第37話 希子と友人

 ある日の休み時間。水野谷が郁人にダル絡みをし始める。


「なあなあ。飯塚。またお前の家で勉強してもいいか?」


「えー。そんなこと言われても……ここのところずっとじゃない?」


 水野谷はしつこいくらいに郁人の家に行こうとしていた。これにはさすがに仁志もなにか言ってやりたい気持ちになる。


「おい、水野谷。郁人が困ってるだろ」


「別にいいだろ。仁志。お前には関係のないことだろ。これは俺と飯塚の話なんだから」


 水野谷がずっと郁人に付きまとっているせいで、仁志は郁人と一緒に遊ぶことができないでいる。


 それがずっともどかしい。純粋に郁人と遊びたいというのもあるが、仁志も健康な男子高校生である。


 そろそろ溜まるものも溜まってきたので、またさなえと1発楽しいことをしてみたいと思っているところだ。


 しかし、水野谷がずっと郁人に家に行くとなれば話は別である。


 2人の関係がバレないように立ち回るには、どうにかして水野谷を郁人から遠ざけないといけなかった。


「大体にして、なんでお前は郁人にばかり付きまとうんだよ。別に俺だってお前の勉強を見てやるよ」


「お前じゃだめなんだ。飯塚じゃないと……」


「え?」


 まさかと仁志の中で嫌な予感がした。こいつも郁人を狙っているのかと思ってしまう。


「飯塚のお姉さんに会えないじゃないか」


「は?」


 動機は思ったよりも単純だった。水野谷はただ単に茉莉香に惚れてしまっただけである。


「いや、お前……マジか」


 なぜか仁志の方がうろたえてしまう。


「まあ、お姉ちゃんモテるし」


 郁人はいつものことのように受け入れてしまう。これまでも何人もの男子が茉莉香に告白して玉砕する展開をみてきた経験が郁人にはあった。それだけに動じることはなかった。


「というか、お姉さんに彼氏はいるのか?」


「さあ、今はいないって言ってたような」


「ハッキリしてくれ。そこが重要だから! すごく重要だから!」


 水野谷は必死に郁人に詰め寄っている。仁志はなんだかアホらしくなって、水野谷に構うのをやめた。どうせ、水野谷も玉砕する男子の内の1人になるのだろうと。


「なあ、頼むよ。飯塚~」


「えー」


 そんなやりとりをしている郁人と水野谷をしり目に仁志はトイレに行くために廊下へと出た。


 廊下に出てみると仁志は生活指導の先生とすれ違った。そして、その数秒後にその先生の怒号を聞くこととなった。


「おい! 佐倉! なんだその髪の色は! それに化粧も濃すぎる! 明日までに直してこい」


 仁志はその声に振り返った。すると生活指導の先生と希子がバチバチにやりあっているところを目撃してしまう。


「別にいいじゃないですか。これくらいまだかわいい方ですよ」


「なんだと……お前は前まではそうじゃなかっただろ! 一体なにがあったんだ?」


 生活指導の先生は少し心配そうに希子に語り掛ける。希子が最初から生活態度が悪い生徒であるのであれば、そこまで気にすることはなかった。


 しかし、希子は品行方正とまではいかないものの、ごく普通の女子であり、校則違反なんて大それたことをするような生徒ではなかった。


「いちいち、生徒のプライべートに干渉しないでください。うっとうしい」


「なっ……先生に向かってその口の利き方はなんだ。生徒指導室に来なさい!」


「うわ……だる……」


 なにやら大変なことになってしまった。仁志は元カノとはいえ、付き合いがあった相手があそこまで変貌したのを見て複雑な気持ちになった。


 髪色も明るく染めて、化粧も濃くして、高校生には見えないような外見になっていく希子。


 希子のことを見ていると、郁人を奪ってしまったのを申し訳なく思うこともある。


 しかし、仁志も自分の幸せをつかむためにやったことである。最終的に希子と別れる判断をしたのは郁人だし、柄の悪い連中と付き合いを始めたのも希子の意思なのだ。


 仁志が責任を感じる必要などないのである。


 誰かが幸せになれば、誰かが不幸になる。そんな世の中の不条理さを感じつつも、仁志は自分には他人の人生に干渉できるほどの力がない無力感に苛まれてしまった。


 だが、そんな無力感を覚えているのは仁志だけではなかった。希子の友人も生活指導の先生に連れられていく希子を心配そうに見ていた。


「希子……どうしちゃったの……」


 希子の友人はその場でいかにもすぐに泣きだしそうな顔をしていた。友人だった希子があそこまで変わってしまって、自分とも疎遠となるも、どうすることもできない。


 友人が道を踏み外そうとしているのになにもできないことにもどかしさを感じていた。


「大丈夫か?」


 仁志は希子の友人に声をかけた。きっと希子のことで悩んでいるに違いない。このまま1人にしておけないと思っての行動だった。


「風見君……その、希子はどうしてああなっちゃったんだろう……」


 希子の元カレである仁志に話しかけられて、希子の友人も少し肩の荷が下りたように感じている。


 仁志ならきっと自分と同じように思ってくれているに違いない。その想いが希子の友人の心を開いた。


「それは俺にもわからない。でも、まあ、付き合っている交遊関係にも問題はあると思うんだ」


「うん、そうだよね。なんか私から見ても女子の中で派手な子とばかり遊ぶようになったし、私の言うことは全然無視してくるし」


 希子の友人も希子のことを心配して、いつでもこれまで通りの道に戻れるように受け入れようとしてくれていた。


 しかし、希子本人がそんな友人の想いを無下にして、完全に我が道を行ってしまっている。


「私が悪いのかな……私が希子の悩みをしっかりと聞いてあげていればこんなことには……今からでも遅くない。希子をどうにかして取り戻さないと」


「待ってくれ。そんなことをしたら君まで柄の悪い連中と付き合うことになってしまう」


 ミイラ取りがミイラになる。希子の友人も希子を助けようとして、逆に引きずりこまれてしまう可能性だって十分考えられる。


 特にこの友人は押しに弱いタイプである。変な連中とかかわりを持てば、良いようにされて使いつぶされるのが目に見えていた。


「そんな……それじゃあ、希子を見捨てろって言うの?」


「あんまり深く関わらない方が良いと思う。希子の意思でああなってしまった以上は止めることができない。俺たちにできることは希子が戻ってきた時に温かく迎え入れることくらいじゃないかな」


「……うん。そうかも……」


 もどかしいけれど、他人の人生に必要以上に干渉しすぎるのもお互いに不幸になるだけなのかもしれない。その人と共に地獄に落ちる覚悟がなければ、関わってはいけないラインというものも存在する。


「とにかく、希子がいつか自分のしたことの間違いに気づいてくれるといいんだけどなあ」


「ありがとう風見君。少し気が楽になったかも」


 泣きそうになっていた希子の友人の涙も引っ込んだ。


「まあ、別に俺は特に何もしてない」


「ううん。一緒に話をしてくれただけでうれしかった」


「そっか」


 授業の始業開始のチャイムが鳴る。仁志と希子の友人は教室に入る。自分の席について先生の登場を待つ。


 希子はまだ指導されているのか戻ってきていない。空席の希子の席を見ていると、またなんとも言えない気持ちになってくる。


 結局、先生が来ても授業が終了しても希子の席は空いたままであった。希子の成績は最近下降気味であるが、授業に出られなかったことで更に影響があるのではないかと仁志は心配する。


 希子は次の休み時間には戻ってきた。希子の友人はそんな希子に真っ先に近寄った。


「希子……その、さっき授業出てなかったでしょ。ノートまとめておいたけど見る?」


「いや、いらない」


 希子はそれだけ言うと友人には目もくれず自分の席に不機嫌そうに座った。

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