真実
翌日、降霊術課の自席で、ユーリは昨晩のことをふわふわした落ち着かない気分で思い出していた。
あまりにも居心地の悪い顔をしていたテオが可哀想になって、昨晩は、それ以上訊けなかったけど、間違いなく親友で幼馴染の弟弟子に好きだと告白された。
嬉しくて普通にしているつもりでも、自然と頬が緩んでしまう。長い間そばにいて、家族のような気持ちで接していたから、全くテオの気持ちに気づけなかった。
(テオって、僕のこと、あんなに、好き……だったんだ)
「……え、待って。一体、どこを?」
浮かれていた頭が、急に冷静になって、思わず声に出してしまった。
テオが自分のことを好きになる要素とかあるの? とユーリは頭の中が混乱し始める。
恐がりで、頼りにならない情けない兄弟子。
テオがレオンの霊に憑依されてしまうことを、ユーリに秘密でエルベルトに相談していたのがその証拠だ。
弟弟子が、兄弟子のせいで多大な迷惑を被って体調不良に悩まされ、暗い東の塔で一人苦しんでいたのだと思うと、ユーリは自分で自分のことを許せそうにない。
国一番と言われる降霊術師の力を持っていても、テオがつらい時に何も出来なかったことが悔しかった。
このままだと、好きになってくれたのに、嫌われてしまうかもしれない。
ユーリは一人、顔を赤くしたり青くしたりしていた。すでに、テオの気持ちを聞いてしまっている以上、今までと同じではいられない。
テオの体のことは、ユーリが自分の力で解決したい。テオがユーリを怖がらせないようにと離れたのだとしたら、テオが安心して相談してくれるくらい、頼り甲斐のある人間になりたかった。
(テオと一緒にいるために、僕には何が出来るんだろう)
降霊術課で、仕事をすると決めた時に、エルベルトの前で決意したことを思い出す。
必要とされる、その期待に応えられる自分になりたい。
今度こそ、いつまでも誰かを頼ってばかりじゃいけないと思った。自分がテオを必要としたのと同じように、テオに必要とされる自分になる。
次にテオが困った時は、ユーリの元から去るなんて結論を出さないように。
ユーリは目の前の仕事を片付けることから、一歩ずつ前に進もうと決めた。これまでに調べた調査書類を前に集中して思考を巡らせる。
最初、呼び出した霊に東と言われたとき、ユーリは東の塔を見て何かあるんじゃないかと思った。だから、東の塔にいたテオが王宮に潜む隣国のスパイかもしれないと疑った。
でも、テオが東の塔にいたのは、霊に憑依された自分の姿を周りから隠すためだった。
ユーリは何か一番大事なことから目を背けている気がした。
答えは自分の中にきちんとあった。最初から霊は答えを言っていたのだから。
東、黒い影、月の満ちる頃。
月の満ちる頃は、降霊会を行ったあの日のこと。その時、東へ向かっていた人がいた。
そして、あの場にいた王族の霊は、何者かによって、口を封じられていた。そんなことが出来る人間は、自分たちのような術師だ。
リサーヌ国へ行くには、王宮の東側にある精霊の森を通れば、街道を通らなくても、簡単に着くことが出来る。
予定より早く帰ってきたエルベルトが森を通ったことは明らかだった。エルベルトは、昔から自分の庭のようにあの場所に慣れ親しんでいるのだから。
「おや、ご機嫌ですねユーリくん。どうかしたのですか?」
「い、いえ! 何も!」
「師匠に隠し事なんて、いけませんねぇ」
「隠し事、というか、あの! 僕、先生に訊きたいことがあって」
「はい、なんですか」
慣れ親しんだ優しい笑顔が、急に恐ろしくなった。いつから、そうなってしまったのだろうか、尊敬すべき師匠で、頼りになる大好きな先生。
「先生、旅行、リサーヌには、精霊の森を通って行ったんですか」
「えぇ、もちろん。君は怖がりますが、降霊術師は、あの森を怖がったりしませんからね」
「そうですか」
「ところで、私もユーリくんに訊きたいことがあります」
こくりと、息をのむユーリは、席を立ち上がり、一歩足を後ろに引いた。
ユーリの守護霊であるルルが、この部屋に毎朝来るのを嫌がった理由。ルルは、王宮内が怖かったんじゃない。エルベルトがいるこの部屋が怖かったのだ。
ルルは本能的に感じた危機を、彼なりに一生懸命に伝えていた。
この部屋が危ないって。
守護霊であるルルとは、話をしなくても、心で繋がっているから、なんでも分かり合っていると思っていたのに、ユーリはルルの気持ちも呼びかけも正しく受け取れていなかった。多分、少しの驕りもあった。ルルは、あんなに怖いって言っていたのに。ちゃんと、聞いていなかった。
――ごめん、ルル。
ユーリにとって、エルベルトが怖いなんて、ありえないことだったから。
端から、エルベルトが霊を縛る術なんて使ったりしないと考えていた。
「そろそろ、王宮に潜り込んでいるスパイは見つかりましたか? 君は優秀ですから、もう答えは分かってるのでしょう?」
「先生、いつからですか」
ユーリの質問に答えは返ってこなかった。エルベルトは、いつもと変わらず優しく微笑んだままその場に立っている。
急に周囲の空気が薄くなる。ひやりと冷たい手が、後ろから首に触れた。誰かに首を絞められている。ユーリは息が上手く出来なくて床に膝をついた。ユーリの首を絞めていたのは、エルベルトの守護霊の女性だった。いつから、エルベルトは、こんな風に霊を使役するような術を使うようになったのか。エルベルトにとって大切な友人の彼女を使い、ユーリの首を絞めさせている。
「ッ、ぁ……」
早く誰かに知らせなければと思い、近くにいる霊に呼びかけようとしたが、エルベルトは、ユーリよりも素早く手を前に掲げる、近くにいた小さな霊たちは霧散して消えてしまった。
――生きている世界が違うだけで、元は、私たち人間と同じ存在です。だから、もう怖くないでしょう?
そう笑顔で自分たちにたくさんのことを教えてくれたエルベルトは、なんの躊躇もなく、その存在をこの世界から消してしまった。
ユーリの目から涙が溢れる。嘘をつかれたことが、悔しいというより寂しかった。
大好きな先生が、変わっていたこと。それに気づけなかったこと。全部テオと同じだった。
ユーリが、もっと頼りになる人間だったら、怖がりじゃなければ、エルベルトも、こうなる前に相談してくれたのだろうか。
無力な自分が情けなかった。
「泣かないで、ユーリくん。この仕事が終わるまで、君には、恐がりのままでいて欲しかったのですが、立派に成長しましたね」
エルベルトの靴音が近づいてくる。目の前に立った時、ユーリは薄れゆく意識の中、必死に言葉を続けた。
「先生が、僕を王宮の降霊術師に推薦したのは、どうして、ですか」
「君が、ここにいてくれることで、王宮内で動きやすくなりますからね。国王様に、怪しまれることもない。最近、ますます心配性になってきて、困ったものです。今まで通り、私のことだけを信じてくださればよかったのに、君という優秀な術師まで欲しがって」
「先生、何で」
「実際、私一人じゃなくて、ユーリくんが、大丈夫だと言えば、効果あったでしょう?」
エルベルトは床に伏しているユーリの前に両膝をついて座った。
「先生は……そんな人じゃ、ない」
ユーリはエルベルトに向かって手を伸ばした。次第に闇の中にエルベルトの優しい笑顔が消えていく。
「ほら、大丈夫だから。少し、おやすみなさい。もう少しで、私の願いが叶う」
「先生……の願い」
「まだ、先生と呼んでくださるのですね。私は裏切り者ですよ?」
「先生は、ずっと、先生ですよ」
ユーリは、なんとか伝えたいことを最後まで言って、全ての意識を手放した。
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