第10話
爛々と照らす太陽の下に、それなりに暖かい気候は過ごし易いと思いつつも、少し激しい運動をすれば汗ばむ程度には全体の気温も上がっている。
時間帯にして午前8時を回った頃。
こんな時間帯にグラウンドを走っているのはただ一人。
誰もいない中で日課のジョギングを兼ねたグラウンド50周の最中だ。
「―――っ」
一定の速度を保ち、息を乱さず、走るフォームは常に維持したまま。
ただし速度は100メートル換算で5.2秒。
更に言えばグラウンドの広さは演習場としての目的もある為か、かなり広い。
一周にして凡そ800m。これは能力者の使用を前提とした広さ。
そしてここを50周走れば40㎞。100メートル5.2秒の速度を維持出来れば大体2時間10分程で走り切れる。
落ち着いて考えてみれば大分頭がおかしい。
だがそれはただの人間であった場合の話である。
能力者たる者、その身体能力を活かせばこれくらい走って見せろと言う話になる。
これくらい朝飯前でないとキメラ相手に戦場を駆け回るなんて事は出来やしないとは紅崎先生の言葉だ。
「はぁ……はぁ……はぁ」
45周を回った辺りで、既に息が上がる。
これでも足りないのか……と言いつつ、本格的に始めたのは2か月前からだ。
紅崎先生のお願いから、既にそれだけの時間が経っている。
思えばこの2か月はただ己と向き合い、鍛える為の時間に費やしていたと思う。
持久力を鍛える為に始めた早朝の日課としたこのグラウンド50周は、まず起床出来るまで紅崎先生の手を借りてしまっていた。
所謂モーニングコールだ。早朝5時だと言うのに「私もそれくらいには起きてるから構わんよ」と嫌な顔せずに承諾してくれた事には幾ら感謝しても足りない。
そして最初の数週間は起こすばかりか、一緒に走ってさえくれた。
今にして思えば、先生が一緒に走ってくれたからこそ、途中でマンネリによる挫折もせずに続ける事が出来た。
俺が幾らかペースを維持出来る様になる頃にはモーニングコールや併走がなくとも1人で出来ていたし……ここまでの過程をもしかしたら見越していたのかもしれない。
さて、これも日課として自身のルーチンに組み込めさえすれば、次に必要なのは能力者としての座学知識だ。
普通ならばこれも、これからの授業の中で徐々に学んでいく事なのだから、そんなに慌てる必要はない。
だがそれでは遅い。俺には目的がある。
八坂 亮と柳生 刹那、あいつらに追従しなければならないという目的が。
知識面に関してだが、これは高杉先生も協力してくれた。
キメラや能力者全般は知識面でも紅崎先生に頼る事になると思っていたのだが、高杉先生もまた知識として精通しているらしく、家でも予習が出来る様に分かり易くまとめた解説メモ付きの教材を準備してくれた。
「香坂くん、頑張ってくださいっ。私なんかでも出来る事があれば何でもやりますからねっ」
ふんすとやる気とエールを送るその姿はとても可愛らしかった。
けど高杉先生、これでも三十路近いもんな―――。
「香坂くん?」
「あ、はい」
妙に圧のある笑顔を向けられ、流石に察した。
この時はいらぬ虎の尾を踏みかけていたのだ。
あの人何故かナチュラルに人の心読むんだもんなぁ…気を付けとかないと。
さて、これで俺の一日のルーチンが完成した。
早朝起床からのグラウンド50周、通常の授業を挟み、帰宅後は高杉先生から貰った教材で予習。
当然、通常授業では一般教科、能力者としての必要な座学や訓練は課せられているので最初は危なかった。
幸い筋肉痛なんてものにはならなかったけど、精神が追いついてこなかったのだ。
自らリラックスする時間さえも勉強につぎ込み、早朝起きれない為に早くに就寝する。
我ながら切り詰めた事をやっていると思うが、それでも続ける事に意義を見出していた。やめる訳にはいかなかったんだ。
とはいえ、途中からは必死だった気持ちにも余裕が作れるようになった。
最初こそ紅崎先生の為にというそれだけを理由に始めたものだったけど。
続けてみるとまあ面白いものだ。
身体能力は鍛えれば鍛える程に向上する。
能力者として基本スペックが大きく上がった事で、身体能力の上昇幅も半端なくなったのかもしれない。
徐々に息切れするまでの距離が伸びてきており、これからも頑張っていけば50周を難なく走り切るようになる事も不可能ではないと思う。
座学に関しては俺の人生に関わる事だと考えながら取り組んだ。
勉強しなくて赤点を取っちゃった、とはまた次元が違う。
文字通り俺がどれだけ吸収出来ているかで俺の中にある能力者としてのレパートリーが増え、それに連なって生存率を上げる事にも繋がる筈だから。
3年もあるじゃない。3年しかない。
此処にいる誰もが必死にやっているのだから、猶更俺もこれに取り組まなければならないんだ。
それで2か月。これがあっという間だった。
だがお陰で幾らかはマシになったと思う。
その変わり、やはり件の2人に話し掛ける余裕が全くなかった訳だが…それは慌てなくていい。
何もなかった俺が話し掛けても意味がないのだ。
必要だった。能力者となる事へ真摯に向き合う為の意思と形が。
あいつらと同じ土俵に立ち、同じ物が少しでも見れるようになる土台が。
今ならきっと、俺も怖気る事なくあいつらに関わってもいい筈だ。
※
「さて、実技訓練に関してなんだが、これから模擬戦も組み込んでいく事になる」
紅崎先生より訓練が次の段階に入る事を告げられた。
「八坂、柳生からすればやっとかと思っているのかもしれんが、これは従来よりも早い導入である事を言っておく。それだけ貴様等の基礎的な能力は高い。これまでの1年とは比べものにならない程にな」
八坂、柳生と視線を合わせつつ―――そして最後に俺とも視線が合った。
「……っ」
「え?」
気のせいかもしれないが、心なしか嬉しそうに見えた。
だが紅崎先生は特に気に留める事もなく話を続ける。
そして
「これまでの訓練と座学の成果として、早速模擬戦を行おうと思う。最初の組み合わせだが……」
それは俺にとって意表を突かれたものだった。
「香坂、八坂。最初はお前達からだ。現時点での2人の実力、私に見せてみろ」
八坂、柳生の2人は目を見開いた。
ああ。驚くのは、俺も一緒だ。
いや、先生………それはなくないですか…?
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