第7話
◇
俺には幼馴染がいる。同い年の女の子で、家の近くに住んでいる幼馴染がいるだけいる。存在しているだけで、それ以上のものはない。よくあるアニメや漫画にあるような、恋愛が紡がれるような関係性は介在せず、ただ昔から仲がいいだけの関係だけに終わっている。
彼女は誰の目から見てもかわいいのだろう。幼い頃から関わっている以上、彼女についての外見的な評価はその根底や基礎になっているため、俺から何か言葉を吐くことはできない。けれど、そんな俺から見ても彼女は可愛いと思う。基本となってしまっている部分から、他の人が少し劣って見えてしまうくらいには。
けれど、幼馴染は幼馴染でしかなく、なにか関係性が発展するわけもない。
確かに、中学時代は何かと意識をすることはあった。俺が傘を忘れたときには、彼女が持ってきた傘を二人で使い、周囲に噂をされることもあった。下校の道が同じだからという理由で、同棲しているのでは、と揶揄われたこともある。
だが、それだけだ。それだけでしかないのだ。
彼女のことが好きだった時期もある。おそらく彼女から好かれていたという自覚もある。なんとなく紡いできた時間の中で、互いに感情は理解していて、そのうえでもしかしたら発展するかもしれない未来を思い描いたこともある。
けれど、それは言葉にしなければ現実にはならないものだ。
好きだ、と伝えることができればよかった。好きだ、と伝えることができれば、また違う未来を歩めたのかもしれない。好きだ、と彼女から言葉を受け取ることができればよかった。彼女から、好きだ、という言葉を聞ければ、もう俺がここにいる現実も違ったのかもしれない。
互いにわかっていて、そのうえで言葉にしなかった。言葉にしなかったのは、互いに勇気を持てなかったからだった。
幼馴染という関係性から、さらに発展することが怖かった。分かり合っているつもりでもすれ違っている可能性を考えると、どこまでも言葉に出すことはできそうもなかった。そうして関係が壊れてしまうことが、なによりも恐怖であった。
だから、幼馴染は幼馴染というだけ。
それだけでしかないのだ。
◇
ここだよ、と俺は持っていた傘を花村に返していく。俺たちの目の前にあるのは、高原という表札が置かれている景色であり、それ以上も以下もない。
あれ以降、特に会話などは生まれず、ただ沈黙を過ごした。互いが互いに思い思いのことを考えていたのかもしれない。それについてを言葉に出すことはなく、慎重に空気だけをうかがいながら、ただ前の景色を見つめ続けていた。
「そっか、ここが高原くんのお家なんだね」
彼女が視界に入れた家は、どことなく明るい。玄関の奥から間接的に届く照明の温もり、二階からカーテンを透かすように光る電灯の明かり、人が生活していることを示すような、普通でしかない景色。
「というわけで、ここまでありがとう。今度お礼するよ」
無難な返事。どのようなお礼をするべきなのかはわからないけれど、それでも言葉でなんとか平静を取り繕いつつ、先ほどまで宿っていた憂鬱を振り払う。考えても意味もないことでしかないのに、それを無駄に続けるのは時間の無駄でしかない。
俺の言葉に、彼女は「ぜんぜんだよー」と間延びした声を返しながら、続けて「でも、お礼は楽しみにしておきます」と悪戯っぽく笑う。
それじゃ、と互いに目を合わせながら、別れの合図のように違う方向を見定めていく。
何か、やり残したことはないか。
何か、伝え忘れていることはないか。
そんな思考が一瞬頭の中に過りはするけれど、特にやり残したことも、伝え忘れていることもない。感謝は伝えたし、これ以上に何かするとしても、お礼に関しては明日以降だから関係がない。
──それでも、頭の中に過る花村の台詞。
『私はただの村人Aだから』
どうして、こんな時に過ってくるのだろう。
わからない、わからないから無視をしたい。
そんな気持ちでいっぱいになる。
いつも学生鞄に入れている鍵を取り出して、適当に音を鳴らしてみる。
後ろにいるはずの花村は、きっともうそこにはいない。遠くから水をはじくような足音が聞こえてくる。水溜まりをわざと踏むような、そんな音。
彼女が、離れていく。離れていく。
俺は取り出した鍵で扉を開けて、ガチャリとドアノブを引いてみる。雨によって冷えたノブの感触、夏はもう近いというのに、その雰囲気を殺すような、季節の差異。
足を踏み出す。家の中に入るだけで、外との温度の違いを理解する。温もりというだけでは収まらない、湿度が緩和したような空気の中、俺は一度ドアを閉めた。
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