第7話 男同士の友情

 月曜日。仁志とさなえがデートをした日の次の日。仁志と郁人はいつも通り学校に通った。そして、下駄箱で仁志と郁人がバッタリと出会う。


「あ、おはよう。飯塚」


「あ、うん。おはよう。風見君」


 2人は普通に挨拶を交わして、一緒に教室へと向かった。これまで通りの関係であったら、挨拶をするような仲でもなかった2人。


 しかし、デートをした影響からか2人共、自然に挨拶をして、更にそれを疑問に思うことなどなかった。


 仁志と郁人の少し後ろに希子がいた。希子も郁人に気づいて挨拶をしようとした。


 しかし、元カレと今カレの2人が並んで歩いているのを見ていると気まずくて声をかけることができない。


 どちらか片方だけだったら、挨拶はできた。しかし、仁志は郁人が希子と付き合っていることを知っている。


 そんな状態で自分がここで2人の間に入ってしまったら、なにかトラブルでも起きるんじゃないかと杞憂する。


 仁志に郁人の隣に立って歩くことを邪魔された気分になった希子。だが、仁志にそれを抗議することはできない。彼女も仁志をフってしまったという負い目がある。


 希子は2人に気づかれないように、距離をとりながら教室へと向かった。


「あ、しまった」


 着席するなり郁人がいきなり声をあげた。


「どうした。飯塚?」


「今日の英語って確か1時間目からだったよね。宿題やってくるの忘れた」


 基本的に勉強ができて真面目な郁人は宿題を忘れるということはしなかった。仁志もそういうイメージを持っていて郁人が宿題を忘れるのは珍しいと思った。


「俺はやってあるから答えを写させてやろうか?」


 仁志は自然とそう提案した。仁志は土曜日に宿題を終わらせていた。しかし、日曜日に郁人を連れまわしてしまったことで、郁人が宿題をする時間を奪ってしまったのではないかと心配してのことだった。


「ありがとう。風見君。でも、大丈夫。まだ時間はある。自力でやれるところまでやってみるよ」


 真面目な郁人は宿題を写すなんてずるいことはしたくなかった。それならば、今この時間で宿題を終わらせる方を選ぶ。例え間に合わない可能性があっても。


「そっか。時間までにどうしようもなくなったら、早めに言えよ」


「うん。大丈夫だとは思うけど」


 郁人は英語のプリントを出して、スラスラと答えを書いていく。そのペンの動きは答えをあらかじめ知っているのかのような速度であり、ものの数分で仁志が十数分かけて終わらせた宿題を片付けた。


「すげえ……早いな。飯塚」


「まあ、英語は得意だからね」


 仁志は郁人の頭の良さを目の当たりにして、改めて自分とのスペックの違いを見せつけられてしまう。もし、自分が希子でも郁人に告白されたら乗り換えてしまうかもしれないと思えるくらいに差があることを痛感してしまう。


「なあ、飯塚。勉強のコツとかってあるのか?」


「コツ? うーん。僕がやっている勉強法でいいなら教えてあげるけど」


「本当か? 今度教えてくれよ」


「わかった。風見君に合う勉強法かはわからないけれど、やってみるよ」


 仁志と郁人は楽しく会話をしている。そんな様子をただ指を咥えてみることしかできない希子。


 仁志と郁人には接点らしい接点がなかった。だから、教室に入ればお互いに席について、すぐに希子が郁人に話しかけられると思っていた。


 でも。仁志が郁人の傍を一向に離れないから、話しかける機会がなくなってしまう。


 このまま話しかけるのでは、希子の方が2人の邪魔をしているみたいな雰囲気になってしまう。それくらいに2人共仲が良いように見える。


 いつの間に2人は仲良くなったのか。希子にはさっぱり理解できなかった。


 学校ではそういう機会が全然なかったし、もし、自分が仁志の立場だったら郁人と仲良くするのは絶対に嫌である。


 それなのに、仁志は郁人に宿題を見せようとする優しさを見せていた。その謎が妙に希子に中で絡みついて気持ち悪く感じてしまう。


 しかも、仁志と郁人が一緒に勉強をするような約束を取り付けている。相当な仲じゃないと一緒に勉強をするなんて発想にはならないはずである。


 もし、自分が彼氏を同級生に寝取られたなら、その女子とは絶対に仲良くできない。


 なのに、そのありえないことが性別が逆になったら発生しているのである。


 男子は殴り合った相手でも仲直りできるという話はよく耳にするが、それと同じことが起きているのだろうかと希子は推測する。


「どうして……」


 希子はそうつぶやく。希子にとっては得体のしれないことが着実に起きている。


 自分だけが取り残されているような気がしてならない。


 仁志とは深い関係だったし、郁人とも近しい関係になったはずだった。


 でも、この2人が関わることに自分は蚊帳の外にいるような感覚に陥ってしまう。


「あ、俺ちょっとトイレ行ってくる」


「うん。行ってらっしゃい」


 仁志がトイレに立つ。その瞬間に希子は仁志の後をつけた。仁志が男子トイレに入るのを見て、トイレの前で待っている。


 数十秒後、仁志がトイレから出てきた時に希子が仁志に声をかけえる。


「ねえ。風見君」


「うわ、びっくりした。なんだ。希子。こんなところで」


 まさかトイレでスッキリした直後に元カノから話しかけられるとは思わなかったので仁志は心臓がバクバクと高鳴る。


「さっき、飯塚君と仲良かったよね」


「ん? 仲良いっつーか。普通クラスメイトなんだし、話すくらいのことはするだろ」


 仁志は希子から視線を反らしながら答えた。希子はそんな仁志に睨みをきかせる。


「ただのクラスメイトじゃないじゃない。だって、飯塚君はあなたにとって……元カノを奪った存在じゃない」


 希子は一瞬言いよどんだ後に事実を突きつける。自分のことなどもう未練はないのか。そんなことどうでも良いと思えるくらい、自分は軽い存在だったのか。


 わがままかもしれないけど、数ヶ月は引きずっていて欲しいという乙女心を傷つけられて希子はもやもやとしていた。


「元から仲良かったらわかるよ。でも、あなたたちの関係はそうじゃない」


「別に……元カレが誰と話そうがどうでもいいだろ」


「良くない! だって、話している相手は今の私の彼氏でもん!」


 ここで希子は自分の感情に気づいた。嫉妬。元カレ相手に嫉妬をしてしまっている。


 郁人と仲が良くなったのもそうだし、郁人と付きあえて自分は幸せになれるはずだった。


 でも、郁人から最近はすれ違うことが多いし、今は幸せの波が収まってる状態。


 しかし、自分にフラれて不幸になっているはずの仁志が別の女の子と早々に仲良くデートをしているのだって目撃している。


 仁志に不幸になれとは思ってはいない。でも、幸せになるのが少し早いんじゃないかと思ってしまう。


 もし、自分が郁人にちゃんと相手してもらえていたら、仁志の幸せも素直に喜べたかもしれない。


 だからこそ、今、仁志の幸せを素直に喜べない自分にも希子は嫌気がさしていた。


「あ、ごめん。俺がいたせいで話しかけ辛かったか?」


 仁志は希子に謝罪をした。流石に友人関係よりも恋人関係の方が優先されるのが普通である。


 今朝の行動を振り返って郁人を独占していることに気づいた仁志は希子の怒りももっともだと思った。


「で、でも。希子。どうして俺に付いてきたんだ。俺がトイレ行っている隙に郁人に話しかければ良かっただろ」


「あ、ああ! そ、そうだった!」


 ここで希子は凡ミスをしたことに気づいた。仁志と郁人の関係性が気になりすぎて、仁志を問い詰めようとした結果、合理的な選択肢が頭から抜け落ちてしまっていた。


「あ、じゃ、じゃあね!」


 希子はそれだけ言って足早に教室に戻っていった。取り残された仁志は首を傾げて、希子はなんだったのかと思うのであった。

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