■■■■■ (エピローグ) オルフェ・アルメリアは、イオリー・オーキッドを誰にも渡さない。

 *


 ――イオリー・オーキッドはオルフェ・アルメリアを許さないだろう。


 最初から決まっていたことだ、覚悟もしていた。

 仮初でもいいからとイオリーと寝たのはオルフェも同じだった。

 誓約の魔法で繋がっているとき、彼の中で生まれた淡い恋心に気づいて、どんなに嬉しかったか。

 それでも、その時点で、自分がイオリーを傷つける未来は決まっていた。

 バルト・ザイードの予言通りになり、遠くで彼が嘲笑っている声が聞こえた気がした。


 ――貴族の傲慢ですね。命さえ救えれば、それでいいと? 彼にも心はあるでしょう。


 その通りだ。彼を手元に置いたのは、オルフェのエゴだ。

 彼の命だけは救いたい。

 魔法貴族としての高慢な感情が、少しもなかったとは言わない。


 そんなオルフェにイオリーが古代魔法使いとして腹を立てたのは、当たり前だと思っている。

 イオリーは、その暗い感情を罪と思っているが、それは間違っている。

 彼にも魔法使いの血が流れ、正しくプライドが育っていたことに、オルフェは安心したくらいだ。


 イオリーは自分の価値を低く考えすぎるきらいがある。

 セラフェンの魔法学校に入学した時点で、彼の中にあったのは、誰よりも教育の機会を大切に思う心だった。自分だけでなく、周りの人間も、立場に関係なく学ぶべきだと考えていた。

 自分にはない価値観を持つ彼だからこそ、強く惹かれたのかもしれない。

 その純粋で、まっすぐな優しい瞳を守りたかった。


 評議会の人間から、イオリー・オーキッドの処遇は、オルフェの手に委ねられた。


(イオリー・オーキッドは、アルメリア様の従者、ですからね)


 オルフェが処分を申し出ると、彼らからは想像した通りの言葉が返ってきた。

 アルメリア家の誓約の鎖があれば、イオリーが、たとえ、どんな選択をしても自分の手で救える。

 自分が利用できる立場は全て使った。


「……君の言う通りだ。私は嘘つきだよ。イオリー・オーキッド」


 しかしイオリーに見せていた顔の全てが真実ではなくとも、一つだけ、イオリーに真実だといえることがある。


 *


 卒業の式典が行われる中、オルフェが代表の挨拶をしていると、講堂の後ろの扉が開いたのが見えた。

 イオリーの手には、重い枷がかけられている。

 生徒たちはオルフェが挨拶の最後に告げる誓いの言葉を、固唾を呑んで見守っていた。

 イオリーを侮蔑する言葉から守る。その思いだった。


「私、オルフェ・アルメリアは、卒業後セラフェンの王国騎士団に、イオリー・オーキッドと共に入団いたします。――彼は、私の生涯の伴侶だ」


 大聖堂の身廊部分にいる生徒たちは、演壇に立つオルフェの視線の先を探した。その少しあと、後方の木扉の前にいるイオリーに鋭い視線が一斉に注がれる。


 オルフェは、壇上から正面の階段を降りると生徒たちの間を縫ってイオリーの元へ、まっすぐに歩いた。

 イオリーの正面で立ち止まったオルフェは、ローブをはためかし地面に片膝をつく。

 イオリーの目は戸惑いで揺れていた。当然だ、何も伝えていないのだから。


「イオリー、伴侶として私と共に王宮へ来て欲しい」


 オルフェがイオリーの両手首に触れると、枷はバラバラと形をなくし地面に落ちた。硬質な金属音が式典会場の聖堂に響き渡る。


 ――イオリー・オーキッドが牢獄へ送られることが決まった十八歳の春。


 魔法騎士、オルフェ・アルメリアは、イオリー・オーキッドを生涯の伴侶にすると誓った。




 終わり

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る