第13話・VS八坂 亮 前編

専用ロッカーから出た俺の視線に映ったのは、グラウンド・演習場を囲うフェンス越しに何故かそれなりにいる2年や3年の先輩方の姿だった。


「お2人とも~!がんばってくださ~い!」


流石に演習場内にいるのは紅崎先生や柳生だけ……あれ、高杉先生何でいんの?

小さい身体で飛び跳ねながら両手を振る姿に苦笑いを浮かべてしまう。


「人が集まる時って一体どこから他学年に話が伝わっているのやら…」


それに今はまだ授業中の時間じゃないか?とも思ったが、2年からは基本午前中授業のみらしいのでそれで時間が空いた人達なのかもしれない。


見学者の数は八坂姉と柳生兄が見せたあの模擬戦程ではないが、その身内である八坂が戦うのだ。

こうやって見に来る人がいる程度には注目されていてもおかしくはない。


だが、そこで俺は勘違いしてはいけないだろう。

間違っても、そういった視線の矛先が俺に向けられている訳ではない。

メインはあくまで八坂 亮。俺は何の経歴もない、ただの同期である。


けど、それで蔑ろにされるのも頂けない。

多少は考えてしまうものだ。

八坂への視線、その一握りでいい。

俺が1人占め出来るのであれば、とても気持ちがいいんじゃないかって。


八坂からの認識を改めさせるには、どちらにしろそこまでの戦いをしなきゃならないんだ。


「…気張れよ、俺」


既に定位置に立ち待っている八坂の姿を一瞥し、俺もまた決められた位置にて足を止め八坂と向き合った。









「では、審判は私、紅崎 茜が務める」


一定の距離間のまま対峙する香坂 永斗と八坂 亮の間に紅崎 茜が立った。


兵装解放ウェポンリリース基本兵装ベースウェポンまで使用可能。最終的な勝敗の有無も私が裁定する事となる」


対戦する両者に視線を送りながら言葉を続ける。


「これは現時点でどこまでやれるかを測る意味合いが強い。今後の基準値となるだろう。なので貴様等、全力を出せよ。足掻き、抗い、互いが今持ち得る技の全てを引き出させろ」


中々に強引な言葉だ。

無茶する事を許容する、つまりは何やってもいい位に考えている茜らしい言葉でもあった。


だが、そうでなくてはならない。

才能溢れる生徒と、時間内外問わず2か月を死ぬ気で努力した生徒。

全く違う方向性を持つ2人が見せるぞれぞれの戦い方を、茜は誰よりも楽しみとし、期待するのだ。


「では、時間だ」


表情を引き締めた両者を見て頷き、茜は離れる。

そして2人の邪魔にならない位置まで移動した後に、彼女が掲げた右手が勢いよく振り下ろされる事となる。


「――――模擬戦。開始!」


それが開戦の合図。

八坂 亮と香坂 永斗、ほぼ同時のタイミングで2人は駆け出した。





まず、相手を己の間合いに捉えたのは八坂 亮であった。

その両手に握るのは身の丈に迫る170cmの刀身を持つ大剣。


AW(アームズウェポン)クレイモア1式マイルド。


対キメラ用に開発された能力者専用装備、その旧式となる1式から殺傷能力を抜いた訓練用の兵装である。


魔石との適合により上昇した能力者の高い身体能力、それを基準とした重量と耐久性を考慮して設計。

そして能力者が使用できるアーツの発動媒体としての役割を持ったのがAWだ。


AWの中でも間合いと一撃の威力に秀でたAWクレイモア1式マイルド―――以後クレイモア1式と略称―――である為に、

汎用性を重視したAWロングソード1式マイルド―――こちらも以後ロングソード1式と略称―――を選んだ香坂 永斗に対し機先を制する事が出来る。


(時間はかけねぇ。速攻で……!!)


横に構えたクレイモア1式を勢いのままに薙ぎ払う。


(ぶち当たるか、無様に体勢を崩すか……どっちかだ!)


相手もまたこちらへと駆け出し、前方へと勢いづけている。方向転換は容易ではない。

この薙ぎ払いに対しては上下のどちらかにしか避けようがないという事だ。


直撃すればそれでよし、クレイモアの質量を諸に受けてただでは済むまい。

避けれたとしても一気に急接近しながらの一撃だ。否応にも体勢は崩せると、八坂は予想した。


瞬間、衝撃。火花が散った。


「っ!?」

「―――ちぃ!」


クレイモアは永斗を捉えた。

しかし直撃ではない。彼の身体は吹き飛ばされずに、その場に何とか踏み止まっている。


永斗はロングソード1式の剣腹を盾にクレイモアの一撃を受け止める。

彼は亮の予想通り回避が間に合わなかった。


故に、緊急的な防御行動。

咄嗟にロングソード1式を差し込む程度には反射神経があるのだと見せ付ける形となる。


「はっ、どうだ八坂。こうやって踏み止れる程度かよお前の一撃は」

「…あ?」


挑発するかのように笑う永斗に苛立ちを覚えた。


そんなもので、得意げになるものならば、それはふざけている。

踏み止まった様に見えるこの状況、それは束の間であった。


「生意気だってんだよ!その程度で!」


受け止めた永斗の防御ごと、そのまま振り切る。

鍛え抜かれたフィジカル故に出来る力技であり、今度こそ永斗の身体は真横へと吹き飛ばされた。


「!?この、馬鹿力め―――!」

「馬鹿力上等、パワーこそが全てってなあ!!」

「開き直るかっ!」


一度抑え込んだ為の余裕か、何とか受け身を取りながら体勢を取る永斗に対し亮は追撃を仕掛ける。

クレイモア1式を背負いながらも見せる高い速力は吹き飛ばされ距離が離れた永斗へとあっさり追従する程であった。


(クレイモア1式…重量級のAWでここまで軽々と振り回せるのかっ!)


追従し、追いついた瞬間に繰り出される斬撃の数々。

永斗がロングソード1式を振るうかの如く軽々と扱うその様を見せつけられ、苦々しく表情を歪める。


「重装備の癖に、身軽過ぎるだろ!」

「何だ香坂よぉ、あれだけほざいた奴が弱音を出すか。てめえの意気込みはその程度かぁ?!」

「っ!……な訳あるかよ!」


初撃を受け止めて分かった。

やはりまともに亮の攻撃を防いではダメだ。

何度も多用すればロングソード1式はともかく自身の腕がイカれてしまう。


受け流せ、回避しろ。

亮が振るうクレイモア1式は確かに速いが、それでもやはり大質量の大剣型である為に、軌道を読む事自体は難しい訳じゃない。


合間に一撃を刺し込み、振り切った直後を狙う。

大型武器相手にはそれがベター、本来なら軽装備で動き易い方が有利となる。


思考する最中も戦闘は続く。

そして一つの隙、亮がクレイモア1式を振り上げ、永斗はその攻撃を回避した。


「ここなら!」


隙を見つけ、ロングソード1式を叩き込んだ。

胴体を狙った一撃、これは亮も避け切れまいと確信する。


そう、本来なら。


だが相手は八坂 亮である。

己の不利と相手との相性差が分からない男ではない。


「甘えよ香坂!」


より身体を捻り、そのまま全身を回転させた。

そして戻す刀で繰り出された一撃は永斗のロングソード1式を弾く。


「っ!?」


永斗は驚き、目を見開く。


対応された。

亮は振り上げた勢いそのままに身体を回転させ、上段からの斜め斬りの形でクレイモア1式を繰り出してきたのだ。


体勢整えて間もないタイミングに、クレイモアの刃が再び降り掛からんとする。


「牽制するっ!」


咄嗟に地面を蹴って後方へと全力で下がる。

距離を空け相手の動きを制する為に、バックルに収めた大型拳銃を左手で引き抜いた。


AWハンドカノン1式マイルド―――以後ハンドカノン1式―――。

片手拳銃タイプでありながらも50口径からなる単発の威力が高いAWである。

当然模擬弾である為に殺傷能力はないが、これがもたらす衝撃は直撃すれば馬鹿にはならない。


「これで……!」

「いいや、遅いなぁ?動きがさあ!」


ハンドカノン1式のトリガーを引くこうとするが、

しかしその動作さえ許さない程に亮の接近を許していた。


八坂 亮の動きが目に見えて更に速まったのだ。


「加速した…!?」

「教材通りに倣うだけじゃ分からねえ!能力者っつうのはてめえが思っている以上に動けるってだけの話だ!」

「くっ―――」

「まだまだお勉強が必要なんだよ!てめえはなあ!」


クレイモア1式が縦一文字に振り下ろされる。


「まだだ……っ!」


直撃する、だが永斗はそれでもと動く。

技術や基本能力で劣るのは重々承知だ。そんな物は嫌でも理解させられている。

だが、その道理は認めない。この不条理には抗ってこそ。


「……一方的にやられるか!」


目前までにクレイモア1式の刀身が迫るが、永斗は構わずにハンドカノンの引き金を引く。

銃声と衝撃、それと同時に永斗の身体は再び吹き飛ばされた。


今度は受け身が取れない、防ぎ様のない一撃だった。

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