは冬場の運動がてらやってたわよ」
たまに桃叔父さまが雪玉に氷を混ぜて飛ばすので、バレた瞬間その場でお父さまにシメられるが。
「……そんなことやってんですか、月亮は」
ひぃっ、何か呆れられてる!?
「瞬発力が鍛えられるって、お父さまが言ってたもの」
「それはそうかもしれませんが」
「蔡宰相もやってみたら?割りと楽しいかもしれないわ!」
「……あの、言っておきますが……私は蛇の妖魔族なのですが」
あ……蛇と言えば、冬眠か。むしろ冬は苦手なはずである。
「そ、そうだったわね……!その、妖魔族の場合は冬眠とか……」
あるんだろうか。
「さすがに冬の間眠りっぱなしにはなりませんよ。少し眠気は強くなりますけど。蛇妖獣は冬眠することはあるようですがね……。それと、私が眠ってしまえば困るでしょう?」
確かに……帝国を纏め上げる宰相だもんなぁ。
「ところで、飛は平気なのね?」
飛は竜っぽい妖魔族なのだが……一応爬虫類系……ではないかしら。
「私はすこぶる元気だ」
「眠気の増す竜とそうではない竜がいるようですね」
「うむ。反対に蒼爺は眠たそうにしている」
竜によってもいろいろあるみたいね。蒼爺も完全な冬眠ではないようだが。
「私は寒くても外は好きだけど」
「なら……そうですね。あなたに取って置きの仕事がありますよ」
「……何かしら?」
「帝都で開かれる肉包大食い大会……食リポを兼ねて、参加者に申し込んでおきましたよ」
「えぇーと……食リポはいいのだけど……今、大食いって言った……?」
「言いましたが……?」
「あの……私、食べるのは好きだけど、大食いキャラではないわよ!?」
「え、違うんですか?」
「違うわよ……!むしろ大食いキャラは、あっちでしょ」
蔡宰相に続いて範葉やマオピーと共にやって来た地角を指差す。
「俺は大食いキャラって言うか、そう言う性質……かな」
でも胃袋宇宙なのは事実でしょうが……!
「何でもどこまでも食べるから、俺はそう言うのには向かないなぁ」
「そっか……」
むしろチートだから、不公平になってしまうかしら。
そんな折、大食い大会には、皇后として開会式の試食会に参加することにしたのだが……当日飛び込んできた報せに驚かされた。
「えぇっ!?参加予定だったひとたちが、ひとりを除いて全員棄権――――っ!?」
「そのようだ、スイ」
今日は皇帝とバレないように懐かしいフルフェイスのお面を付けている。
てか……皇帝でお忍びで参加って……。でも、飛はこう言う賑やかな場が好きだものね。
それはともかく……。
「全員棄権って……あれ、でもひとりは出るのね」
「えぇ。しかしどうやら、ほかの参加者が棄権したことで、景品も肉包も全て自分の物だと豪語しているようです」
と、範葉。
「欲張りにもほどがある」
マオピーも頷く。
「いや……大食い大会で余った肉包は帝都民に配られるはずでしょ」
冬の大盤振る舞いである。なくなったら今度はスープの炊き出しに移るんだったかしら。この大会のモットーは、大食い大会ができるほどに、冬もみんなでワイワイ食べよう……である。独り占めしてしまったら意味がない。
「だいたい、独り占めしたところで食べきれないわよ」
「そうだよねぇ。俺ならともかく」
地角が嗤う。
「転売が目的でしょうか」
大食い大会で手にした肉包を、法外な値段で売り付けると……?
「何が目的であっても、みなで楽しむ催しを、ひとりだけで独占しようとは許せん」
飛ったら……!何か捕物帖みたいでカッコよくなってきたわね!
「では、私は裏を探ってみましょうか」
と、範葉。
「いいかもね。でもひとりで大丈夫?」
「それなら、最適な方を、聞き込みの際に見つけてきましたよ」
おや……それは誰だろうと思いきや。
「どうも、スイさま、ごきげんよう……」
「えぇ、駱崗叔父さま!?」
これまたレアすぎる叔父さまなのだが。
「何でここに!?」
「いえ、陛下のお使いで……その途中に買い食いをしていたら、大食い大会にスカウトされまして」
あまり知られていないこと……と言うか、人前に姿を見せないこの叔父……皇弟は、知るひとぞ知る結構な大食い。
任務の合間に、買い食いしてるのも頷けるが。
「参加者が減ったので、急遽大会本部がスカウトしたそうです」
と、範葉。
「それに何やらキナ臭いことになっているご様子。諜報ならば、私にお任せを」
「えぇ、駱叔父さまが一緒なら、心強いわね!」
「それに……調査も兼ねて……ならば、地角も参加してみてはどうだろうか」
と、飛が告げる。
「うーん、万が一追加の参加者に被害が出ても困るし……庶民はキナ臭い噂など知らず、楽しみに来ているだけだからね。このまま大会が盛り上がらないのもなんだろうねぇ」
「でも、もし何かあったら……」
「俺は何でも食らうんだよ。そこに何があろうと、腹を壊すこともない」
それは安心だけど。
「どうやらとんでもないライバルがいるようですね……」
いや、駱叔父さまは駱叔父さまで……勝つ気なの!?
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