第33話 大饕漢


――――さぁて、やって参りました!肉包大食い大会……!


「今回用意しましたのは、月亮皇国監修特製スパイスを練り込んだ肉あんを包んだ肉包です!」

司会の妖魔族の女性が高らかに告げる。

うんうん、うちの祖国もいい仕事してくれたわねぇ。


「そして、今回はプレゼンターとして月亮出身のスイ皇后が来てくださいましたー!」

ほんと、私、皇后なのにフードプレゼンターすっごいしてるわねぇ。いや、美味しいもの食べられるからいいのだけど。


「さて、早速お味の方を……どうぞ!」

司会の女性に促され、さて私もひとくち味見。


「んんっ!もちもちの生地にこのジューシーな肉汁!さらには野菜も練り込まれていて女性にも嬉しいヘルシーさ!さらには食欲を増進させるがごとき、スパイスの組み合わせ!最高に美味しいわ!」

蒸し立てほやほやな庶民の味すら味わえるだなんて……やっぱり食リポ最高ね……!城の中で皇后のための料理ばかり食べていたら、絶対にたどり着けない味だもの!


「さぁて、皇后陛下も大絶賛のこの肉包は大食い大会でも振る舞われます!今回は出場者が軒並み棄権すると言うアクシデントもありましたが、追加で参加者も募集いたしましたので、みなさまどうぞ楽しんで……」

司会の女性がそう告げた瞬間、突如怒号が飛んだ。


「おい、どういうことだ!参加者は皇后を除いて棄権したんだろう!途中参加なんて有り得るのかよ!」

そう告げたのは、大柄な妖魔族の男であった。


「えぇーと……皇后陛下は大食い大会には……」

「いや、さすがに私はそんなには……」

食べられないので。蔡宰相がねじ込んだ参加枠は丁重にお断りした。


「なら、参加者は全員棄権、この俺が優勝だろうが!」

だから、何で独り占めしようとするのよ!それに……全員棄権で優勝したところで、ちっとも嬉しくないと思うのだけど!?


「ふぅん……?サシで戦ったら勝てる自信がないと?」

お、お姐さん……!?攻めるわね!?でもカッコいい女性は結構好きよ!ねえさんと呼ばせていただきたいわ!


「何だとこのっ!何様だ!」

男が憤る。


「大会実行委員会さまよ!」

その言葉に、周りから拍手が溢れる。大会実行委員会さまに逆らったら、大会はできまい。大会実行委員会、最強ね。いや……実態は飛が大会実行委員会のお手伝いに張り切って加わっているので、ぶっちゃけ帝国のトップがいるのだから、本当に最強だ。

まぁ、大会実行委員会のみなさんには蔡宰相からの推薦で済ませてるので、彼らは飛が妖魔帝だとは知らないのだが。

大会実行委員会のみなさんといつの間にか仲良くなっていた飛が、大会実行委員会のテントから手を振ってくれたので、私も振り返せば、お面の向こうで喜んでいる飛の顔が容易に想像できるわね。


「そんなわけで、急遽参加してくれたのが~~、このお二人!さすらいの大饕漢・ジャオガン!」

正体がバレると大変なので、顔の上半分に仮面をした地角と駱叔父さまが登場する。大饕漢と言うのは……大食い戦士のコンビ名みたいなものだ。


「な……何だと……っ!?」

焦る妖魔族の男は仲間と見られる連中に何か指示を出しているようだが……地角と駱叔父さまだし、平気よね……?

それに範葉とマオピーも情報を集めてくれているはずだし。


ともあれ、大食い大会は無事にスタートラインに着く。

専用のステージには、用意された席で肉包を前に並ぶ3人の男たち。


「それでは……制限時間は30分!より多く食べた方が……勝ちですよ~~!よーい、始め!」

司会のお姐さんが告げれば、早速3人が肉包を口に入れていく。

妖魔族の男は最初からペースが早いわね。一方で地角は普通にもぐもぐと食べている。それなのに肉包があっという間になくなるとは……末恐ろしいっ!さらに駱叔父さまはと言えば……地角級に肉包が減っていくのだけど、何あれ!

そして次から次へと追加される肉包!その最中……。


「……っ」

一瞬地角の手が止まる。何かあったの……?そしてその瞬間、妖魔族の男がニヤリと笑んだのを見た。まさか肉包に何か仕込んだの!?


しかし地角は、変わらず肉包に手を伸ばす。駱叔父さまも肉包をぺろりと平らげ、次の皿に手を伸ばす。あのー……2人とも、平然としてるのだけど。


一方で納得いかないたちの男が立ち上がる。


「おい、お前ら何で……っ」


「何か?」

地角が悪どく微笑む。


「俺たちが平然と食べれなくなるように、何か仕組んだのかな?」

「な……何の、ことだか……」


男がしどろもどろになる。


「食べないの?負けちゃうよ」

ニヤリとほくそ笑んだ地角が、次の肉包に手を伸ばす。反対に男は……肉包を口の中に放り込むスピードを鈍くさせる。


「うぐ……っ」

男が苦しげに……肉包を皿へと戻した。


その間も地角と駱叔父さまの手は止まらない。


――――そして、30分。


「さて!ここでタイムアップです!最後に口の中を確認して、皿の枚数を集計しますよ!」

お姐さんな言葉で、大会審査員たちが地角たちの口の中を調べ、そして皿の枚数を計測する。


「優勝は……さすらいの大饕漢……ガン!!」

なんと……地角を抑えての優勝――――っ!?


「制限時間がなければ負けないんだけどねぇ」

「肉包は飲み物ですから。食べ物と認識した時点で負けは確定しています」

ら、駱叔父さま!?え、飲み物おおぉっ!?衝撃の発言である。


「さすがはスイちゃんの叔父だ。見直した」

「お前もな……!いい戦いだったぜ」

2人の大饕漢は固い握手を交わした。何か思いもよらないところで友情芽生えちゃったけど……私の叔父だから……?いや、だから私は大食いキャラじゃないし、多分皇族の中でもあれだけ食べるのは駱叔父さまくらいよ!?


「くそう……くそう……っ!」

この一方で、男が崩れ落ちる。


その男の前に立ちはだかったのは、もこもこマオピーと範葉を引き連れた饕餮お面の男……飛である。


「調べはついている」

「何……っ」

飛の厳かな声に、男が顔を上げる。


「貴様は孤児院の出身らしいな」

「そうだ……!悪いかよ!」


「それだけが悪いわけではない。しかしお前はやり方を間違えた。お前は肉包を孤児院の子どもたちに食べさせてやりたいと考えた……違うか?」

「それは……その……俺の出身の孤児院は帝都の外れだ……こうした炊き出しがあっても、遠すぎて来ることができない。冬などなおさらだ!」


「だから大食い大会で優勝し、肉包を手に入れ彼らに届けようとしたのだな」

「……っ」

飛の言葉に男が俯く。

どうやら当たっていたようね。


「だが、参加者に薬を盛って腹痛を起こさせて棄権させると言うのはやりすぎだ。それにお前は、角たちの肉まんにも盛るよう、給仕を買収したのではないか?」

「そんな……証拠は……っ」


「すまんが、お前の企みは全て見抜いている。盛らせたのもわざとだ。あの2人は特別に鍛えているから、その手の薬は効かん」

確かに地角ならそれごと食らってしまいそうだし、駱叔父さまは職務がら結構な特殊体質だったはずよ。

昔、桃叔父さまが悪戯で駱叔父さまの賄いに激マズの漢方を混ぜたのに平然と爆食いしてたと嘆いてたもの。……まぁ、その後はお父さまに尻叩かれたけども。


「だが……確かに帝都の端までは、恩恵を与えきれていないのも確かだ。后と慈善事業に赴く際は、最果ての孤児院に、肉包を差し入れるとしようか」

「え……后って……まさか……あなたさまは……っ」


「ただし!」

飛がビシッと告げる。


「お前が今回やったことを、しっかりと反省し、一定期間社会奉仕活動に勤しむこと!それが条件だ!」

「……も、もちろんです……!誠心誠意、勤しみます」

男は、自分でできる限りの拱手を飛に捧げた。


「では……祭典を中断させてしまってすまんな。再開してくれ」


「へぁ……っ、へ、へい……っ」

司会のお姐さん、いきなりの陛下にパニックである。まさかあの饕餮お面が妖魔帝本人だなんて、思いもしなかったのだろう。


――――その後、余った肉包……もちろん薬など入っていない安全なものや、炊き出しのスープが振る舞われた。


そしてその冬から、帝都の端の孤児院でも皇帝夫妻主催の炊き出しが行われるようになったのは……余談である。

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