第2話 迎え


妖魔帝国に輿入れするにあたり、妖魔帝国側が輿入れ用の馬車を用意してくれることとなり、私は迎えと共に嫁ぐこととなった。


「スイさま。私がお供いたします」

「ありがとう、範葉ファンイェ

本当は祖国から誰か侍女が着いてくる……と言うこともあるのだろうが、やはりみな、妖魔帝国と言うまだまだ未知の領域には尻込みしている様子。


昔よりは交流が活発になっているとはいえ、それは国境付近の住民や合同訓練で一緒に触れ合う武官たちくらいだろう。


だから侍女はあちらで紹介してもらうことにして……うちの国からは、武官の範葉と共に赴くこととなった。


「でも範葉は良かったの……?私と妖魔帝国に……」

「問題ありません。父さんからも許可は得ております」

範葉のお父さまとは、タオ叔父さまのことだ。叔父さまは妖魔族だけれど、範葉にその特徴はない。範葉は養子なのよね。むしろ範葉を育てるために、桃叔父さまは月亮に住んでいたのかしら。

まぁ、範葉が成人しても相変わらずこちらにいるから、単に気に入っているのかもしれないが。


「でも……範葉がいなくなったら、桃叔父さまは生きて行けるのかしら」

武芸の技は一流以上に破壊級だが、生活能力がまるでないんだから。むしろ範葉が身の回りのことをいろいろとしてきたのだ。

ほんと……そのお陰で範葉は子供のころからしっかりものだった。桃叔父さまの養子になって出会った当初は引っ込み思案であまり話さない子だったけど、桃叔父さまがあぁだから、自然と世話焼きになってしまった。


「そうですね……維竜陛下には懐いておりますから、言うことは聞くでしょうし」

まぁ、お父さまの言うことはね。


シャオ宰相やルー叔父もおりますから、後は任せることにしました」

月亮の宰相・宵天、そして鄭叔父さまとは別のお父さまの異母弟・陸碧燕ルービーイェン叔父さまだ。


「でもそれはいつものことなのでは……」

桃叔父さまに宵宰相が小言を言い、妖獣討伐や武官の演習では陸叔父さまが桃叔父さまが小言を言う。


「えぇ、ですから平気ですよ。父さんもそろそろ父として一人立ちしてもらわなくては」

普通は息子が一人立ちするものよね……?

でもこの父子は、確実に親子逆転してるんだもの。


「あと、ルォ叔父も……」

そう、範葉が名を出せば、後ろで何かがガサリと落ちた気がするのだが。ひょっとして……駱崗叔父さまかしら……?

職務上滅多に表に顔は出さないのだが……桃叔父さまのお守りがそんなに衝撃だったのかしら……?


「まぁ、そう言うことなら私も安心だわ。私としても、範葉が付いてきてくれるのは頼もしいし」

幼馴染みと言うか……血の繋がらない従兄妹みたいな関係だもの。

むしろお父さまと叔父さまたちの中では甥っ子同然だものね。


「それにしてもあのクズと女……」

しかし次の瞬間……範葉の視線がぐっと鋭くなる。敢えて名前は出さないけど、でも誰のことだかはすぐ分かる。因みに叔父たちには可愛がられていた範葉だが、鄭逸とは犬猿の仲と言うか、何と言うか。

鄭叔父さまもたしなめてはいたが、鄭逸はよく範葉をどこの馬の骨だの何だの言ってたもの。

一度それを聞いた桃叔父さまがキレたのをギリギリまで止めなかったことが功を奏して、桃叔父さまの前では言わなくなったが。


「いいのよ。むしろあんなやつと縁が切れて願ったりかなったりよ」

「スイさまが吹っ切れたようなら、何よりです」

範葉と頷きあい、私は次にお父さまへ出立の挨拶をする。


「お父さま、行って参ります」

「あぁ、気を付けてな」

お父さまが優しく声を掛けてくださる。何だかもう既にホームシックになりそうだわ。

でも国のために、後戻りはできない。


妖魔帝国からの遣いが待っているのだから。

お父さまと一緒に見送りに来てくれた城のみんなや、宵宰相、陸叔父さまにも挨拶をする。


「何かあれば、すぐに相談なさってくださいね」

「葉も、しっかりとスイさまを守るように」


「はい、ありがとうございます」

「もちろんです、陸叔父上」

宵宰相と陸叔父さまの言葉に、範葉とそれぞれ答えて、私たちは遣いの元へと脚を向ける。


遣いの元へと再び足を進めようとすれば、ふと視線に気が付く。

月亮皇国城の、屋根の上。あんなところに立つのは桃叔父さまくらいね。


目の紋様のある特徴的な布面を顔の前に掛け、頭の左右から伸びる、象の牙のような角。そしてお父さまとよく似た深い紫色の髪。


「見送りですか……」

範葉が淡々としているのは、武官としての任務中だからか。それでも桃叔父さまが見送りに来てくれるのは何だか嬉しそうね。

しかし……桃叔父さまも妖魔族なのに……何故こちらで見送りではないのだろう?別に妖魔族の遣いと顔を合わせても問題ないわよね?


――――なのに、変なの。


お父さまたちが見送ってくれる中、私は範葉と共に迎えと合流した。


遣いの青年は一瞬桃叔父さまがいた方向を見ていた気がするが、すぐに私たちに視線を戻す。


「お迎えに上がりました。月絲怡ユエスーイー公主。地角ディージャオと申します」

「よろしくお願いいたしますね、地角」

地角は頭の左右からぐるりと曲がった角が生えているものの、金色の髪をひとつに結って肩に垂らし、髪と同じ色の瞳を持つヒト型の妖魔族である。それから……その両手の指にはびっしりと指輪が嵌められている。もしかしてチャラい……いやいや、あれはもしかしたら、魔封じの鎖かも。強すぎる力を持つ妖魔族は、時に装飾具や面で能力を抑えると聞いたことがある。この男は相当強い妖魔族と言うことだろうか。


「では中へ。同乗者もおりますが……お構いなく」

え……?普通公主を迎えに来たのなら、公主と、ほかにいるとしても供の侍女では……。

しかし供の侍女を妖魔帝国側が用意してくれたとして……『同乗者』と言う言い方が気になるのだが。


そして地角が馬車の扉を開ければ……いた……!


「嫁、初めまして……っ、わ、私は……『まぁ、あなたが私の夫の飛雲ですね』そ……そうだ……っ、嫁……っ!」

え……?ひとりお人形さんごっこ……!?

馬車の中の座席では、頭をすっぽり覆うフルフェイスお面を被り、棒状の何かを持ちながら、ひとりお人形さんごっこに興じる……男がいた。

布面を顔に掛けた妖魔族はよーく知ってるけど、フルフェイスは……初めてね。


しかもあのお面の模様……前世で言う饕餮タオティエ紋と言うやつでは……?タオティエとは、読んで字の如く、饕餮とうてつのことだ。


しかもフルフェイスお面の上からは、明らかに人間ではない立派な角が伸びている上に……後ろからもしっぽが生えている。妖魔族であることに代わりはないのだけど……このひと。いや、この方さっき『飛雲』と言わなかったか。


「あの……」

「は……っ」

フルフェイスお面のその妖魔族の男は、相当ひとりお人形さん遊びに夢中だったのだが、私の声に驚いたように肩をびくんと震わせ、そして固まった。


「リアル……嫁――――っ!?」

ひぃっ!?いきなりびっくりしたぁっ!!?


てか、叫んだ拍子に拳に力を入れたもんだから、あなたの棒人形……もとい嫁人形がぐわしゃりと破壊されたけど――――っ!!?


「あ……嫁……」

そしてそのことに気が付いた男が、悲しそうに掌を開き、棒人形の残骸を見やる。


「あのー、そろそろ出発しますので」

地角は地角で鬼か!?これ、確実にアンタの上司……いや、主君では!?さすがに馬車の中に乗せて来たのだから知ってるわよね……っ!?


「これで出発するので?」

ほら、範葉は範葉でめっちゃ訝しげな視線を送ってるわよ!?


「……嫁……」

うわぁーっ!この男はこの男で悲愴感マックスなんだけど……!私、この中に乗れと!?


「仕方ないなぁ……マオピー、こっち来て」

地角が誰かを呼んだ……?てか、マオピー!?マオピーって何!何かかわいいのだけど!


そしてとことことこちらに来たのは……もっ、もっふもふううぅっ!それはまさに、真っ白なもこもこ毛皮マオピー!しかし私には……着ぐるみを着たプラチナブロンドに黒い瞳のイケメンにしか見えないのだけど!?何あれ!あれも妖魔族なの!?そう言う妖魔族なの!?


「主君」

そしてマオピーがどんよりと沈む男に手を差し伸べれば。


もふり……


もふもふ……


「もふっ」

お面を被っていると言うのに、男が嬉しそうにしているのが分かった。てか……もふもふで癒されるとか。お面ごしでもぽわぽわ気分伝わってくるとか……!しかもひとりお人形さん遊びしてたし……!


――――一番かわいいのは、恐ろしい顔をしていると噂の……妖魔帝飛雲ではなかろうかと、ふと、私は思ったのだった。


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