香坂 永斗は能力者である。

@Kagaya0729

プロローグ(改)

※こちらは、プロローグを全面的に変更しました。

















黒雲に覆われた空の下、3機の機影が両翼のプロペラ音を轟かせながら飛行する。

その内の1機の中で俺は一人、自身の得物となる長剣と拳銃の手入れを行っていた。


「…あちー」


側面から吹き抜けていく生温い風。

通気性はいいと言えばいいのか、冷房機能くらいどうにかしやがれと愚痴を言うべきか、個人的には後者です。


ぼちぼちと雨も降り始め、蒸し暑さも感じる中で湿気も帯びて中々肌触りに悪い。

こういう時に着込む格好は内側が蒸れて仕方がないものだ。


まあ、そうやってぼやく余裕があるのも今の内だけなんだが。


実感が湧き上がる。

この薄暗い空が、眼下に広がる廃墟が嫌でも理解させられる。


俺はこれから、この地に降り立つ。

そして戦うのだ、キメラという化け物を相手に。


『作戦領域に到着した。サラマンダーは上空で待機し、貴様等の戦闘記録を計測することになる』


サラマンダー……今俺が乗っているティルトローター機の機内の通信機から少女の声が響き渡る。


『概要はこの領域内に発生したキメラ群の殲滅。想定戦力値はD。貴様等のテストに打って付けの程よく弱い個体群だ』


D級キメラ。

確認されているキメラ種の中で最も戦闘力が低いとされる。

しかしそれでも奴等の体格は俺達人間を優に超えている。

油断すれば、それは命取りとなるに違いない。


『タイプ・ホブゴブリン。想定群体数50。全てこちらで把握出来ている。サラマンダーの情報リンクは切らすなよ』


頭部にはめたバイザーに必要な情報がサラマンダーから送られる。

確認されているキメラ種、数、領域情報。


その全てが頭の中に叩き込まれる。


一瞬頭痛が走るが、それもすぐに収まる。

情報の脳内書込ローディングにおける小さな副作用だ。


『想定外の状況に対応する為に教導隊が待機している。万が一があっても貴様等は死にはせん』


少女の言葉は続く。


『だからまあ…気を抜くなよヒヨッコ共。お守りも限度がある。自ら愚を晒す様な事は許さん。いいな』


――――了解!!


『……よろしい。ではテストを開始する。各位出撃』


立ち上がり、手持ちの装備の最終確認。


AWロングソード2式よし。

AWハンドガン2式および予備マガジンよし。


手に持つ武器、俺自身が纏うアーマーの全てが心強い。

俺は今戦場に立つのだと、そう気を引き締める事が出来るから。


教えられてきた内容の全てをここで示す。


能力者ウィザードたる資格を示せ!』


周囲の2機から飛び立つ2つの人影が目に入る。

それに続くように俺もまた、その身を空へと投げ出した。







今回の実戦テストの内容はシンプルだ。

既に索敵が完了され、筒抜けとなっている敵キメラの種類と数。

その全てを倒すだけ。背後には教導隊の先輩能力者も控えている。

お膳立てされた戦場。これはテストであって本当の意味での実戦ではない。

訓練生である俺達の最低限の安全を確保して貰っている手前。目の前の事に集中もし易い。


戦場となる領域『第78領域』は人類圏に近く、深度の低い70番台の領域だ。

深度の低い領域では強力な個体のキメラが出現する事は滅多にない為、今回の様な実戦テストで使われる事も多い。


とはいえ、相手は訓練の為に用意されたダミーなんかじゃない。

D級と称されても本物のキメラ。此方を本気で殺しに来るのだ。

舐めてかかれば返り討ちに遭う。そんな情けない結果で終わりたくはない。


とはいえだ。

これはないだろ、流石に。


俺は思う。

灰色の筋肉隆々の巨体に、口から伸ばす鋭い2本の牙を見せつけながら唸る人型キメラ。

D級キメラ・ホブゴブリンの群れを真上から見下ろしながら。


「群体の真っ只中に強行降下からの殲滅作戦?やっぱり頭おかしいだろ!」


これがテスト?流れが脳筋過ぎやしないか?


とある先輩が言っていた。

実戦テストにおける作戦内容は担当教官の主義嗜好が色濃く反映されるのだと。


「………何か納得!!」


思い浮かぶのは俺含めて今期能力者の教官を務めた赤髪の少女。通信機越しに俺達に檄を飛ばしていた声の主。

ツインテールの似合う見た目が大変可愛らしいものだから初見はそれで騙されたが。

今期が俺含めて3人だけだったからそれはもうじっくりと入念に指導された。


その時の記憶は封印しておきたい位…何だろあれ、バイオレンス?ストロング?とりあえず肉体的に恐ろしく負荷を掛けられる指導だった。


「……けど、まあやるしかないのが辛い所よね。まったく」


愚痴ばかりだったが、流石にそれもここまでにしておく。


互いの接敵距離が更に近づく。

ホブゴブリン群体との交戦開始距離まで150、100、70、50――――いまだ。


兵装解放ウェポンリリース


AWロングソード2式。

柄にナックルガードが備わった刀身120ミリメートルの長剣。

その刀身に赤いラインが走る。発熱し、燃え滾るマグマの様に赤く、より赤く輝く。


俺はそれを、力一杯に振るい間近のホブゴブリンへと叩き付けた。


「チャージ…スラッシュ!!」


瞬間、衝撃。

振り降ろされたホブゴブリンは頭上から股下まで真っ二つとなり、そのまま振り切り地面へと叩き付けた際の衝撃は周囲のホブゴブリンを数体まとめて吹き飛ばす。


俺を中心に穴が出来た。

無事だった他のホブゴブリンが俺を包囲するが、その行動は無意味だ。

何故ならそう、この地には俺以外にも2人、頼もしい同期の能力者がいるからである。


「「兵装解放ウェポンリリース」」


聞き慣れた男女の声が重なる。

そして俺から見て左右から、目に見えて大きな力の渦が発生した。


「チャージィ……ブレイクゥ!!」


身の丈以上、200ミリメートルを超える大剣で薙ぎ払う赤髪の少年が。


「チャージ、スティングっ!」


ロングソードと変わらぬ長さの細見の刺突剣で風ごとホブゴブリンを突き破っていく白髪の少女が。


「ちょっ」


ホブゴブリンの包囲の中心にいた俺を巻き込まんとする勢いで突っ込んできたのだ。

俺が一歩身を引くと、そのまま二人は互いにぶつかり合った。


再び衝撃が走る。

強い力同士の激突は周囲を薙ぎ倒さんとする程の突風を生み出した。


おい、ちょっと待て。


「香坂!来たぜ!?」

「永斗。待たせたわ」


赤髪の少年、八坂 亮と白髪の少女、柳生 刹那は溌溂とした笑顔を全く同じタイミングで俺へと向けた。


「は?」

「あ?」


同時に互いに見つめ合った2人がメンチを切る様に睨み合いを始めるのもその後すぐの事になるのだが。


今実戦中だから仲良くしてもろて。


「…よし、2人とも助かった。だからまずは協力してキメラの殲滅を―――」


「はっ、俺の方が早かったな!」

「何言ってんの。私の方が早く永斗と合流したんですけど?」

「あ?ちげーな。俺の方がお前よか1秒早く香坂の所まで駆け付けたんだが?」

「冗談。私の方があなたより0.5秒早く永斗の傍に来たんだから。あなたの負けね」

「ありえねえ!じゃあ俺は0.2秒な!はい俺がはーやいー!」

「じゃあって何?適当が過ぎるんじゃないかしら?……0.1秒」

「1ミリ秒!」

「1マイクロ秒っ」


「だー!!時と場合を考えろよてめえらは!?」


1ミリ秒だろうが1マイクロ秒だろうが分かんねーよ!てか滅多にみねー単位まで持ち出して張り合いますかねえ!?


ふと周囲を見れば二人が食い破った包囲は立て直され、ホブゴブリンが四方からジリジリと迫りつつあった。


ああ、俺は叫ばずにいられない。


「今がテスト中だって分かってるよねえこの天才共はよう!?」


彼等と共に戦うと決めた。

友達だと認めて、認めて貰う為に色々苦労もあった。


マシにはなった。険悪だった2人のそれは子犬のじゃれ合いの如く今はなんていうか、愛嬌があるね。うん。


俺に向けられる矛先は凄く重くなったけどな。


「どうしてこうなったかな……」


今となっては詮無き事だが、思い起こすとすれば、それは2年前からになる。

俺が能力者として初めて、踏み出したあの日からだ。


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