第6話 思い出の写真撮影
食事を終えた2人はファミレスを出て、街を歩き始めた。その時にさなえが足をもじもじとさせて頬を赤らめてうつむいていた。
「ねえ。風見君。ちょっとコンビニに寄っても良い?」
「ああ、別に良いけど」
仁志は近くのコンビニに向かおうとした。しかし、さなえは仁志の手をちょこっと掴んで止めようとする。
「あ、あっちのコンビニはちょっと……行きつけのコンビニがあるからそっちに」
仁志はこの時に気づいた。さっきのファミレスの会話で、さなえはコンビニの男女共用トイレの場所を把握していると言っていた。
この状況で特定のコンビニに行きたがるのはそういうことであろう。
「わかった。それじゃあ、さなえちゃんが行きたいコンビニでいいよ」
「うん、ありがとう」
仁志はさなえの歩幅に合わせながら、ちょっと遠目のコンビニへと向かった。そこのコンビニにつくなり、さなえはトイレに入る。仁志はその間、トイレ近場の雑誌コーナーに陳列されている本を見ながら待っている。
少し待っているとさなえがトイレから出てくる。手を洗い、ピンク色のハンカチを使って手を拭いているのを仁志は見逃さなかった。
ピンク色のハンカチを男子が使うことは珍しい。こうした細かいところにも女装の配慮が行き届いているさなえに仁志はプロ意識の高さを感じざるを得なかった。
「ごめん。お待たせ」
「あ、ああ。大丈夫。全然待ってない」
仁志はまるでデートに遅刻した彼女をフォローするかのようなセリフをこの場で言ってしまう。この場で適切だったかどうか仁志は少し頭を悩ませた。
コンビニから出た2人。もうすっかり日が暮れていて夜も遅い時間帯である。
街灯がつき始めていて、これから訪れる夜の足音が聞こえてくるようである。
「そろそろ遅い時間になってきたね」
さなえは時計を見る。親には友達と遊んでくると行ったので遅くなっても多少は問題ないのであるが、それでも女装して夜遊びするのは少し不安な気持ちもある。
「ああ……その……ちょっとお願いがあるけどいいかな」
仁志は言いにくそうにしている。
「お願い? まあ、言ってみてよ」
さなえは気になりながらもお願いの内容だけは聞いてみることにした。仁志はポケットからスマホを取り出す。
「さなえちゃんと一緒に写真が撮りたい」
「え、あ、……え?」
さなえは仁志の要求に驚いた。まさか写真を撮られると思っていなかった。しかも一緒に撮影するということは、まるで恋人のように写ってしまうということ。
バイト先でもチェキ撮影のオプションがあり、客相手にやったことはある。でも、正体を知られている同級生相手にそれをやられるのは、なにかが違う。どことなく恥ずかしいような照れくさいようなむず痒い感覚に襲われる。
「だめかな?」
「え、えっと……その恥ずかしいし……」
さなえは仁志から体を少し反らして手をいじり始める。仁志は肩を落としてため息をつく。
「そっか。今日のさなえちゃん、かわいかったから写真に撮っておきたかったのに」
「あ、そ、そうなんだ……わたし、そんなにかわいいのかな……?」
かわいいと言われて悪い気がしなくて、さなえの心情が変化していく。自分が一生懸命かわいくなれるようにがんばった結果、それが認められたような気がしてつい気持ちが前向きになっちゃう。
「そ、そんなに言うなら……1枚だけなら撮ってもいいよ」
さなえは、少し口に空気を含みながら小声でそう伝える。諦めかけていた仁志はその言葉を聞いて気分が高揚した。
「ありがとう。さなえちゃん。それじゃあこっちに来て」
仁志はさなえを近くに寄せる。スマホの画角に入るように2人の距離がそれなりに近づく。
「あ、えっと……撮影ボタンはわたしが押していい? 自分の顔ができたタイミングで撮りたい」
「ああ、それくらいなら良いよ」
さなえは仁志からスマホを借りて自撮りを撮ろうとする。少し屈んで仁志よりも背が低くみえるようにしながら、撮影用のキメ顔を作り撮影をする。
パシャっとシャッター音が鳴る。2人してその写真を確認する。
「おお、キレイに撮れているね」
仁志が撮影された画像を見て称賛をする。さなえは照れくさそうに「えへへ」と笑った。
「その画像、私に送ってくれないかな?」
「うん、いいよ」
仁志はすぐにその画像をメッセージアプリ経由で送信する。2人の初デートの思い出の1枚が共有された。
「さて、撮影も終わったしそろそろ帰ろうかな」
「あ、もう帰るんだ」
「あんまり遅くなったら、さなえちゃんも困るだろ? そんな恰好じゃ夜道も危ないだろうし」
「うん……」
力は男性の“郁人”であるが、恰好は変態を誘う“さなえ”。襲われる確率は普通の女子と変わりないと判断して、仁志はさなえのことを心配している。
「まあ、そうだな。今日1日楽しかったし、これからは元通りの関係に戻ろうかな」
「え?」
仁志の言葉にさなえは胸が締め付けられる。表情も明るさが消えた。
「風見君。そのわたしは今日1日楽しかったし、あの……また機会があれば……」
さなえは消え入りそうな声で気持ちを伝えようとする。しかし、それから先の言葉を紡ぐことができない。
「うーん、そっか。まあ、考えておくよ」
仁志は心の中で毒気を抜かれていた。今日1日で郁人に強制的に女装させて辱めてやろうという意図はあった。
しかし、郁人は予想に反して、さなえという存在を楽しんでいて、仁志自信も“彼女”といるのが楽しいと思えてしまう。
次があるのかはわからないけれど、仁志もここでさなえとお別れになるのは寂しいと心のどこかで感じていた。
「じゃあ、また明日学校で」
さなえはそう言って仁志と別れようとする。
「学校じゃ、“さなえちゃん”に会えないだろ」
「あ、そっか……そうだよね。じゃあ、またね」
「ああ、また……」
こうして2人はデートを終えてそれぞれの家へと帰っていた。
ここで、2人のデートは終わる。だが、このデートの様子を途中から遠目で見ていた1人の女子がいた。
佐倉 希子。仁志の元カノにて、郁人の今の恋人である。
「え……今の風見君だよね」
別れた元カレが、女子と一緒にいるところを見つけてしまった。しかも楽しそうにデートをしていて良い雰囲気の状況。
「なんで……?」
希子は行き場のない憤りを感じていた。自分は彼氏をデートに誘って断られたのに、元カレがもう自分のことを忘れて新しい恋を見つけようとしている。
その切り替えの早さに自分勝手ながらも、もやもやしてしまう。もう少し自分のことを引きずっていて欲しい。かつて好きだった相手だからこそそう思ってしまう。
こんなすぐに気持ちを切り替えられたら、まるで自分に魅力がないと言われているような気がして腹が立ってくる。
更に言えば、仁志と一緒にいるのはかなりかわいい子であった。かわいさのランクで言えば自分より圧倒的に上かもしれない。
自分が彼氏に相手にされなくて、寂しい思いをしている時に、元カレが良い想いをしている。それが妙にイライラ感を強めてしまう。
これが理不尽な感情であることを希子は理解していた。でも、わきあがる感情はどうしようもない。
誰かにこの苛立ちを相談するわけにもいかない。いきなり、彼氏に別れを告げた自分の方に非がある自覚もあるし、人の幸せを素直に喜べない自分もイヤであった。
「でも、なんだろう。この嫌な感じは……」
希子の首筋に寒気が走った。仁志が一緒にいる子のことが気になって仕方ない。仁志があの子と仲良くなるのがどうしても許せないような気がしてくる。
理屈ではない。ただの勘ではあるが、仁志とあの子が結ばれると自分が不幸になるような気がしてならなかった。
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