第15話

何とか繰り出した必殺の一撃。

ロングソード1式によるスラッシュは、間違いなく八坂の脇腹を捉えた。

ぶつけた感触、そして切り抜くまでの1分1秒の瞬間までに俺の全てを出し切ったと錯覚する程に無我夢中で、全身が沸騰する様な高揚感で常に心臓が鳴りっぱなしだ。


「………………あぁ、ク…ソが…ま、だ……まだ……っ!」


途切れ途切れに吐き捨てる八坂の言葉が背後から聴こえる。


ああ。まだ続けるつもりか?

身体は未だ熱を放つ、この昂りを感じる間なら何時までも付き合ってやる。


そう、言い放ってやりたかったけど。


「――――っ」


身体が重い、足が動かない。

やばい、と何とか体勢を整えようと意識する前にグラつき、地面に躓く。

俺の意思に反するように、身体は力なく膝を着いてしまった。


何だ、この疲労感。

ついさっきまでの熱気が、万能感が全部、徐々に抜けていくようなこの脱力感は


「―――兵装解放は強力だ。基本兵装であろうと、その一撃を何倍もの威力に引き上げるのだから」

「ぇ……」

「だからこそ、それ程の大技を、使い慣れぬただの学生がほぼ同時に2回発動なぞすれば…1回使うのとは訳が違う程に多大な負担が掛かる訳だ」


冷や汗が止まらない。汗を拭うだけの動作さえもしんどい。

膝を着いた体勢のまま固まっていた俺の傍に聞き慣れた声と共に人の気配が近づく。


俯いた俺の視界の端に映るのは長い黒髪と華奢な身体を身に包んだ軍服姿。


「紅崎先生……?」

「無茶したな、香坂。だがこの戦力比でよくぞここまで立ち回った」

「……は、はは。そう…っすか…」


労いと、そして身体に感じる人の手の感触。

表情を見るだけの余力はない、今にも倒れそうな程にフラフラだ。


「力を抜くといい。今は、何も考えるな」

「……もう、いいんですかね…?」

「ああ。十分だ」

「…そう…じゃあ……いっかな…」


何を考えていたのかさえどうでもよくなり、直前まで抱いていた様々な感情もどこか遠い彼方へ飛んでいく。


もう限界だった。

気が付けば俺は、その場で崩れ落ちてしまっていた。









「―――――あれ」


ふと気が付けば、俺は白い天井を見上げていた。

これなんて知らない天井―――なんて事はない。ここは保健室か。

何度かバテて倒れた時にお世話になった場所だったから覚えてる。


「確か……俺は模擬戦で…」


モヤが掛かった様に直前の事が思い出せない。

八坂と戦う事になって、序盤から押されて、吹き飛ばされて、それで……いいぞ、思い出してきた。徐々にだが思い出してきたぞ。


「そうだ。一発決めてやってから、その後すぐに倒れたんだ…」


思い出し、それから頭を抱えてしまう。


確かに当てた。兵装解放して基本兵装・スラッシュを直撃させた。

それで、結果は?苦し気に吐き捨てる八坂の声は聴こえたのだから効いてはいた筈。

直接見て確認したかったもののソレも出来ず仕舞いだったので結局どうなったのかは分からない。


「え、勝った?負けた?けど俺倒れて……俺が先?あいつが先?」


ベッドの中で悶々として思わず布団の中で左右に転がってしまう中、唐突に保健室の扉が開かれる音が聴こえた。


止める動き、布団から顔を出して見てみると入ってきたのは一人の女性。

白のシャツに黒いデニムのショートパンツ。上から黒ジャケットを羽織った何とも大人っぽい恰好をしている。


「よう。起きたな」

「え、紅崎先生?」


気さくに手を振ってくれたのは私服姿の紅崎先生だった。


何で私服?というかツインテールも降ろしてるせいで一瞬誰だか分かんなかったんですけど。


「……何だ?そんなに物珍しいか?」

「いや、だって結構ガッチリ決めてる恰好じゃないですか。校内だとすっげー場違い感と言うか」

「似合わんか?」

「いえ、最高です。眼福です。ありがとうございます」


首を傾げながら問われるとYESとしか言えない訳なんですよねこれがな。

何て内心ほざきつつも両手をくっ付けて拝ませて貰った所「いや、そこまではいい」と少し照れていた。


拝まれるのに慣れてないのか。まったく愛い先生め。

まあ拝まれる様なシチュエーションも中々ないだろうけど。俺は今、凄く気持ち悪い事やってるんだろうな…。


「どうした?今度は妙に落ち込んでいる様に見えるが…」

「いえ、ちょっと…今後の紅崎先生への態度には気を付けようと思っただけです…」

「ほんとにどうした」


如何わしい目で先生を見る。ダメ。絶対。


妙に可哀そうな物を見る様な視線を向けられている事を自覚しつつ、ベッドから上半身だけを起こした。

こうやって見舞いに来てくれた紅崎先生だが、俺には聞きたい事があるのだ。


「あの、先生?聞きたい事があるんですが…」

「模擬戦の結果についてか?」


俺の言葉は予め予想出来ていたのだろう。

ベッドの傍のカーテンを引き、窓を開けながら紅崎先生は応えた。


窓から覗く空は既に暗い。

太陽もとっくに沈み切り、上空には幾多の星々が光り輝いている。


「……夜、だったのか」

「ああ。模擬戦を午前中から行っていたから……お前は8時間以上寝ていた事になるかな」

「思った以上に熟睡してやがる」


道理で頭がすっきりする訳だ。

慣れたつもりではあったけど、日課ルーチンの為に早起きを続けていたんだ。

模擬戦とは別に日頃の疲れも溜まっていたのかもしれない。


「……結局、どうなったんですか?」

「…そうだな、結果だが」


俺からの問いに紅崎先生は一瞬言葉を詰まらせた様に口を噤んだ。


その様子を見て、俺は察した。


「……八坂は踏ん張り切った。意識を落としたのは、お前だけだ」

「…………そう、ですか」


―――ああ、ダメだったか。


先生は明言しない。それも曖昧な言い方をしているが何てことない。

俺は負けた。全てを出した上で、倒し切れなかった訳だ。


「―――そうでしたか。いやー、参ったな。やっぱりつえーよ八坂は」


負けた事に対して、八坂に対して暗い感情が沸き立つ事はなかった。

どちらかと言うと、あれだけの啖呵を切った癖に結局敗れる事となった俺自身への情けなさの方が勝っていた。


「みっともない。俺はあいつに対して、結局口だけになったって事かよ…」


超えられない壁は超えられない。才覚は絶対。

努力の差は明確で、俺と八坂とでは、張り合う事さえも傲慢甚だしい。


これも、当然の結果だったという事だ。




「…分かり易い奴だ」


ポン、と紅崎先生が俺の頭に手を乗せてきた。




「え?」

「お前は真面目だなぁ香坂」


苦笑いを浮かべながら先生は、そのまま俺の頭をワシャワシャと激しく撫で始めた。


「ちょ」

「ほれほれ、どうだどうだ~?」

「いや何です急に」

「嫌か?」

「嫌っつうか恥ずかしさが勝ります!」


身長差もあって身体を少し前のめりにしながら撫でてくる為、時々密着してくるのにドキドキさせられるのは勘弁願いたい。


急に俺の頭を撫で回すという訳が分からない状況の中、拒否する俺に構わず一定時間撫で回した後、互いに一息つきながら少し乱れた衣服を正していた。


「…先生の今の恰好、あんまり激しく動くもんでもないでしょ。俺が抵抗した時に襟元掴んじゃったみたいなんですけど」

「ふふっ、気にするな。私は大型犬がジャれてきた程度の感覚だったよ」

「ナチュラルに犬扱いされとる…」


何だか大分話も脱線してしまったが、気が付けば鬱々とした感情がどこか彼方へ飛んで行ってしまった事に俺は途中から気付いていた。

アンニュイな気持ちになった俺に無遠慮に触り、こねくり回してきた彼女に対して何故か怒る事が出来なかった。


「……私個人の考えだが」


己の気持ちの移り変わりを前に呆然としていた所へ、紅崎先生が話し始める。


「勝敗の結果以上に成果はあったと思うよ。私は」


近くにあった丸椅子に座り、俺と視線を合わせる。

どうして俺は、それに直視されている事に気恥ずかしさを感じてしまう。


「八坂は面倒な性格と口が悪いのは確かだが…相手を認める潔さはある。多分な」

「多分って先生……」

「ふふっ。まあ不安なら、明日にでも話してみればいいさ」


不安気な表情を出していたのだろう。

丸椅子から立ち上がる際にもう一度俺の頭に触れると、すぐに離す。


「……やっぱり先生って、OFFの時は全然違いますよね」

「当然だろ?」


年相応の悪戯っ気を含んだ笑みを見て何とも言えない感情に襲われる。


恥ずかしさとはまた違う妙にドキリとするソレに思わず顔を背けたくなる衝動に駆られながらも、何とか平静を見繕う事に精一杯となった俺がいるのだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る