第12話・茜と刹那
模擬戦の準備を待ち侘びる中で、柳生 刹那は眉を顰めたまま未だ誰もいない演習場を眺めていた。
「どうした柳生。落ち着きがないな」
「はい?そんなこと……」
隣に来た紅崎 茜の視線が刹那の足元に向けられる。
足先でトントンと地面を叩ながら、腕を組む姿は傍から見ればどう思われるだろうか。
図星を突かれたかのような気恥ずかしさを感じ刹那は顔を逸らす。
「………質問があります」
「聞こうか」
顔を茜から逸らしたまま言葉を続けた。
「この模擬戦、先生はどのような考えがあっての事なのでしょうか?」
「考えとは?」
「端的に言うと、何故私と亮く……ではなく、あの男と香坂君だったのか」
「熟慮の末、これが最善だと思ったからだ」
「……最善…ね」
顔は向けず、しかし感じ取れる。
柳生 刹那はその言葉に納得していない。
茜は苦笑いを浮かべる。
彼女もそうだが、八坂 亮もそうだ。
互いをなんやかんやと嫌い合い罵っている様で結局、その実それだけではない。
「香坂では力不足だと言いたいようだな」
「そうですね」
「そうか。これはまた、はっきりと言う」
「先生しかいませんので」
逸らしていた顔を再び演習場へと向けた。
茜から見える刹那の横顔に感情的な起伏は窺がえない。
「あいつの事を知っているのは私です」
「………」
「あいつのどうしようもない所、無遠慮な所とか下品な口調とか、ほんとに嫌。それにあいつは……」
組んでいた右手が制服の袖部分を力強く握った。
未だ言い足りない、八坂 亮という男に対する言葉を無理矢理押し留める様に、流石の彼女とてこれ以上は余計だと思ったのだ。
切り上げないと延々と言い続ける事が出来るのだから。
「……あいつは、強いんです。私は見てきましたから」
刹那はただ、それだけを言いたかった。
何やかんやあっても幼馴染。家同士の付き合いも長く、深い。
それと何だったら刹那の兄と亮の姉は付き合っているのだ。
機会があれば何かと互いの顔を見る事だって多い。
だからこそ、魔石との適合検査が行われる前からずっと続けてきた鍛錬を、家から課せられた教育の数々を受ける姿を見かける事も多かった。
自身と共に頑張ってきた姿を幼少の頃から見ていたのだから
「香坂君が頑張っていた姿は……まあ、嫌でも目に入りますから分かります。ですがそれだけです」
「ふむ」
「それだけで、あいつと対等になれる訳がありません。掛けてきた時間、その質も、全然違う」
能力者という目標にひたすら突き進む。
素行の悪いただの不良ではない事を刹那は知っている。
「……」
「何です?」
「いやに情熱的だ」
「五月蠅いです。後、絶対にあいつには……八坂 亮には言わないで下さい。言ったら教師とて許しませんから」
「分かっているよ」
「………絶対に許しませんからね?絶対に、本当に絶対許しませんから」
「念入りだな」
「ふん」と鼻を鳴らしながら刹那はその場から離れ、少しだけ茜との距離を空けた。
これ以上話すつもりはないと、そういう意思表示なのだろう。
ただ直前の発露と相まって、妙にその動きが可愛らしく感じる。
八坂の事を無意味に嫌っている訳ではない事も知れて安堵の感情が湧き上がらせつつ、茜は少しだけ落ち込んでしまう。
(2か月経ってもなお私は、彼女のそんな風に考えている感情を引き出すが出来なかったのだな……未熟が過ぎる)
その時ふと、香坂ならこういう時はなんて言葉を掛けてくるだろうと考えた。
きっと慰めてくれるだろう
彼ならそう…「俺と3歳くらいしか離れてないのに社会人やってる時点で立派ですよ。悩みが大人過ぎますって」辺りだろうか。
「―――いかんいかん。放課後の追加訓練やら勉強やらで一緒にいた時間が長かったせいかな」
茜の中での香坂 永斗という男の解像度が妙に高い事への自覚はない。
それこそ年が近い、実際なら先輩後輩であってもおかしくない位だ。
単純な生徒と教師と言うよりも、友人の様に永斗を想っている事には意図的に目を逸らしているのだった。
まあ、状況が幾らか落ち着いた時には多少その距離感を近付けてもいいかもしれない。
永斗とのご褒美の約束もちろん覚えている。だからその為には、まず
「やはり、言われているぞ香坂。これはもう、お前の短期間の足掻きがどれだけの物なのか。見せ付けないと引っ込みはつかん事になるだろう」
この状況を作ったのは茜自身であるのだが今となっては些事だ。
彼女は楽し気に一人呟く。
「私が見てやったのだ。それなりには示せよ、香坂 永斗」
近くで彼を見てきたのだ、それこそ刹那が亮に対するそれと比べれば浅いものであるだろうが、その努力に嘘はない。形ある、歴としたものだ。
ただでは終わらない、そう言い切れる確信が茜にはあった。
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