第7話
心地の良い風が窓から吹き込み、程よく涼しい肌触りを感じる。
快晴の下、日差しがこれでもかと眼下の大地を照らしている今日この頃。
これから始まる如月高校での授業に挑む決意を抱きながらの翌日からの登校。
相変わらず反応が悪い同級生共に多少の居心地の悪さを感じたが、あくまで多少だ。
どうも俺は俺自身が思っている以上に他人への関心は薄いようで、半ば諦めの境地へ至っている手前、結構どうでもよく思っている次第である。
そう、他人と浅くも付き合わず、当然深くも関わらない。
中学時代の大半を事務的なやり取りのみで凌いだ経歴は伊達ではないという事……言ってて悲しくなる奴だこれ。
まあ、ともかく周りのことは一先ず置いておく。
今現在、高杉 優里先生の座学授業を受けている。
小柄な身体で一生懸命に電子黒板に教鞭を突きながら授業をしている姿は正直可愛いと思います。
普通の高校なら役員を決めたりするのだろうけど、この学校にとって一般教科を含めた如何にも高校らしいイベントの悉くは二の次。
あくまで学校としての体面を補助する為の要素でしかないのである。
で、肝心の授業風景だが。
例えば数学。
「―――そうですねぇ。こちらの問題なんですが、柳生さんに解いて………」
「………」
言い終わる前に電子黒板の前まで行き、求められていた回答を書いてさっさと席へと戻る柳生 刹那。
高杉先生への一瞥もなく、正解かの確認もしない。間違っている訳ないですよね?と言わんばかりに躊躇がない、それはもう流れる様な動きだった。
「…………うぅぅう」
頑張れ、高杉先生…っ!
続けて現文。
「で、では~。何故、どうして虎になってしまったのか。その時の彼の心情を読み解くと何が見えてくるでしょうかぁ……八坂くんは、どう思われますかぁ?」
数学の時の傷はまだ塞がっていない。
だけど、頑張らないと!何故なら私は先生なんだから!
とでも思ってるんじゃなかろうか?気合を入れ直したかのように八坂へと当てた高杉先生であったが。
「虎は強い。だからなった」
考える素振りもなく気だるげに答える八坂。
「………えっと。こ、この作品を読んでいたら分かると思うんですけど、そういう趣旨のものではないと言いますかぁ~…」
「知らねえよ。聞いちゃいなかったしよ」
「えっ……」
教科書は開いているだけ。
そもそも授業に取り組んでさえいないという事実にショックを受けて固まってしまう高杉先生を傍目に、柳生が嘲笑を零した。
「……ふっ、ただの馬鹿ね。ウルトラお馬鹿さん」
「は?聞こえてんぞ陰険女がこの野郎ゥ…!」
「……………煽る者と、授業をまともに受けん阿呆共が…!!」
二日目にして再び両者へ拳骨が落ちる。
初日の言葉通り背後に紅崎先生がいると言うのに、南無三。
「……高杉先生?大丈夫ですか?」
「………も、もう香坂くんだけですぅ!香坂くんにしか当てませんー…!!」
「え」
涙目になった高杉先生は子供の様に声を荒らげた。
こうして高杉先生は俺ばかりを当てるようになりました。
いや、なんでこうなったし。
※
午前中の一般教科の時間は終わった。
午後より始まるのはいよいよ能力者訓練カリキュラムである。
一体どんな事をするのか?あの魔法の様な力にも触れていくのか?
そんな期待を抱いていたのだが。
「15週目ェ!さあ走れ、残り5周で折り返しだァ!」
体操着に着替えさせられ、グラウンドを延々と走らされていた。
「い、一定速度を維持したまま……きっつ!」
思わずそう口零してしまうが現在周回遅れである。
八坂と柳生は既に20周目に突入している。
差が、開き過ぎている…!
「能力者の基本とは!知識ではない、技術でもない!即ち持久力!体力だ!」
自分達とそう変わらない年にしか見えない紅崎 茜先生だが、何故か俺達と同じ体操着を着た姿でグランドの端まで届かん程の大声を響かせる。
「魔石と適合したことで常人と比べ物にならない程の身体能力を手にした筈だ。それがどれほどか、実感出来ているのではないか!?」
それは、分かる。
途中休憩もない、水分補給もなく15周目。
以前までの俺ならまずこうやって走っている体さえ保てちゃいない。
「だが、だからと言って鍛える事はしないでいいと、そう思うか?だったらそいつは大馬鹿者だ!スポーツ競技をドーピングで不正しようとする愚か者と同等だ!!」
そして紅崎先生は同程度のペースを保ったまま走っている八坂と柳生を指す。
「授業態度は最悪だが、能力者となる事に対しては真摯なものだなあいつらは……いいか香坂!これが鍛えていた者とそうでない者の差となる!超人になろうと所詮は基本スペックが上がっただけ、当人次第では更に磨き上げる事が出来る!いいな?忘れるな!!」
「ふぅ……ぐっ!」
「貴様の息遣いも聴こえているからな!返事だ!叫べ香坂ァ!!」
「っ!……は、はい!!」
「よし!時間は有限だぞ香坂。貴様には特別に追加で付き合ってやる。奴等に少しでも早く追いつてみせろ!プラス10周だ!!」
「えぇえ!?」
「えぇじゃない!全て肯定だ!返事は!?」
「は、はい……っっっ!!!」
ここ、地獄か……!?
し、死ぬ……と思ったけど、何とかなるもんだ。
俺は崩れる様にグラウンドへ仰向けに倒れ込む。
ペースが乱れる度にプラス10周され、最終的に70周とかいう頭のおかしい周回数となっていた。
終わる頃には外も夕焼けを通り超して暗みがかっている。
人気がないうす暗いグラウンドの静けさが、気兼ねなくぶっ倒れる事も出来るから今は心地がいい。
それと、あいつらはとっくに終わらせて先に帰っている。
現時点の差を明確に見せ付けられたという訳だ。
「……まあ、けど今は……走れたんだ…マジか、俺…」
休憩も水分補給もない、ぶっ通しだ。
絶対途中で倒れると思ったがそうはならず、死ぬ程キツイ事に変わりはないが性根尽き果てんと言わんばかりに我武者羅に走った結果、俺は成し遂げる事が出来たのだ。
「筋肉痛とか……あるんかな。これ…」
身体に掛かる反動が変わらないのなら明日の授業は無理。絶対動けにい…。
「よくやった香坂。まさかヘコたれずに走り切れるとは思わなかったぞ」
「遅れる度に追加しといて何て事言うんですかね…」
「ふ、それもそうか。すまんな、忘れてくれ」
すぐ傍に紅崎先生が歩み寄り、膝を抱えながらしゃがみ込んだ姿でこちらを見下ろす。
つい先ほどまで怒声を上げていたとは思えない程に穏やかな声だった。
こうやって見ると美女と言うより美少女だよなぁ先生。
ツインテールが似合う年上の女教師とか希少価値だろ…。
「……これで年上か。凄いな顔面偏差値」
「何?顔面…?」
「いや、すみません。ついポロっと」
「……本当に大丈夫か?頭は正常か?」
「正直言うとちょっと変かもしれないですねぇ…」
「おいおい…」
「仕方のない奴だな」と言いながら立ち上がると、右手を差し出してくれた。
俺はその手を取ろうと……いや、そういえば掌まで汗掻いてる。握っていいのかこれ。
「………どうした?」
「あ、えーと……掌も汗で濡れてるから、気になったと言いますか」
「は?そんな事をか?…まったく、気を遣う余裕があるとはな」
そう言いながら俺が出しかけていた手を強引に握ると、そのまま一気に俺の身体を立ち上がらせた。
力すごっ…って、先生も能力者だもんな。これくらい何てことないか。
「確かに汗で全身ビショビショだ」
手を握ったまま間近で全身をくまなく、下から上まで視線を動かしている。
そして最後には目が合うと、優し気に目を綻ばせながら笑顔で言った。
「お前の努力の証だな」
ちょっと!鬼教官タイプの美少女が急に気を許した様な笑顔を浮かべてそんな事を言うのは…何かこう、反則だろ!色んな意味で―――!!
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