第2話
◇
ある程度の自由が約束されている放課後に、いちいち学校に残るということはあまりしたことがない。部活というものにも興味はわかなかったし、家で過ごすことができれば、自分にとっての心地のいい時間は確保できるのだから、そうする必要がないのだ。
それでも学校に残るとするならば、どのような用事があるのだろうか。
以前、学校に残った時の案件として言えば、単純に勉強へと集中するため図書室にこもったことくらいかもしれない。
家で過ごす時間については心地がいいものの、逆に言えば心地がいい故の欲望となるものが身の回りに多すぎる。居間に行けば、ゲームをやって遊んでいる皐と付き合うことになるし、自室で勉強に励もうと思っても、本棚に置いてある漫画の並べ方を変えてしまいたくなる。
そんなわけで、不自由でしかないことを約束できるのであれば、学校というのはある意味心地がいい。友人らにそれを邪魔される、ということがない限りは。
……まあ、そんなに友達が多いわけでもないのだが。
そんなこんなで適当に校内を歩いては見るものの、自教室周りを徘徊しても特に面白いものはなさそうだった。放課後になったら携帯ゲームを目的にした遊び集団が形成されているのを何度か見たことがあるけれど、今日についてはそいつらも不在らしい。こんな雨だから帰りたい、という気持ちもあるのかもしれない。知らんけど。
そうして教室周りを眺めるのに飽きて、今度は特別棟のほうへと足を運んでみる。特別棟とは、その名の通りに特別教室が並んでいる学校棟なのだが、もしかしたら面白い部活とかを見学できるかもしれない。
渡り廊下を靴音で響かせて、外の雨音に負けじと対抗してみる。……普通に負けたので、それからは負け犬らしく、適当に歩いてみる。
渡り廊下に飾られているトロフィーや賞状のようなものを見るたびに、エネルギーにあふれている人間とはすごいなぁ、と思わされる。ある意味、寝ているばかりの俺もエネルギーには溢れているのだろうけれど、そのエネルギーを自分にも他人にも使えないのだから、そんな人間と比べれば俺はどうしようもない。
敬礼したい気持ちを抑え込んで、さらに歩みを進めていけば、今度は俺と同じように雨音へと対抗するようにブラスバンドの音が、だんだんと聞こえてくる。特別棟へと距離を近づけるたびに、俺へと向けて響かせてくるような錯覚に陥りながら、吹奏楽部に知り合いはいたっけな、とか考えてみる。特に誰のことも思いつきはしなかった。
最奥のほうへとたどり着いて、特別教室を端から端まで見渡せる位置にたどり着く。特に目新しいものもあるわけがなく、大概が施錠されてしまっている環境の中、唯一というべきか、音楽室のドアは開いている。音楽室の壁やドアについては防音室と同じような工夫がされている、と以前聞いたことがあるからこそ、きちんと閉めればいいのに、という気持ちも少しだけ生まれるが、それに対して文句を言う人間なんてそれこそ俺しかいない。
自分が抱いた気持ちから、彼らに対して申し訳なくなって、結局俺は特別棟から立ち退くことにした。立ち退いて、それからどうしようか、という考えを巡らせてみて、そのうえで俺は独り言を吐いてみる。
「……図書室しかないか」
そんなこんなで、俺は図書室に向かうことにしたのである。
◇
俺が通っているこの学校には、あまり真面目な人間はいない。真面目ではない、ということがイコール不良に繋がるわけではなくて、単に学習についての意識が他校よりも低いというだけに過ぎない。
学習をするくらいならば、適度に身体を動かすことに時間を費やすし、それも嫌ならばバイトなどをして時間を過ごす。さらに俺みたいな堕落した人間ならば、家に帰って寝るだけの日々を送ったりする。
そんな学校の雰囲気を改めて振り返ってみたところで、俺は図書室の扉を開けた。
くぐもっている空気。どこかほかの部屋とは空気感が違うような、乾いているようで湿っている肌触り。ドアノブに触れる時も、少しだけ静電気が指に絡みそうになっていた。
換気はされているんだろうけれど、それでもどこか古臭い紙が積み重なったかのような、そんな匂いはぬぐうことができていない。どうしてそんな香りで満たされているのかと聞かれれば、この学校の人間が大して図書室なんて使わないからだ。
そんな部屋に足を踏み入れると、上靴が滑りそうな感覚に陥る。
すべてが、スローモーションのように遅くなる。
うおっ、と間抜けな声を無意識に発して、手近にあるものをつかんで体勢を取り戻したい気持ちになる。だが、その手近にあるものは扉付近で役目をあまり果たしているとは言えないカーテンくらいで、それを掴んでしまえば悲惨なことになることは想像に難くない。
結局、俺は転ぶことを選択して、尻もちをつくような形になってしまう。尾てい骨を確実に打ち付けた痛みを反芻しながら、いててて、とわざとらしい声を出してみる。どうせ黙っていても、他の誰かが見れば強がっているということはバレてしまうのだから、あえて声を出してみるのだ──。
「──だいじょうぶ?」
──と、そんな道化みたいなことをしていたら、声が聞こえてきた。
図書室のカウンターの奥から心配をする声音、どこかで聞いたことのある声だと思った。
どこで、聞いたんだっけ。
「あっ、高原くんじゃん」
そんな疑問に正解を突きつけるように、カウンターから身を乗り出して、しりもちをついている俺を見つめるようにする。お互いによく顔が見えてしまう。少しばかりでは収まらない恥ずかしさで頬が紅潮する。
「……よっす」
俺はそんな適当な挨拶で視線を逸らした。
そこに見たのは、同じクラスの人間である花村 里美の姿だった。
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