第8話
グラウンドからの帰りは紅崎先生と共に行く事となった。
沈み掛けていた夕日は完全に引っ込んでしまい、空には夜空が見え始めている。
校舎内の喧騒も鳴りを潜め、今は俺と紅崎先生の地面を踏みしめる音だけが耳に残る。
「静かですねぇ…」
帰り際に渡されたミネラルウォーターのペットボトルは冷たくて、首元に当ててると気持ちがいい。
クーラーボックスも持っている気配はなかったのにどうして、こんなにキンキンなんだろうか。
自販機で買った直後だとしても、ここまではならない気がするんだけど。
「ああ、それは私が冷やしてるんだ。いい感じだろう?」
俺の考えていた事を察したのか、茶目っ気を出しながら先生は言った。
「と、言いますと…?」
「そうだな…アーツとも言うが、分かり易く言うなら魔法か」
そうして先生が見せたのは冷気を帯びた風が球体を描きながら掌の上を転がっている様子だった。
「おぉ……」
「八坂と柳生は感覚で既に生み出せる様だが、実際はそんな事は稀だ。これは独学でどうこう出来る力ではない」
「戦う為の力、だからですか?」
「ああ。能力者がキメラに対抗する為に授けられた戦闘の技能さ……ほれ」
「冷たっ!?」
掌の冷風の塊を消した後、唐突に俺の頬にその手を当ててきた。
思わず飛び跳ねてしまい、そんな姿を見て先生は悪戯が成功したと言わんばかりにクツクツと笑う。
「さっきまで汗掻いてたろ?ほれほれ~」
「今はもう落ち着いてますよ。それほんと痛いくらい冷たいですって、冷た……いやしつこいっ」
執拗に触ってくるのは止めつつも、何か青春っぽい事している事に感動している自分もいる。
しかし同時に、先生に対する印象も大分変わった。
何事にも厳格、容赦ない指導を行う鬼教官という印象と、見た目相応に笑える可愛らしい印象。
それはどちらが素なんですか?と聞く程ニブチンのつもりはない。
まあ、苦労はあるよね。生徒達の相手をするってのは。
「……何か今の先生を見てると、俺達とそんな変わんない位に思っちゃいますね」
「実際そう年も離れていないからな。まだ19だぞ?今年で20になるが」
「予想以上に若かった」
何ならそんな若さで教師もとい教官職って凄いのでは?
一体どういう経歴したら今のポジションに落ち着くんだろうか。
「ちなみに優里先生は28歳だ」
「28?あの童顔で?いや、紅崎先生より年上だとは思いましたけど…あの人、四捨五入したら三十路なんだ……」
「四捨五入はしないでやれ」
けど20代後半なのにあの外見はある意味詐欺レベルだろ。
ウルウル小動物感を出してても「ああ、けど三十路近いんだな」とか次からは思っちゃう訳か…何かすんません。
「……さて、話し込んでいたら何時の間にか学生寮に着いてしまったな」
「突然の説明口調にビックリですよ先生」
「気にするな。私も、何時までもこんな遅くまで生徒を外に連れ出しておく訳にもいくまい」
思いのほか充実した時間だったのかもしれない。
学生寮の入り口前に気付けば到着していた。
時間も確認すれば20時をとっくに過ぎている。
明日の事も考えたら早くシャワーにも浴びたい。
外の夜風は確かに涼しいが、一度汗でべた付いた身体はやはり気持ちの悪いものだ。
「香坂」
最後に別れの挨拶をしようとするよりも早く、先生が声を掛けてきた。
「どうしました?」
「別れ際になってしまったが、お願いがあるんだ。聞いてくれないか?」
言いずらそうに少しだけ俯いた顔は、どこか気まずさを隠そうとしているようにも見える。
インモラルな関係になりましょうとか言われたらそれはそれで魅力的だけど状況的にそれはない。座ってろ俺の邪念。
「八坂と柳生のことだ。もちろん、同じ1年の方だぞ?」
「…ああ、何かあんまり聞きたくないような」
八坂 亮と柳生 刹那の顔を思い浮かべる。
「お前に苦労を掛けると思う。だが、良ければ香坂もあいつらの事を気に掛けて貰えないだろうか?」
「……それは」
すぐに返事は出来なかった。
正直に答えていいのなら、断りたい。
何より、未だまともなコミュニケーションが取れていないのだ。
常に張り詰めた空気を出し、隙を見せることもしない。
誰も信用しないと言わんばかりの拒絶っぷりは、俺からしても中々に徹底されている。
「あの2人は能力者として、間違いなく大成はするだろうさ。それに向き合う真剣さも評価はしている」
持久走も難なくこなしていた。
常に速度を落とさずに走り続ける事を問題なくやってのけた。
基本スペックが上がっただけで、これまでの鍛錬が無駄にならないと言うのなら、魔石との適合が適うかどうかも分からない時から能力者を目標に動いていたという訳だ。
正直、違和感のある話だ。
確証を持てない事柄に対して、どうして出来る前提で努力が出来るのかと。
…まあ、それを考えた所で今は分からないのだが。
「…だけど、それだけじゃダメですよね?」
「ああ。一人で成し得る事じゃない。孤高であろうとするのは、それだけ死神に魅入られ易いとも言えるから」
死神ねぇ…洒落た言い方をするけど、要は早死にするタイプだと。
戦場がどんな空気か、どんな環境かを本当の意味で理解するのはまだ先の話にはなるんだろうけど、一人で出来る事なんて限られているのは、流石の俺でも分かる事だ。
「ここで学ぶべきは能力者としての技術と知識だけではない。何の為に此処が『如月高校』という形を取ったのか、理解しなければならないのだ。あいつらは」
「…………」
教師としての心情か。
多分これは高杉先生も考えている事だろう。
今のあの2人はきっと誰かと関わらない、誰かと友達になろうともしない。
教師や先輩という形で歩み寄るのもいいだろう。
だけどそこにあるのは多分、壁だ。
どうしても上下関係がちらつく、遠慮が生まれる。
だから気に掛けてほしいと。
今期たった3人の1年。馬鹿みたいな話だが、あいつらと同期となれるのは俺しかいない訳だ。
だが、だからと言って、それで俺に何が出来る?
相手にされていない、と思っている。
因縁もない、両親が能力者だったなんて事もない一般家庭の出身だ。
何なら適正があっただけで、あいつら程のやる気もなかった存在だ。
何もかもが遅れている俺と共に進むという事はあいつらの歩みを遅らせる事でもあると言う事だ。
それは彼等の邪魔をしているだけにしかならない。
「気に掛けても、何も出来なきゃ意味がない。少なくとも歩み寄る事が出来るくらいの努力をしなきゃらダメ、って訳か…」
「………香坂」
思い悩んだ顔で、縋るような声を出さないで欲しい。
最初に言ったが、断れるなら断りたい。
碌な目に遭わないだろうと予想出来るこの状況で承諾するなんて馬鹿みたいだ。
だが、少しでも信頼出来ると思った相手からのお願いを、無碍にするのも出来そうにない。
「…分かりましたよ」
「っ……いいのか?」
「お願いしといて何で逆に疑問形です?紅崎先生にお願いされたら断れませんよ」
あいつらの為になんて今は考えられない。
そう思えるだけの繋がりはないからな。
だから今は紅崎先生の為に動く。
俺はこの人が、悩まないようにしてあげたいんだ。
「気に掛けろって言いましたけど、やってやりますよ。俺からあいつらに関わろうと思います。あわよくば友達です、マイフレンドです!」
「あ、ああ。だが気張らないでいいぞ、そこまで」
「いや、やるからに確実に。紅崎先生、上手くいったらご褒美とかもお願いします!」
「ご褒美?えっと、例えばどんなだ?」
「外出許可を貰えた時とかにデートとか!」
「デッ!?」
待てよ。そう考えたら俄然やる気が出るじゃないか。
紅崎先生とデート、逢引……最高にいいじゃないかこれは…!
「え、こ、香坂?それは流石に教師と生徒という間柄では色々と…」
「じゃあ明日もある事ですしシャワー浴びて今日は寝ます!頑張るしかねえぜ…これがなぁ…!」
「話を聞いてないよな!?」
「ではまた明日!お休みなさい―――!!」
「ちょ、ま――――」
後ろで何かを叫ぶ先生。
しかし今の俺は前しか見えていない。
理由が邪?別にいいじゃない、高校1年生だもの。
そうでもしなきゃ途中で投げ出しそうな案件である事も確かなんだから。
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