ネクロマンサー
しばらくたわいもない話をしていたが、結局テオはソファーで眠ってしまった。よっぽど調子が悪かったのかもしれない。ずっと眉間に皺が寄っていたが意識を手放した瞬間急に幼い顔つきになった。さっき頭をくしゃくしゃと撫でたので、長い前髪が額に落ちているからかもしれない。
少し前は毎日見ていた懐かしいテオの寝顔に思わず笑みが漏れてしまう。ユーリはテオからそっと離れて、自分の仕事机に座った。
――結局、何だったんだろう、あのメッセージ。
東、月の満ちる頃。黒い影……。
他にも何か手がかりが残っていたかもしれないが、もう一度一人で地下に降りて、調べる気にもなれず、エルベルトに報告するための資料を作っていた。
もちろん、テオも同じものが見えていたのだから、見間違いや読み間違えは、あまり考えられなかった。
ペンを走らせながらも、考えはまとまらず、紙にはインクの染みばかりが増えていく。
ユーリの呼びかけに応じる形で霊は現れた。だから降霊会自体は成功している。つまり、残された文字には必ず意味があるはずだ。
ふと、机の上にある本に目が止まり手に取った。
三年前にリサーヌ国で開催された降霊術の学会で、エルベルトが持ち帰ってきた本だった。
――死霊術、ネクロマンサー。
ロスーン国で、ハーウェル家が降霊術の大家として知られているのと同じように、リサーヌにも術師の家が存在していた。学会では、それぞれの国の思想や信仰は尊重する形で、あくまで学問として、それぞれの参加者たちの学説が発表されている。エルベルトは元々の異国趣味もあり、旅行も兼ねて普段から他国の学会でも積極的に参加していた。
本を開いた最初のページに著者の白黒の写真。
バルド・ザイード。
ユーリも知っている高名な死霊術師だ。
腰まである長い黒の絹糸のような髪。闇夜を思わせる男だった。エルベルトとバルドはそれほど歳は変わらないらしいが、写真だとエルベルトよりずっと年上に見えた。
中身は、降霊術の学会でバルドが発表した「死者を操ること」に関する学説だった。エルベルトのお供をして、テオと一緒に学会に足を運んだときのことだ、エルベルトは舞台袖から会場に戻って来て「またバルドに著書を押し付けられました」と苦笑いをしていた。
学会でのバルドは、よどみない朗々とした語り口で、壇上で話すその声は自信に満ち溢れていた。
――なぜ、霊を友人などと呼ぶのか。
まるで、ロスーン国の考えを敵視しているかのような口ぶりだった。エルベルトは常々、学問と信仰は別だと言って、リサーヌの考えを否定も肯定もしていなかった。エルベルトは真摯に物事に向き合い、学ぶ人は平等に尊敬に値して好きだといい、自分の国と違う思想を持つからといって差別したりはしていなかった。
――私は、ロスーン国の考え方が好きですよ。大好きな人が亡くなった後も、どこかで楽しく生きているかもしれない。そう思えるのは幸せなことですから。
もし、リサーヌ国のバルドが書いた本の通り、死霊術を使える人間なら霊を操ることに躊躇しないだろうし、今回のような霊の口封じだって可能だろうと思った。
この宮殿に潜むかもしれないリサーヌ国のスパイ。
そんな人が本当にいるのだろうか。
とにかくユーリは、エルベルトが帰って来たら自分が気がかりに思っている東の塔についても相談してみようと思った。
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