第4話
◇
「高原くんってオタクなの?」
本棚に並んでいるライトノベルを回転させながら、適当に読みたい本を見繕っていると、その様子をずっと観察していたらしい花村が俺に向けて声をかけてくる。
実際、怪しいというか妖しいと表現するべきかわからない表紙ばかりが並んでいる本を、ただただ吟味している俺の姿を見れば、なんとなくそんなことを聞きたくなるのもしょうがない。
失敬な、と返したい気持ちはあるものの、そんな言葉を返してしまえば、オタクに分類される人に対して申し訳ない。現代社会ではオタクという存在は認知されつつあり、多少なりとも不快感をもって見つめられる存在ではなくなってきている。
それはそれとして、俺がそこまでオタクというものに分類されるほどに、ほかの作品に造詣が深いかと言われれば、そういうわけでもない。正直、アニメや漫画、ライトノベルを眺めるのは人並くらいでしかなく、ただの時間つぶしでしかない。内容が面白くても、つまらなくても関係ない。ただ、自分が暇としている部分を補えるのならば、俺はそれだけでいい。
だから「にわかオタクです」と適当に答えてみる。思いついた単語を意識的に並べただけではあったものの、それでも自分自身でこれほど適切にあらわせる言葉はないな、と思った。
そんな俺の言葉に「へー、私と同じじゃん」と花村は返してくる。俺はその言葉に、一瞬訝しい目で「花村も?」と聞いてみるけれど、彼女はニコニコとした表情を崩さないまま、うん、と頷いてきた。
クラスの中で彼女のふるまいが視界に入ってくることはある。その大抵は、彼女が彼女の級友と話すだけの姿なのだけれど、その中で彼女がアニメの話をしている、もしくはアニメじゃないにしろ、ほかの作品について言及している姿は見たことがなかった。
そんな俺の疑心に答えるように、彼女は「いろんなやつを見てるよー」と間延びした声を返してくる。
「読書は苦手だから小説は読めないけれど、アニメとか漫画はめっちゃ見る」
俺と同じで人並、ということを表すような彼女の言葉に、俺も同調するように「へぇ」と返してみる。漫画にも文字は含まれているから、一応の読書にはなるのでは、という気持ちはあったが、そんな言葉は発することなく、俺はただライトノベルの本棚をくるくると回転させた。
「アニメって面白いよね。なんだかんだ時間はつぶれるし、楽でいいなぁって」
「楽?」
「ほら、漫画とか見ても面白いんだけど、だんだんと体勢に困って疲れちゃうんだよね。けど、アニメだったらどんな体勢でも見ることができるし、疲れないから楽? みたいな?」
疑問形で言葉を残す彼女に、俺も、ねるほど、とだけ返す。まあ、言いたいことはわかるような気がした。
「あ、でもTHE男性向け、みたいなアニメは少し苦手かな。ほら、あれってめちゃくちゃ女の子が主人公のことを好きになるじゃん? なんか、すごく作者の意図が見え透いているというか、無理矢理じゃない? みたいなのがちらついて──」
「──え、それ、めっちゃわかるわ」
彼女の言葉に割り込んで、俺は同調の意を言葉で伝える。ふと割り込んできた俺の言葉や様子が面白かったらしく、彼女は「めっちゃいきなり食い込んでくるじゃん」とニヤニヤしながらそう言った。
◇
結局、ライトノベルを吟味することにも集中できなくなって、自然と俺は花村の方へと歩いて行った。彼女と話したい、という欲望を表に出すことはしないで、カウンター近くに置いてある『オススメの本』というものを目的にしたように足を運んでいく。「ラノベはいいの?」と聞いてくる彼女に「今度でいいや」とだけ返して、俺はそうしてカウンターの方へと近づいていく。
「そういえば、高原くんは何時に帰るの?」
俺がカウンターまでの距離を知覚すると、ふと思いついたように彼女は声をかけてくる。彼女の言葉に、俺は外の方を眺めてみる。雨については未だに止む気配はなく、曇天が広がるだけの灰色が敷き詰められていた。なんなら、先ほど帰ろうとした時よりも雨は強くなっていて、横殴りのようなそれは窓を叩く勢いで降り注いでいる。
「雨が止んだら……、と言いたいところだけれど、この調子じゃ帰れそうにないな」
俺はポケットに忍ばせていた携帯を取り出して、とりあえず現在地付近の天気予報を見てみる。朝から見る習慣をそろそろつけないと、皐に怒られそうだな、とかぼんやり考えながら携帯の画面をのぞいてみるが、そこに表示されていたのは、翌日の昼まで降り注ぐ強雨の予報だった。
「傘、持ってないの……、ってここにきてる時点で持ってきてるわけないか」
「まあ、うん」
俺は彼女の言葉に苦笑しながら答えると、ふむふむ、と花村は頷きながら考える様子。少し嫌な予感を覚えながら、彼女が何かしら言葉を紡ぐだろうことを予想してそのまま黙ってみる。
そして。
「それじゃあ、私の当番終わったら一緒に帰ろっか」
なんとなく頭の中で予想できていた言葉を、彼女は特に躊躇うこともなく、容易く俺にそう言ってきたのであった。
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