チャプター2

プロローグ

15年の前の時空崩壊は様々な世界のルールを、環境を滅茶苦茶にした。

局地的な気候変化は常に止まず、真冬のように極寒の中にある大地があれば、その数十キロ先には真夏の如く猛暑が続く大地がある。


どういった原理で、どういった条件でなど、考えても無駄だ。

出来の悪いジオラマの様に様々な環境が継ぎ接ぎされているのが現在の地球である。


既にそういうモノとなったのだから人間が測れるものではない。

世界の理そのものが破壊された世界――混沌の世界だ。


フクオカの様な要塞都市は現時点で幾つか存在するが、その全てにおいて気候管理を可能とするシステムのお陰で四季は再現されている。


防壁があり、能力者があり、都市がある。

組織があり、システムがあり、やっと人間はこの作られた平和の中で過ごす事が出来ているのだ。




戦闘区域・第59領域。

比較的温厚な気候と凹凸の少ないだだっ広い平原がどこまでも広がっている。

一見危険の少ない場所の様に思えるだろう、しかしここは50番台の領域だ。

C級キメラと呼ばれる中位の存在が闊歩する危険地帯である。


『―――キメラ接近を確認。反応個体数30、データベースよりタイプ確認中』


複合装備である頭部バイザーを通じてオペレーターからの通信が入る。

9つの人影が黒いカラーリングがされた防具を身に纏い、各々が長剣タイプ、そして自動小銃タイプのAWを装備している。


『確認完了。C級キメラ、ウルフファングです』


通信と同時に彼等も視認する。


全身を灰色の体毛に覆われ、過去にニホンオオカミと呼ばれた絶滅種を思わせる姿。

相違点を挙げるならば2メートル近い体高と、血の様に赤く濁った眼孔がその凶暴性と異形感を際立たせている。


その体躯と四足からなる疾走は瞬く間に獲物との距離を詰めるだろう。

その俊敏性と鋭い牙を用いた集団戦は、標的を翻弄し容易に仕留めてしまうだろう。


並みの能力者では警戒に値する強敵。

此方側の人数が少なく、ウルフファングの数が多ければ、接近を許した時点で被害覚悟の戦闘に挑まなければならない。




1人だけ装いが異なる少女の纏ったマントが靡く。




「………迎撃態勢。後衛は前に。速やかに掃射による牽制を」


凛とした声で号令が下る。

言われるままにAWアサルトライフル2式を構えた4人が横1列に隊列を組みウルフファングを迎え撃つ。


「兵装解放」

「「了解。兵装解放・マシンブラスト」」


AWアサルトライフル2式の周囲にガンバレルが展開された。

虚空より疑似形成された8つの新たな銃身はそれぞれがAWアサルトライフル2式のトリガーと連動し、同じく疑似形成された弾丸を連続で発射する事が出来る。


「撃て」


銃声が鳴り響き、合計12個の銃口が火を噴き弾幕を形成した。

対キメラ用に形成された50口径の特殊弾丸による連射は、着弾したウルフファングの血肉を容易に削り、先頭を走っていた数匹を呆気なく脱落させる。


兵装解放したAWアサルトライフル2式の掃射によって出鼻を挫かれたウルフファングの群れは態勢を崩しながら、銃弾の雨を避ける為に左右に分かれた。

避け切れずに足を射抜かれ、地面に転がるウルフファングを容赦なく踏みつぶしながら我先にと避けるのだから、脅威であったウルフファングの団塊は呆気なく離散し、崩壊する。


「前衛は左右に。掃射を避け、迂回するキメラを各個撃破」


次の指示の下、AWロングソード2式を構えた4人の能力者が左右2人ずつに分かれて、突撃した。


半数以上のウルフファングはこの時点で撃破、あるいは負傷し戦力は半分以下となっている。

更には分散させ、錯乱した所を各個撃破すれば。


C級キメラ、ウルフファング30匹は能力者9人に牙の一つも届かせる事なく、呆気なく全滅させられたのだった。





『殲滅確認。残敵の反応ありません』


辺りに転がるウルフファングの死体に銃弾を撃ち込み、刃を通し完全に仕留めたかを確認する周囲の能力者達。

それを見守る形で、今回何一つ動かなかった少女は小さく一息を入れる。


『―――任務完了です。流石は3年の『特進クラス』です。それに『指揮者コンダクター』の二つ名通り見事な手際でした』

「……ん。どーも」


頭部を覆う様に装備するバイザーを取った。

汗ばみ、頬に張り付く桃色の髪を拭いながら、先程まで纏っていた鋭い雰囲気から一転し、気の抜けた声で少女―――たちばな 愛良あいらは応える。


『では『実地研修』はこれで完了となります。迎えのサラマンダーが向かっておりますので、それまで現地の警戒をお願いします』

「はーい」

『……ONとOFFのギャップが相変わらずですね、橘さん』

「うぃ。あんまり頭使いたくないからねー…ひつよーな時以外は」

『なるほど…その切り替えの早さが優秀な秘訣…という事ですかね』


何て考えるオペレーターの言葉に肯定もせず否定もせず、今日は特に活躍もなかった己が得物である鉄扇で掌を軽く叩いた。


空を見上げた。

天候システムによってランダム調整された人工の青空と太陽とは違う、本物の暖かさが身に染みる。


「………帰ったら、昼寝しよっかな」

『あ、橘さん。如月高校で何だか面白い事があってたみたいですよ』

「ん?」


やり取りを既に終えたと思っていたオペレーターから再度の通信。

がっつりと私語なのだが、これ他所に聞かれてたら注意されないだろうか、と思いつつも特に宥めるつもりもない。


『何だか今期の1年同士で模擬戦が行われたらしいです』

「模擬戦…?」


1年と言う言葉を聞いて真っ先に思い浮かぶのは例の昼寝スポットに居座っていた男の子。

そういえばあのやり取り以来顔を合わせる事がなかったなと思い返す。


まあ愛良自身も実地研修で度々遠征で如月高校を空けていた期間が長かったのもあるが、しかし模擬戦か。

そんな事があってたなんて全然把握していなかった、そもそも興味もさほどなかったと言うのもある。


「1年………柳生と八坂の身内が入ったって聞いた。やっぱり、あの2人?」

『いいえ。一方は八坂さんの弟だったんですが、相手したのは香坂くんという生徒らしくて…此処に入って学び始めたばかりの一般家庭出身ですね』

「……へぇ、香坂」

『勝ったのは八坂さんの弟さんらしいですけど、香坂くんも良い所まで追い詰めたらしいですよ。あの八坂に対して、大健闘だったと』


香坂…香坂 永斗。あの妙に騒がしかった1年生。

あの時は特に思う所はなかったが、橘 愛良は少しだけ興味を抱く事となる。


「気になるかも」

『ですよね。八坂、柳生に迫る実力。特に前歴のない一般家庭出身。1年の頃の橘さんと似た境遇ですしね』

「―――ああ、なるほど。言われると確かに?」

『香坂くん。個人的にマークしとこうかなーって思ってます…と言っても、今期1年3人だけなんで情報追い掛けるのも簡単なんですけどね』

「……ほどほどに、ね?」


愛良は苦笑いを浮かべながら言った。








さて、彼女が香坂 永斗と一緒だと言うが、厳密には、それは少しだけ違う。

橘 愛良が実力で迫り、最終的に打ち破った柳生と八坂は彼女にとって2つ上だ。

つまり当時1年の時に3年だった2家の先輩を相手取り、彼女は勝利している。


故に誰が呼び始めたか、彼女を称する言葉は2つある。


1つは『指揮者コンダクター

彼女を中心とし動く能力者達は、何倍もの戦闘力を持って多数のキメラを屠る事から付いた呼び名。


そして2つ目。

彼女の普段の姿からは誰もが想像出来ない偉業。

上級生を悉く模擬戦で打ち破った経歴あり。そして現在も模擬戦において負けなし。

如月高校3年にして特進クラス、その名も『如月最優』


その安直にして無二の称号を許されたのが、この橘 愛良という少女なのである。

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香坂 永斗は能力者である。 @Kagaya0729

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