第3話

「さて、慣れぬ環境で疲れて眠っていた2人も目覚めた所で改めて自己紹介を行う事とする」


眠っていたというか気絶させてたろうあれは。


「何度も同じことする必要性が感じられません。速く帰りたいのですが」

「こいつと同意見なのは癪だが俺も仲良しこよしの為に来た訳じゃねえ。いい加減茶番はいいだろうよ」


「だまれ。意見は求めん。それと茶番かどうかも私が決める事だ」


突然介入してきたと思ったら腹パンしてきた相手に、あの2人がはいそうですかとあっさり従う筈もない。

反論する2人であったがツンテールの少女はそれを封殺した。


向けられているのは八坂と柳生の2人だが俺はその間に何故か席が置かれた為に、目の前から伸し掛かる重圧の余波が俺にも来るのだ。


俺貰い事故じゃありません?


「第一、優里先生から話を聞いてみれば…貴様等のそれが自己紹介であるものか。戦争でもしたいのか?だったら乗るぞ?この拳で」


そんな俺から向けられる視線なぞ露知らず、茜先生はその語尾を強くしながら言った。

また食らいたければ幾らでも来るがいい、と圧を掛ければ黙らざるおえない。

流石に彼等もその実力差が分からない訳ではなかったらしい。


よし、と茜先生が頷いた後、ちゃんとした自己紹介が行われる事となった。




「……柳生 刹那です」

「……八坂 亮だ」


自己紹介は皆の前に立って行う事になったが、この2人は互いに顔を背けながら言っていた。

そんなに顔を合わせたくないのかよ。憎々し気に思っているのが表情に出てるぞ。


これには茜先生も溜息をついている。

まあ、最初のアレよりはマシだからいいのだろう。さあ次だと俺を見ながら顎先で促された。


気が乗らねえ、けどやるしかないので俺は席を立ち皆の前に立つ。


「えーと……香坂 永斗です。知らない事ばかりだからその…色々と教えてくれると助かります。よろしくお願いします」


頭を下げながら、簡潔にだが自己紹介を終える。

少しの間頭を下げた後、チラっと正面を見てみる。

八坂は興味なさげに欠伸をし、柳生も同じくグラウンド側の窓の方へ顔を向けてボケーとしていた。


無関心過ぎない…?


教室の端を見たらちっこい先生が何だか優しい表情で拍手をしている。


「せめて見繕え」


茜先生からの拳骨が八坂と柳生の頭に落ちたのは案の定というか、どこか寛容な気持ちで見る事が出来ていた俺なのであった。




「感情が赴くままに振る舞うのは子供のする事だ。貴様等にどれほどの因縁があるかは知らんが、それに第三者を巻き込む様な態度はやめろ。いいな?」


「うっす」

「すみません…」


「まったく……幾ら家柄が良かろうとこれではな。香坂を見習え、高校生とは彼のようにあるべきだ」

「思いのほか高評価はちょっと戸惑うんですが」


そして2人から何故か睨まれる。

何で敵意向けてくるんだよ自業自得だろうが。


俺達がメンチを切り合ってる間に、2人への説教を終えた茜先生が教卓の前に立っていた。

その隣にはちっこい先生も立っている。


「さてと、簡単だが私達の自己紹介もやっておこう」


その一瞬、視線が合った様な気がしたがすぐにそれは外れる。


紅崎こうざき あかね。貴様等の担当教官を務める事となる。主に能力者の訓練カリキュラムを担当する事となる。当然手は抜かん、覚悟しておくといい」


俺はちっこい先生が呼んでたのを聞いていたから名前は把握していたけど、

自己紹介を終えた後、次は隣のちっこい先生が前に出て、一つお辞儀した。


高杉たかすぎ 優里ゆうりと言います。一般教科の授業は私の方で担当させて頂きますので、よろしくお願いしますぅ…」


相変わらず気を遣う様子でペコペコと頭を下げている。

気持ち八坂と柳生からはどこか見下す様な視線が向けられている様だ。


「―――優里先生の授業の際も私は同席するので、変な事は考えないように。いいな?」


図星だったのか、ほぼ同時に八坂と柳生の視線は明後日へと逸らされた。

互いに敵視してる割にお前ら行動と考える事が一緒なの何なんだ。


これは俺も気を付けておかないとダメなのか…?









「な、何か疲れた~………」


如月高校内にある学生寮の個室。

初日が終わり、何とも言えない疲労感を抱えたまま、俺はベッドへと寝転がっていた。


結局今日は自己紹介のみで終了となった。

終礼が終わって早々に席を立って出ていく八坂と柳生は相変わらずのブレなさで、俺は明日からの授業をどのような心境で挑むべきか非常に迷っている所であった。


まさか地元とは別ベクトルのストレス抱えそうな環境に置かれるとは……!!


よりによって数少ない同期2人が、どちらもあんな破天荒だなんて一体誰が思うだろう?

俺なんかした?前世でカルマ落とし過ぎたの?今それの反動が来てたりする?


「……はっ、何て嘆いてても仕方がないけどさ」


思わず出てくる溜息は今後も収まりそうにない予感がする。


身体をベッドから起こしながら、壁に掛けた時計へと視線を向けた。

授業らしい授業はなかったので未だ時間は14を回ったばかりだ。

そして無意識に自身の腹へと右手を添えていた事に気づく。


「腹減ったな……朝からのドタバタでそんな事考える余裕もなかったわ」


学生寮の食堂は朝食と夕飯の時間しか空いていない。

貰った校内しおりを見れば夕飯時の食堂は17時からか…時間はまだあるな。


じゃあ、ちょっと飯でも買いにいくか。

一度自覚してしまうと、今俺の中の思考はご飯の事だけで一杯だ。


腹が減っては何とやら。

空腹を満たしてしまえば多少はネガティブな考えも息を潜めるだろう。

そう結論付けた俺は速やかに制服からラフな格好へと着替えた後、財布片手に学生寮を後にする事にした。

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