第11話
◇
彼女が教えてくれた予報通りというべきか、雨は上がらないままだった。
今日は月が見えそうもない、そんな街灯だけが存在するような入り組んだ道を何度も進んでいった。景色に大きな変化はなく、どこか同じような場所を繰り返し巡っているような気分にもなった。
彼女は、ずっと弾むように会話を続けていた。
この前友人と見に行った映画についてだったり、ハズレのドラマを見てしまったことだったり、俺も知っているクラスの女子についての話であったり、取り留めのない話題を彼女は続けていた。
まるで、そうすることを誰かに定められているように。
俺はそれに適当な返事をすることしかできなかった。
内容に関心がなかったわけじゃない。興味がなかったわけじゃない。彼女が話す内容は、きちんと俺に配慮されていて、どんなことでも相槌が打てるような内容だった。
いつもであれば、俺はそれに触れていたのだろう。掘り下げていたのだろう。自分なりの価値観で、自分の感想を語ることができたのかもしれない。
けれど、そうすることはできなかった。
頭の中に浮かんでいたのは、彼女が提示してきた話題なんかではなくて、俺が先ほどの提案に対して優柔不断でいることと、彼女と同じような属性を抱えていること。それが、ずっと頭の中を離れずにいた。
彼女の『村人A』という発言は、的確な表現だ。
物語を動かす、もしくは物語を動かされる主人公ではなく、そして主題とされる物語に登場するキャラクターでもない。
キャラクター性というものを人には求められておらず、ただそこら辺を歩くことを役割として持っただけの、そんな人間。
生まれているだけだから、生まれているだけ。
ただ、それだけの役割。
求められれば会話をするのだろう、求められればそれに対応した行動を起こすのかもしれない。
けれど、それが物語の中で深く絡み合うことなんてなくて、何も干渉することはできないような、それだけのキャラクター、もしくはキャラクターともいえない何か。
彼女の発言を咀嚼して、そのうえで俺自身がそうである、という自覚は心を蝕んでいく。
気づいていなかったわけじゃない、と思う。気づいていなかったわけではないけれど、それでも彼女の言葉を呑み込んでしまえば、どこか落ち着かない焦燥感に駆られてしまう。
あらゆる日常のすべての仕組みが、目の前で公開されてしまったような。手品の種を見破ってしまったような、そんな非現実的でしかない現実感。
彼女の言葉は、それほどまでに理論的であり、理性的だ。だからこそ、俺の今までのことに、すべて理由がついてしまう。
俺が幼馴染に踏み出せなかったこと。
個性など存在せず、ぼんやりと生きていること。
俺がどこまでも普通の人間でしかないこと。
決断をすることができないこと。
どこまでも人との距離を等間隔にしか取れないこと。
つじつまが合ってしまう。つじつまが合ってしまうのだ。
「──おーい」
ぼんやりと前の景色を見つめて歩くだけの作業に、ふと隣から声が届く。
えっ、と声を出しながら、彼女のほうへと視線を合わせると、彼女は足を止めた。
「ついた」
そう一言だけ声を漏らして、その証明と言わんばかりに止まった場所から指をさして、暗がりの中にある家の表札を示してくる。確かに、彼女の家だということがわかる『花村』という表札が視界に入った。
「……そうか」
終わりの時間がやってきた。そう思った。
別に、心地が良くも悪くもない時間。どちらともいえず、ただ内心に不気味なものとして存在する奇妙な浮ついた感覚だけが、この時間のすべてだった。
その正体は、俺と彼女が同一のような存在であること。
その自覚が、あらゆるすべての生活感を奪ったような気がした。
「なんか残念そうだね。……上がってく?」
「……いや、それはいいや」
「そか。よかったぁ、上がるって言われたらどうしようかと思ったよ」
そんな苦笑しか生まれない会話を彼女と挟んで、そうして今一度だけ世界に二人きりであるという自覚。
花村が玄関のほうに近づくたびに、自動で転倒する灯りのようなもの。白い光に一部包まれた彼女の表情が、少しだけ鮮明に映る。
彼女は笑顔だ。笑顔でしかない。
それは義務的なものだろうか。そんなことを考える。そんなことを考えても、俺にはどうしようもないのに。
「それじゃあ、また明日ね」
付き合う、という提案をなかったことにしたみたいに、彼女は普段通りというような笑顔を浮かべる。
「……ああ、また明日」
彼女の言葉に、俺はそれだけ返して、花村が玄関をくぐる姿を見届ける。花村はニコニコとしながら傘を閉じて、そのあと手を振って家の中へと消えていく。
独り、取り残される。
雨が、少し強くなっていく感触。
俺は、暗いだけの世界にただ一人佇むことだけを選択した。
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