最終話


 事の顛末についてを誰かに話したい気持ちにはならなかった。


 よく恋愛に絡んだ浮ついた話になると、他人に話して共有したいという性分の人間が多いらしい。つい先日も、教室で一緒に過ごす友人から恋の相談なるものを受けたけれど、それを踏まえてもなお、俺は誰かにこのことを共有するつもりにはならなかった。


 自分のことは自分の中だけで、もしくは真に共有できると思っている人とその間だけで、それらを大事に抱えておきたい気持ちが俺にはある。


 別に秘密にしたい、とかそういうわけではなくて、ただ開けっぴろげに話してしまえば、その関係性が薄くなるような感覚を覚えてしまうから、ただ話さないだけ。


 俺の中にはそんな感情がある。そんな感情があるから、特に誰かから聞かれない限りは、俺から話すことはないだろうと思っていた。





 放課後にやってきたフードコートの中は閑散としていて、人通りは少なかった。ちらほらと大人の人間だったり、もしくは制服姿の人間だったりがいたりするが、俺たちはそこに紛れるように向かい合わせでテーブルに座っている。


「──付き合い始めたらしいじゃないですか」


 俺は唐突な彼女の言葉に飲み物を詰まらせて、げほげほと席を重ねた。


 図星だったせいか、勢いよく気管のほうへと入っていく液体はそのまま喉へと絡みついていく。何度咳を重ねても拭うことができないちょっとした不快感に顔をしかめていると、その様子を面白く思ったらしい愛莉──俺の幼馴染──がくすくすと笑っている。


「……誰から聞いた?」


 一頻り咳をし終えた後、俺は改めて飲み物を口に含んで喉を潤わせる。それから訝し気に愛莉へと視線を合わせてから聞くと、彼女は何ともないというように「さっちゃん」と返してくる。彼女が『さっちゃん』と呼ぶ相手は妹である皐以外誰もいない。


「……皐にも教えてないんだけど」


「『翔也から女の匂いがするー』ってここ数日連絡が来てました」


「……さいで」


 俺は彼女の言葉に納得はしないものの、それでも図星をつかれた恥ずかしさに、何度も飲み物を口に運んでしまう。そこそこの値段をしていたはずの甘ったるい飲み物は、その勢いのままにすぐなくなっていき、お金という存在は儚いのだな、と心の片隅で思ってしまう。


 ──俺が花村と付き合い始めたことについて、これまで誰かに教えたことはなかった。


 学校で一緒に過ごす友人然り、そして身内である妹や幼馴染である彼女についても話すことはなかった。


『まあ、聞かれたら話すくらいでいいんじゃない?』と花村と取り決めもしていたので、とりあえずはそれに乗っかる形で、これまで話すことはなかったのに──。


「こうも簡単に暴かれるとは……」


「まあ? 長い時間を一緒に過ごしてきた妹と幼馴染ですからー?」


 おーほっほっほ、とお嬢様とも言いづらい高らかな笑い声をわざとらしくあげながら、彼女は俺のほうへと顔を近づけていく。そのあと小声で、耳貸して、というのでそれに従うと「どんな人なんすか」とヒソヒソとささやいてくる。


 別にヒソヒソ話でなくてもいいのに。


 俺はそんな気持ちになって、彼女の声の音量に合わせることはなく、普通の会話をするように「いいやつだよ」と答える。


「具体的には?」


「まあ、可愛いと思う」


「他」


「社交的」


「ほか」


「優しい」


「……ほか」


「うーん、そうだな──」


「──惚気るなー!!」


「お前が話題を振ってきたのに?!」


 俺が言葉を続けようとすると、だんだんとしかめっ面になって抗議をする態度になった愛莉の顔が視界に入る。


 勢いのいいツッコミは個人的には冴えわたっているように感じて、言葉に出した後にちょっと面白くなって笑ってしまう。その俺の笑いに同調するように、愛莉もひとしきり笑った。





 俺の恋人についてをテーマに雑談を繰り広げた後、愛莉は「まあ、それじゃあ、お幸せに」と言葉を残して、それからフードコートから姿を消していった。


 互いに家が近いのだから送る、といつものように言葉を送ってはみるものの、「これから違う友達と予定があるからだいじょぶ!」とだけ残して、そうして俺は一人になった。


 一人になったから、適当に携帯を取り出して、何かしらの着信なり連絡なりが入っていないかを確認してみる。


 開いた携帯の画面上部に表示されているのは三件の通知。そのすべては花村からのものであり『当番おわったー』『今どこ』『おーい』と立て続けに送られている。送信時刻はつい数分前のようで、俺は『今から行く』とだけ返信して、フードコートを出ることにした。





 梅雨は晴れて、いよいよ夏らしい季節がやってきた。


 昼の日射は暑いものの、夕暮れになればだいぶと風が冷えてくる。街のそこら中を影で覆いつくしてくれるだけでも、気分としては落ち着きが出るし、心地はいいのかもしれない。それでも歩いていると汗がにじむことはあるし、少しの気だるさが背中を引きずりはするものの、俺は花村の家を目的地にして、しっかりと足を踏みしめて歩いて行った。


 携帯の画面をちらちらと見ながら歩くのは行儀が悪い。そんなことはわかっているはずなのに、それでも彼女からの返信が届いていないかが気になって、携帯を見つめては前の景色を見ることを繰り返している。


 次第に見慣れた彼女の家が近づいてきて、その拍子に立ち止まって、彼女へと送る文面を考えてみる。ついた、と三文字入力すればいいだけの話なのだけど、何か凝ったような文面があれば、それを送りたい気持ちになって、適当に頭を働かせてみる。


 けれど、その甲斐はなかったみたいで、後ろの方から「うい」という声が届くと同時に、俺の肩を小突いてくる指の感触が体に響く。


 聞きなれた声、やり取りとして慣れた振る舞い。


「ういっす」と俺も彼女の声に返してみたりして、後ろのほうへと振り返ってみる。


 いつもの制服、着崩すわけでもなく、個性のようなものはあまりない、それでいて花村である、ということがわかるような、そんな彼女の姿。


 それじゃあ、行こっか。


 慣れたように彼女は言葉を吐いて、俺はそれに頷いた。




 まあ、これ以上語ることほど野暮なものはないので、ここで思い出話を終わりということにしておく。


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