兄弟子
元々、卒業試験の降霊会で、ユーリが白犬と共に黒犬を呼び出したので、契約者でなくてもユーリにも少しだけレオンとの繋がりがあった。
だから、ユーリがちょっと本気を出せばテオの守護霊でもこの場に呼び出すことが出来る。
もちろん理論上の話で、ユーリも半分は冗談のつもりだった。
「あのなぁ、お前みたいに簡単に出したり入れたり出来ないんだから手間増やすなよ」
テオは膝についた砂を払って、その場に立ち上がる。
テオの守護霊である黒犬のレオンは、主人のテオが叱ったからなのか、ユーリの足元から申し訳なさそうにテオの顔色を伺っている。ふさふさのしっぽと三角の耳は、ペタンと垂れてしょげていた。
そんなしょんぼりしているレオンの姿を見て、結局テオが折れた。
さっきルルにしたのと同じように、大きなその手でレオンを呼び、その頭をよしよしと撫でる。ルルほど感情表現が豊かではないし、レオンはとても大人しい。それでも、明らかに久しぶりにテオに会えて嬉しそうにしていた。
「別に、お前のことは怒ってねーの。悪いのは、お前を呼び出したユーリだからな。分かったか? だから、お前は落ち込まなくていいんだよ。いい子」
そうテオは、レオンに言って聞かせた。動物に優しいテオの姿を見てユーリは嬉しくなる。
「テオ、レオンくんだって、たまには外で遊びたいと思うよ? もっといっぱい外に呼んであげたらいいのに、なんで呼ばないのさ?」
「呼び出したら、疲れる」
「昔の、体力自慢はどうしたんだよ。今だって近衛兵になって毎日鍛えてるのに」
「俺にだって色々あるんだよ。はぁ、もういい、分かったレオン、ルルと遊んでもいいけど、ちょっとだけだからな。ほら、行ってこい」
テオはユーリに言われるまま渋々といった形で、レオンに外で遊ぶのを許可した。
「よかったね、レオンくん」
少し離れたところで、ルルとレオンが楽しそうにじゃれあっているのを横目に、テオはユーリを呼んだ。
「なぁ、さっきアイツが上機嫌で、この門出てったけど、お前はついていかなくてよかったのかよ。降霊術課で一緒に仕事してるんじゃないのか?」
「先生? うん……あのね、休暇で、旅行行ったんだよ」
「はぁ、旅行? いいご身分だな。で、ユーリはおいてけぼりにされたから、しょんぼりしてるのか?」
「別にしょんぼりはしてないけど、色々気になることがあって」
「気になること?」
ユーリは周りに人がいるので、そこで話を切った。
「詳しい事情は言えないんだけど、国王様からの依頼で、今夜、調べ物のために降霊会しないといけなくて」
「えー、お前一人で?」
「うん、一人で」
「なるほど、それでビビってんの? もう一人立ちしたのに、兄弟子様は、情けないねぇ」
「だって……一人で降霊会なんて初めてだし。あ、そうだ、テオ、今日の夜さ……そばにいてくれない、かな、近くにいるだけでいいから」
兄弟子としてこれ以上情けないことを言うつもりはなかったのに、つい本音が出てしまう。突然、そんな暗い声を出したユーリに、テオが何か言おうとして唇が動いた時だった。休憩時間が終わったらしくテオのことを同僚の近衛兵が呼んだ。
「悪いけど、もう、俺はお前のこと手伝えないよ。だから一人で頑張れ。――ユーリは国一番の降霊術師様なんだろ」
突き放すような声だった。
「でも」
今までは、本当に怖がっている時、絶対にテオはそばにいてくれた。けれど、今回は、はっきりと無理だと言い切られてしまった。
その言葉に、また勝手に一人で傷ついてしまう。テオは、もうユーリと同じ降霊術師じゃなくて、違う道を選んでいて、近衛兵として働いていて、だから、ユーリのことを手伝えないのは当然のことなのに。
「――わかった。じゃあ、テオじゃなくていいよ。レオンくんを貸して」
ユーリは下を向いたまま、ぽつりと言った。自分でも何を言ってるんだろうって思ったけど、情けなくも甘えたな自分の言葉は止まらなかった。
「はぁ、貸せるわけねーだろ。レオンは俺の守護霊なんだから、どうやって」
「出来るよ。元々、僕が呼び出したんだから、お願いしたらレオンくんは一緒に来てくれる」
ここまで言えば、流石のテオも渋々ついてきてくれるかもしれない。そんな淡い期待はあった。
「あっそ。勝手にしろよ。俺は仕事戻るからな」
テオは、小さく息を吐いて、そう告げると、ユーリに背を向けて歩いていく。
ユーリの期待は裏切られ、テオの答えは変わらなかった。ユーリが聞いたことのない、冷たい声色だった。
「……なんでだよ。ずっと一緒って言ったじゃん」
ユーリはテオが立ち去ったその場で小さく寂しさを吐き出した。レオンは自分のことを置いていったテオの元へ帰ることも出来ず、ユーリのそばで困っていた。ユーリはレオンにどうする? ってぽつりと訊いてみた。あくまで、テオの守護霊なので、本気で嫌だったらレオンに無理強いは出来ないし、する資格もない。
すると、あまりにもユーリが情けない顔をしていたのか、レオンは「仕方ないな」とでも言ってるふうに小さく首を傾げその場にとどまってくれた。
本当は、テオがこう言ってくれるはずだったのに。まるで、レオンが、以前のテオみたいに思えた。
大切な幼馴染がユーリを置いて一人どんどん遠くへ行ってしまう気がして、不安でたまらなかった。
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