甘えてる
テオは念を押すように、東の塔には近づくなと続けた。
「い、行かないよ、そもそも怖いし。万が一行くとしても先生が帰ってきてから、って言おうとしたの」
「はぁ、本当、ユーリは先生に頼ってばっかだな」
確かにテオが言う通りだった。術師として一人前になったのに、結局、最後はエルベルトになんとかしてもらえると心の中では思っている。テオに痛いところをつかれてしまった。
「じゃあ、あのさ、もし、もしもだよ先生じゃなくて、僕が、テオがいいって言ったら、テオは、一緒にきてくれるの?」
なるべく深刻にならないように、でも、本気で言ったつもりだった。けれど、テオは、それを茶化す。
「なんだよ兄弟子様は、いつまでたっても甘えん坊ですね」
「あ、甘えてとか!」
ユーリが、反論しようとすると、テオの額の上にあった手を右手で掴まれ、まっすぐに目を見つめられた。テオの金色の瞳が揺れる。
「ユーリ。前も言ったけど、俺は、別に忘れてないからな、約束」
「や、約束って、どの?」
「はぁ、言ったお前が忘れるなよ。ずっと一緒にいるし、お前のこと守ってやるって。ガキの頃の話」
「ぼ、僕は! ……守ってなんか……くれなくていい、よ」
「あ、なんでだよ」
ユーリがそういうと、テオは少し拗ねたような顔で見つめ返してくる。
ユーリはテオに守って欲しいから、一緒にいて欲しいわけじゃない気がした。子供の頃にした約束を未来永劫守って欲しいわけでもない。じゃあどうしてと言われても、すぐには答えが出ない。
ただ寂しいだけ。一人だけ置いていかれたような気分になる。
「あ、兄弟子は僕だ! だ、だから、テオを守るのは、本当は、僕の役目……だし?」
「言うなら最後まで、言い切れよな、なんで疑問系」
「……うん。でも、そっか、覚えてくれてて良かった。僕だけ……僕ばっかり、テオのこと考えてるの、なんか不公平だ」
「……お前さ、それ無自覚?」
「え、何が?」
テオは、じっと恨めしい顔だった。けれど、怒っているというよりは、どこか呆れているような表情だった。
「別に、お前だけじゃねーよ。いつだって、お前のことばっか考えてんの。俺は、頼りない兄弟子様が、心配で心配で夜も眠れないんだから」
「ばっ、バカにして!」
「――俺はさ、ガキの頃、嬉しかったんだよ」
「え?」
「ユーリに、ずっと一緒がいいって言われて嬉しかった!」
テオは、ユーリの頬を優しくつねった。
何か、言いにくいことがある時、テオは、いつもユーリの頬とか鼻を触ってくると思う。
「誰にも必要とされてないんじゃないかって、思ってたから」
テオは、遠い昔に思いを馳せているようだった。自分は、家族を亡くして孤児になったけれど、テオだって母親を亡くしてから、一人で父を支えていたのだ。妻を亡くしてから、次第にテオの顔を見なくなった父親を見て、テオが傷ついていないはずなかった。
テオは、テオのお母さんに優しい目元がよく似ていたから、おじさんは、テオの顔を見るたび、思い出してつらかったのだろう。とても仲のいい夫婦だったから。
でも、テオは寂しいとも、つらいともユーリに弱音を吐いた事がなかった。
家族を亡くしたのだから、テオも自分と同じように寂しかったはずなのに。
「そんなわけないじゃん! 僕、テオが必要だよ!」
ユーリは握られたテオの手を強く握り返した。
「お前が、いつも、俺の名前呼んでくれて、後ろをくっついて歩いてくれて、嬉しかったんだよ。俺もここにいていいんだって思えたから」
ユーリが、何かにつけて、怖い怖いと騒いで、テオにひっついていたことを、テオがそんなふうに思っているとは知らなかった。
子供の頃、いつも寂しいと思っていたのは、自分一人だけじゃなかった。
「ま、でも、ガキの頃の話だよ。何、お前は今も、俺が必要なのかよ」
「ぅ、それは……うん」
「あっそ」
テオは、なんだか嬉しそうだった。
ずっと、どうして降霊術師にならなかったの? しか言えなかったのに、テオも同じように自分のことを考えていたと知って、ふいに焦燥感が薄れていた。将来の道は違ってしまったけど、根っこの気持ちが何も変わっていないのなら、それでもいいと思えた。
もっと、早く二人で話していればよかった。いつもそばにいたから、勝手に通じ合っていると思っていた。
霊ではない、生身の人間には、思っているだけじゃ伝わらない。そんな当たり前のことを、今更に気付かされた。
「とにかく、東の塔は危ないから、絶対、ユーリは一人で行くな。……俺は、何も出来ないんだから」
テオは何もできないと言うが、ユーリには、どうしてもそうは思えなかった。少なくとも、ユーリよりも自立しているし、多くのことが出来る。近衛兵として働き始めて、さらに差をつけられている。
仕事の勝ち負けを競うわけじゃないけれど、エルベルトがいうように、今は一歩も二歩も遅れをとっている。
「でも、今夜は助けてくれたじゃんテオ」
「お前が、レオン連れて行ったからだろ! あと今日は、夜の見張り当番じゃなかったから。いつも助けに行ける訳じゃない。……今は、あいつも居ないんだろ、これ以上危ないことはするな」
「あいつって、先生?」
「お前、そろそろ、あいつのこと、エルベルトって呼び方に直せよ、無理なら、ハーウェルさんとか他に言い方だってあるだろ。弟子卒業したのに、前となんにも変わってねぇの」
「それ、先生にも言われた。でも、先生は、先生だし」
「俺は、今回のことで、完全に、あいつのこと性悪だって分かったよ。だから、ユーリも、もうあんな奴信用するな。いいか、一人立ちしろ」
「またそんなこと言って。テオだって、ずっとお世話になってたのに。なんで、そんなに先生のこと嫌うかな」
「ユーリが、先生の話ばっかりするからだ」
テオからちゃんと答えが返ってきたことにユーリは少しだけ驚いた。
「え、そうかな? なんだよぉ。僕のこと甘えん坊とか言うけど、今日は、テオの方が小さい子みたいだよ」
じゃれるように、テオは額をユーリの胸元に押し付けてくる。
ユーリは、らしくないテオの仕草に面食らってしまう。体調が悪くて、人寂しい感じなのだろうか。ユーリは思わずテオの頭の後ろをよしよしと一生懸命撫でてしまう。
(テオが、なんか可愛い……なんだよ! いつもこうならいいのに)
不遜で生意気。だけど頼りになる弟弟子で、幼馴染。この先もずっと、こんな感じで一緒にいられたらいいのにと思う。
「心配してんだよ。ユーリは、すぐに人のこと信用するし流されるから。俺が、代わりに、用心深く周り見てんの」
ユーリはくすりと笑った。
「今日のレオンくんみたい。レオンくんもね、今日すっごい周り警戒してくれてさ。小さい頃のテオみたいで、ホント可愛くてさぁ、僕レオンくん好きだなぁ」
「……なぁユーリ。もっと頭撫でて」
唐突にテオの声が一段低くなって、眉間の皺が深くなる。
「まだ頭痛いの? どうしよ先生の引き出しのなかに飲み薬とかないかな」
そう言って、その場から立ち上がろうとすると手を握られた。
「俺、自分の守護霊まで嫌いになりたくないんだけど」
「なにそれ? レオンくんあんなに可愛いのに、ねぇ、ルルもそう思うよね?」
そう言って、ずっと隣にくっついていたルルに呼びかけると、帰った方がいい? と首を傾げ、つぶらな瞳で訊いてくる。
「もぉテオが、そんなこと言うから、ルルが帰った方がいいかって? 言ってるよ」
「……じゃあ、ルルに伝えといて。ユーリに似てるって言って悪かった。お前は、ユーリより物分かりがいいし賢いよなって」
「なんだよ、僕、兄弟子なのに、ひどい」
「元、な」
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