子供のころの思い出
* * *
ユーリは、その夜とても懐かしい夢をみた。
過去、テオがユーリと同じように降霊術師になると決めた日のことだ。それは日が少し傾いた学校の帰り道。テオは突然ユーリの手を掴み、無言のまま道を外れ墓地の中を足早に進んだ。そうして着いたのは、テオの母親の墓の前だった。
ユーリは両親を亡くしてからテオの家にお世話になっていて、その日は前日にエルベルトから弟子入りの話を聞いたばかり。テオもユーリも学校では一日会話がなかった。
ユーリは弟子入りすることも、テオの家を出ることもすでに決めていた。
けれどテオと離れることが嫌で、昨日寝る時に、ユーリはテオとずっと一緒にいたいと、つい本音をこぼしてしまったのだ。
「なぁ、ユーリ。俺の母さんの霊って見えてんの?」
降霊会で呼び出すまでもなく、その時、ユーリにはテオの母親の霊が見えていた。世話焼きで優しくて、テオのそばで生前と変わらずに微笑んでいた。
「俺さ、ユーリと一緒にハーウェルの家に行こうと思うんだけど」
「え、でも、そうしたらおじさん家に一人になっちゃうよ」
「だから、母さんに訊きに来た。ほら俺は見えないんだから、ユーリ訊いて。親父家に一人でもいいかって」
テオに霊の姿は見えない。だったら、ユーリが、今ここでどんな嘘を吐いたってバレることはない。そんなことを一瞬でも考えたことが年上として恥ずかしかった。
テオの母親の霊は、そんなユーリを見ても変わらずに優しく微笑んでいた。
「き、訊けるわけないじゃん」
「なんだよ。エルベルトって奴、お前のこと国一番の降霊術師って言ってたじゃん。話せるんだろ」
「それ将来の話!」
「分かったよ。訊けないなら、母さん笑ってるか?」
ユーリは、それには首を縦に振った。そもそも、ユーリが訊かなくても、テオの声は、母親に届いていて、ユーリは、その返事を伝えるだけで良かった。
自分のことを自分で決められて偉いって。でも、どんなに真実だとしても、その言葉をユーリを通してテオに伝えると嘘に聞こえる気がして言えなかった。
「そっか、じゃあ。俺は、今まで通り、お前のそばにいてやる。ほら、用は済んだし帰るぞ」
「いてやるってなんだよ! 年下のくせに、ほんと生意気だなぁ」
テオの母親の霊に手を振り返してから、慌ててテオの背を追いかけた。その背に抱きつきたいくらいに嬉しかった。
「昨日、一緒がいいって、夜びーびー泣いてたくせによ。一人でハーウェルのお屋敷に住むなんて嫌だって言ったの誰だよ」
「あ、あれは、お屋敷で霊……が、出たら、怖いじゃん。テオいないのに」
「ユーリ、降霊術師になりたいんだろ? しかも王宮の降霊術課で働く」
「そんなの……分かんないよ。将来のことなんて」
テオの横を歩きながら、話すその声は小さくなった。将来を決めるには早すぎた。けれど、ユーリには、その時、ハーウェルの家へ行く以外の選択肢がなかった。
いつまでも、テオの家にお世話になっているわけにはいかないし孤児になったのなら、施設に行くべき。テオの家だって特別裕福なわけじゃない。おじさんは、ユーリ一人くらいと言ってくれたけれど、それが事実でないことは分かっている。
「将来ねぇ」
テオは、前を見たまま続けた。
「うん、分かんないじゃん。僕、ずっと、怖がりなままかもしれないし、国王様が僕のことなんていらないっていうかも、エルベルト先生だって、僕のこと教えているうちにがっかりするかもしれないよ」
「俺だって分からない。将来なんて。でも、いいじゃん、それなら、いま決めなくても」
「で、でも! 弟子入りするんだし、そんなのダメだよ」
「子供なんだから、決められないのは当たり前じゃん。俺はさ、ユーリと一緒に弟子入りしたって、降霊術師の才能なんてないと思うよ。そもそも霊、見えないし。けどユーリのことは、絶対に守るって、それだけは前から決めてるから」
テオは、少し照れたような声で、でもはっきりとユーリのことを守ると言った。そのことが嬉しかった。将来のことなんて何も分からないし、家族を亡くしてから、楽しいことがあっても、毎日どこか寂しい。何回遭遇しても霊は怖い。不安がいっぱいだった自分にとって、テオの「大丈夫だ」って言葉だけが支えだった。テオがいるだけで心強かった。
「見えなくていいよ。でも一緒がいい。僕は、テオがいないと嫌だ」
真っ赤な夕日の眩しさで、表情は、よく見えなかったけど「しょうがないな」と普段と同じ呆れた調子のテオの声が温かかった。
「ユーリがさ、霊、怖いなら守ってやるよ。だからユーリは前だけ向いてろよ」
「……ほんと、生意気。でも、ありがとう」
漠然とした将来の不安を抱えていたユーリにとって、テオのまっすぐな言葉が、どれほど心強かったか。
――その一言一句、全てを忘れずに覚えていた。
久しぶりに、テオが昔話をしてくれて嬉しかった。だからこんな懐かしい夢をみたのだと思う。テオとこの先も一緒にいるって決めた大事な思い出だった。
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