第11話・戦闘準備

模擬戦の初戦に俺が指名された。

相手は八坂 亮。背丈は俺とそう変わらない赤髪の少年。


そして俺が関わろうとしている1人である。

まさか紅崎先生、この機会を奴との接点に変えろとでも言いたいのか?


「……俺は、この陰険女と最初に組まされると思ってたんだが」


無言で紅崎先生を見据えていた八坂が言葉を漏らす。


「不服か?それとも何だ、あーだこーだとこれまで言っておきながら柳生が相手ではないと不満か?」

「はっ、そうじゃねえよ。俺はただ…」


紅崎先生の挑発染みた言葉を鼻で笑った。

八坂は俺を見る。いや、睨みつけていると言ってもいい。


「先生よ。あんたが贔屓してる奴でも俺は遠慮しないぜ?身の程を分からせてやるのは必要な事だよなぁ?」


隠さない堂々とした敵意。

贔屓…そうか、そう見えるか。第三者から見たら。

さしずめ俺は、教師に気に入られる為に媚売ってる何でもない奴、とでも思ってるのかもしれない。

まあ、紅崎先生や高杉先生と一緒にいる時間が多いのも確かだが…座学の中身で質問があったりとかで。


とはいえ、それを第三者から好き勝手に思われてるってなると無性に腹が立つのも事実である。


「―――別に。お前がどうしようもないだけだろ?」

「あ?」


人を舐め腐った態度には虫唾が走る。

だからつい、思わず言葉にしてしまう。


けど、止めるものか。言ってやれ。


「お前1人で世界が回ってるとでも思ってたか?ここ一応学校だぜ?協調性ねえ奴がひたすわ悪目立ちしてるだけだってのがお分かり?」

「てめぇ……」

「言ってやるよ、八坂 亮。こちとら媚売ってんじゃない。俺はここまで俺なりの努力をして来たつもりだ。だからさ」


正面から八坂と向き合う。

険しい表情を向けてくるが、目を逸らさない。逸らす理由がない。


「この模擬戦で証明してやるよ。一般ピーポー上がりの平々凡々の能力者に、泣きっ面見せる準備をしとくんだな。不良のぼっちゃん?」

「――――ぶっ飛ばす」


これでもう引き返せない。

八坂は此方の言葉に乗ってやる気を出した筈だ。

俺をただぶちのめす為に、きっと手を抜く事はない。



……うん。ちょっと舌が乗り過ぎたかも。









グラウンド中央。演習場。

そこに併設されている専用ロッカーにて、俺と八坂は黙々と装備を整えていた。


能力者専用アーマー。『ガイカク3式』

を訓練用の為に使用している素材を安価なものへと変更、コストダウンを図ったマイナーチェンジ版だ。

上半身は胴体、両腕は肩と二の腕を守るように装甲が付いており出来るだけ軽量に、人の可動領域を邪魔しないように調整された防具である。


用意されているアンダースーツの上からこれを纏い、身体にフィットしているのかを確認する為に軽く動いてみる。


「……悪くない。こんな感じなんだ、これ」


アーマー自体の重量は能力者となった俺にとって大したものじゃない。

むしろ下手な衣服を着ているよりも軽く、動き易い。


「兵装もよし」


腰に巻いたバックルに長剣を1振りと拳銃を1丁ずつ下げる。

これもまた訓練用で刃が潰され、使用される銃弾も模擬弾で万が一はない。


以前見た先輩達の様に炎やら風やら巻き起こしてたら、それ自体がやばいんじゃないかって話もあったな?

まあ、それも大丈夫だろう。そもそも俺達はそこまでは習っちゃいない。

仮に出来たとしてもちゃんとセーフティーはあるんだ。今回はその辺りの説明までは省くがな。


「…………」


準備が終わった頃に八坂と鉢合わせる。

既に着替えは終わり、その背には身の丈程の大剣が収められていた。


「……てめえがどこまで出来るか知らねえが、俺は負けねえ」

「言ってくれるな。同じ1年なのに」

「そうだな。だがこれは過信じゃねぇ、過言でもねえ。歴然とした事実だ」


俺とそう変わらない背丈、体型は細見であるように見えるがしっかりと鍛え込まれた肉体。

整い過ぎて中性的とも言える顔立ちにしても、こちらが圧しこまれると錯覚する程の凄みを纏わせていた。


「ポッと出の頑張りでどうにか出来ると思うなよ。有象無象でも構わずに全力でやってやる」


すれ違いざまにそう言い残し、八坂は先にロッカーを出た。


「…………はぁ」


張り詰めていた様な空気は彼がいなくなる事で霧散した。


その場に縛られた様なプレッシャー。有無を言わさぬ言葉。

額から頬に流れる汗を拭う。

無意識に止めていた呼吸を再開させる。


「……やべえなあいつ」


戦わずして実力差を分からされた様な感覚。

気持ちで負けそうになるのはやはり、屈辱だ。


だがそれを俺は否定しない。その現実から目を背けてはならない。

スタート地点で既に遅れていた。何よりその才能でさえ、恐らく俺は届かない。


とはいえ、諦める理由にもならないのもまた事実だ。


「戦って、その差を分からされようと……俺はそれを覆す」


口に出し言霊とする、ただの願掛けだ。

だがこれこそが、俺の偽りない気持ちと決意だ。


後は飾り気のない本音を一つ。


有象無象。その言葉を撤回させる。

たった今、それも俺の目的となった。







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